072 異世界と捜索
宿屋で今日捜索するエリアを決めた俺達は、貧民区を訪れている。
貧民区は俺達が泊っている宿のあたりと比べて建物の老朽化が目立つ。
衛生面も気にしていたのだが、道端には殆どゴミも落ちていない。
「それはゴミだろうがなんだろうが、所有者のわからないものは誰かが持っていってしまうからだ」
どうやら清潔に保たれていたわけではないらしい。
よく見てみるとゴミこそは落ちていないが、壁や地面には汚れやシミが残っていて清掃されたわけでないことがうかがえる。
「ナナエ達には一応言っておくが、そのへんの店で買い物したり間違っても飲食はしないようにな」
「うん? カモにされるからとかか?」
「金を持ってると思われるからじゃないですか?」
「それとも偽物が出回ってるとか?」
「そういうのもあるが……。置物だろう食品だろうが、何が入ってるかは保証できないからだな」
予想よりも斜め上だった。
「――え、何。原材料不明ってこと?」
「かさ増しに何か混ぜられてるとかじゃないの?」
「それならまだマシだがな」
「それでマシなのか……」
現代日本なら大問題なのだが。
原材料表示からアレルギー物質に賞味期限、果ては生産者さんの情報まで表示されているのが普通だったからな。
「そうじゃなくてな。知らない間に違法物の運び屋にされてるかもしれない」
「ほんと思ったより物騒なのな」
ノエルたちに協力を頼んで良かった。
このあたりの常識を知らない俺達だけで貧民区に来ていたら、余計なトラブルに巻き込まれていたかもしれない。
「そんじゃまあ、あんちゃん達への注意喚起もしたし生徒さんとやらを探すか」
「私とウォルフがミシマちゃんとヤサカネちゃんの面倒を見るから、ナナエとノエルで組んで二手に分かれましょうか」
「なんでそうなる。せっかく人手を集めたのに分けたら意味無いだろ」
「人手があるからでしょ。ほら、二手に分かれた方が情報も集まりやすいしね」
人手を集めたのはどちらかと言うと安全のためなんだが。エリアーヌの言うことも一理ある。
サウールの街だけでも数都市分の広さがあり、捜索範囲が広がれば少しでも手がかりが見つかる可能性が高くなる。
悩みどころだが結局はエリアーヌの意見で押し通された。まあヴォルフガングとエリアーヌと一緒なら三嶋と矢早銀は大丈夫だろう。
「はあ、すまない。あの2人はたまに変な気を遣うんだ。――いや、気にしないでくれ」
ため息混じりにそうつぶやく。鬼人族にも色々あるのかもしれない。
あまり深入りはしないが、あのスキルの問題があってもノエルと一緒にいるのだから保護者的な感じなのだろうか。
「やっぱり3人とも仲が良いんだな」
「まあ古い仲だからな。ナナエこそ、あの二人に慕われているじゃないか」
家族もいない異世界に放り出されて、生徒たちが頼れるのは学園の教師だけだろう。
傍から見て慕われているように見えるのは悪いことではない。
しかし同時に、一人の教師として俺が彼らにできることはないかとも思ってしまう。
まがいなりにも教師の端くれになったのだからという気持ちもなくはないのだ。
「スキルや魔術の説明は分かりやすいと思うぞ」
「そうか? そりゃ良かった。まあ少しでも生徒の役になりそうならなによりだ」
俺は元々教師を目指していたわけではないし、教師と言う職に深い思い入れがあったわけでもない。
ただの巡り合わせで仕事として受けることになっただけ。だから目指す教師像と言うものがあまりないのだ。
同僚として、先達として他の先生方の教え方や振る舞いを参考にすることはある。それでも先生方がどんな想いで、過去の経験を経て、生徒と接しているのかまでは察せられない。
俺はエンジニアだったが思いがけずに教師になった。前職の経験を全く生かせない訳では無いが、新しく学ぶことも多い。
これから何になれるかも未知数の生徒たちは尚更。いろんな経験を、選択できるだけの知識を与えてやりたい。
この異世界で暮らすならば、スキルや魔術の知識も重要だ。
それこそ元の世界にはなかった超常的なもの。自らを特別な存在たらしめる、少なくともそう思わせるだけのものが生徒たちの身に宿り、周囲にもあふれている。
それらに対しての正しい知識を身に着けさせること、生徒たちが悪い方向に導かれないように教化することが教師の役目なのだと思う。
まあ勤続1年程度の非常勤講師なんだが、まあ出来ることをするだけだ。