067 魔術とスキル
ノエルがスキル『悪鬼羅刹』を発動する。
彼女の体温が徐々に上がり、身体を縁取るように漏れ出した魔力が朱く染まる。
以前までは血が迸るような荒々しさがあったが、今は荒ぶることなく淀みのない流れが見える。
日々の生活資金のための冒険者活動、失踪した生徒の捜索、その合間ではあるがノエルとスキルの修練を始めてから1週間ほどが経っていた。
ノエルは数日ほど練習しただけでかなりスキルを暴走させずにいられるようになった。
元々『能力向上』の精度は高かったし、通常回路の魔力制御はコツがつかみやすかったのだろう。
まだ戦闘しながらの制御は難しいだろうが、こうして平静なままなら『悪鬼羅刹』を上手く維持できている。
しかしながらスキルの解除の方はまだ上手くいっていない。
スキルのための魔力経路である固有回路については意識できるようになってきたが、通常回路では高速で魔力を循環させつつ、固有回路では魔力の流れを切るという制御の切り分けが難しいらしい。
通常回路の方の制御もようやく慣れてきたところなので、まずはそちらを片手間でもこなせるくらい熟達するしかないだろう。
ノエルが自分でスキルを解除できないため、俺が代わりに彼女の肩に置いた手から魔力を流し込んでその発動を妨害する。
スキルはあっけなく解除されて、ノエルの身体を朱く染めていた魔力が徐々に収まっていった。
ノエルが大きく息をして体を休める。
『悪鬼羅刹』は通常回路の加速器のようなスキルだ。魔力が活性化することで発生するエネルギーを得ることができるが体への負荷も高い。
そのためスキルの練習は一日一回程度に抑えている。
ということで、ここからは三嶋と矢早銀に合流する。
二人には魔術の練習をしてもらっている。
この世界には魔獣なんて危険な生き物がいて、冒険者の依頼でもたまに出会うことがある。
基本的には俺の魔術と矢早銀のバットや弓矢で対処しているが、手札が多いに越したことはない。
魔力制御の練習にもなるのでノエルにも練習に参加してもらっているのだ。
「先生。やっぱり難しいですよ」
「何とか形にはなってきたけれど……。術式を構築している暇があったら殴った方が早いわね」
「矢早銀さんは賢いのにたまに発想が脳き――ぐっ!?」
「工平。言葉には気を付けないとその舌を大根おろし器ですり減らすわよ」
「うぅ……。殴る前にも警告してよ。あと何その拷問……」
失言をしかけた三嶋が苦しそうに殴られた鳩尾をさする。
二人とも何とか初等魔術を発動できるくらいにはなってきたが、術式の構築に数分掛かっている。
魔術の術式は空間に固定して描かなくてはならないため、一度術式を描き始めると向きすら変えられない。今のままでは隠れて目の前に獲物が来るのを待ち続けるトラップのようなものとしてしか使えない。
さらに魔力は体外に放出していると徐々に拡散してしまう。それは術式を描いている魔力も同じで常に魔力を注ぎながら術式を描き、また術式を保持するためにも魔力を注ぎ続けなければ自然に消えてしまう。
そのため魔術を発動するまで時間がかかればかかるほど無駄に魔力を消費することにもなる。実践ならさっと術式を描いてパッと発動させられないと使い物にならないだろう。
魔術の練習に苦戦する二人だが、予想外だったのはノエルも魔術は使えないということだ。
一般魔術基礎・概論には誰でも扱える技術だと書かれていたので、そのまま誰でも使っているものだと思っていた。しかしそれをノエルに尋ねてみると呆れるように返された。
「そんなわけないだろ。魔術を使える奴なんて冒険者でも1割もいないぞ」
なんでも魔術を使っているように見えているものも、実は殆どがスキルによるものらしい。
ノエルの仲間であるエリアーヌさんも青い炎を操っていたが、あれも『鬼火』というスキルなのだとか。
「確かにナナエの言う通りある程度の魔力操作ができれば魔術は使えるようになるかもしれないが、そもそも魔術を教えられる者がほとんどいないからな」
そういえば俺が魔術を使えるのもこうして三嶋や矢早銀が魔術の練習ができるのも、魔術関連の書物の写しがあるからだ。
そしてそれは、王城の書庫からコピーしてきたモノで一般人が簡単に手に入れられるモノではないだろう。
「いやいや。教える人がいても魔術を発動するのはスキルを使うよりもよっぽど難しいですよ」
「できるだけ拡散させないように制御するだけでも大変なのよね」
「そうなのか? 術式を覚える以外はそれほど苦労しなかったんだがな」
俺は手のひらに魔力を集中して術式を描く。
術式は瞬時に構成され、さらに魔力を込めると小ぶりなウォーターショットが上空へと放たれた。
「最初見た時も驚いたが、ナナエの魔術は発生も発動も普通では考えられない速さだぞ」
みんなの言う魔力操作が難しいという感覚が俺にはよくわからない。
たぶんそれが俺のスキルによるものだと思うのだが、『なんか魔力をうまく扱えるみたいなやつ』とあまり深く考察したことが無かった。
「魔術師というのはみんな魔力操作が上手い者たちだが、それでもナナエの魔力操作の熟達度は異常だからな。他人のスキルを解除するというのも理屈はわかっていても簡単にできるものじゃないぞ」
「そうは言ってもちょっと固有回路に魔力を流して元の魔力の流れを乱すだけだからなあ」
「ちょっと、って……。他人に魔力を流し込んで操作するなんて常軌を逸していると思うが。それで相手のスキルを解析するなんて聞いたことも無い」
ノエルが若干引き気味である。
スキルの解析というが、『悪鬼羅刹』がたまたま魔力の流れにのみ作用するスキルだったから、その効果や問題点に気づけただけだ。つまり結果がたまたま良い方向に転がっただけなのだ。
そんなやり取りを聞いていた三嶋がおずおずと面白そうなことを言い出した。
「ちょっと思ったんですけど。他人の固有回路に魔力を流せるなら、勝手に相手のスキルを発動させることもできるんじゃないんですか?」