幕間018 縫条正義とユキ
セイギ様は不思議な方です。
類稀な能力と驚くほどの知識を持っていますが、時々子供でも知っているようなことを尋ねてきたりします。
なんともちぐはぐに思えるセイギ様の知識ですが、誰かが説明すればすぐに理解してしまいます。
また奴隷商人に頼んでいろんな書物を取り寄せて知らないことの勉強を欠かしません。
その時は私も呼ばれて一緒に勉強しています。とは言っても、セイギ様はどんどん新しいことを理解していってしまいますが。
私もセイギ様の役に立てるよう、もっと勉強しなくてはいけません。
セイギ様は相手のスキルがどんなスキルなのかを見ただけで理解できるそうです。
私の他人の心の声を聴くことができる『読心術』のことも知っているはずなのですが、それを誰かに言うことはありませんでした。
セイギ様が言うには奥の手はいくつか持っておくものだそうです。私にとっての奥の手という感じで言っていましたが、私はセイギ様のためにこのスキルを役立てたいと思っています。
セイギ様と一緒に勉強してようやく文字を覚えたころ、筆談でずっと不思議だったことを尋ねてみました。
(セイギ様の心の声は聞こえたことが無いのですが、どうしてなのでしょうか?)
今まで一度たりともセイギ様の心の声を聞くことはできませんでした。
私のスキル「読心術」に何か理由があるのかとも思いましたが、他の人たちの心の声はいつものように聞くことができます。
「ふむ。心の声を聞くことができると言っても、聞こえてきた内容を鵜呑みにしてはいけないぞ。世の中には心に鍵をかけられる人間もいるであるからな。本来は自分を律するためであったり、心から相手を偽るために身に着ける技術ではあるのだがな」
(セイギ様も?)
「吾輩が生まれた一族は皆そういう教育を受けるのである。ただ吾輩は……、いや。偽る心を作るのも面倒なのでな空っぽにしているのである」
何かを飲み込んだようにも感じましたが、それ以上セイギ様は何も言いませんでした。
今後そんな人物と出会うことがあるかは分かりませんが、私のスキルでも聞けない心があることは覚えておきましょう。
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セイギ様は奴隷商人とよく商売の話をしています。
内容は難しくて私にはわかりませんが、時折2人でどこか悪そうな笑みを浮かべています。
なんだか悪巧みを企んでいるような雰囲気ですが、きっと気の所為ですね。
今日もそんな商売の話を終えて、紅茶で一息入れていた時でした。
「そういえば、ユキは何歳になるのだ?」
その日は仕入れた奴隷の年齢が偏っているといった内容の話をしていたからでしょう、セイギ様が私の年齢を尋ねます。
私は突然の質問にあたふたと指で伝えようとします。この間15歳になったのですが、指だけで伝えるのは難しいのです。
「なんだお前、成人していたのか」
「ふむ。この国の成人年齢は15であったな。ということは吾輩と3つくらいしか違わぬのか。中学3年か高校1年くらいというと、それにしてはかなり幼く見えるのだが」
何とか指を立てて年齢を伝えると、二人とも少し驚くような反応でした。
チュウガクとかコウコウというのはよくわかりませんが、セイギ様と歳が近かったことには少し驚きました。
豊富な知識と堂々とした物腰なのでもっと大人なのだと思っていました。
「まあ、その見た目だからな。あまり表にも出されなかったんだろ。栄養も十分に摂れてなかっただろうし、身体が小せえのはそのせいだな」
「ふむ。精神的な成長は周囲の影響を受けるであるしな。普通なら同世代と関わってゆっくり成長するだろうが、他人とのかかわりがなければ停滞しても致し方ないか」
私は生まれつき毛も肌も白く、瞳は血のように赤く、その奇妙な見た目から忌避されてきました。
それに踏まえて『読心術』の件もあって、周りの人は私を気味悪がっていましたし、私もそんなみんなと接するのが怖くて積極的に関わろうとはしませんでした。
「まあこれから旦那のそばにいれば、精神面は嫌でも成長するだろうけどな。身体の方も獣人だからな、栄養さえ十分に得られれば急成長するかもしれねえな」
「そういうものであるか?」
「獣人は肉体は俺らとはちと違ってな。15歳ならまだギリギリ成長期だからきちんと栄養をとらせときゃそれなりには成長が間に合うはずだ」
「詳しいのであるな」
「まあこんな商売だからな。見込みのある小せえのを売れるようにするのも仕事なんだよ。とはいえ奴隷商の中にはそんな手間を嫌う連中も少なくなくてな」
「なるほど。そこもまた付け入るスキになるということであるな」
二人がまた悪い顔をして商売の話をはじめてしまいました。
しかしそうなのです。私はまだ成長期なので、これから栄養をいっぱい取って大きくなるのです。
そうしてもっとセイギ様の役に立てるようになるのです。