063 縫条正義と奴隷商
奴隷商人のお店は想像していたよりもかなり立派な建物でした。
店内も清潔に保たれていて、内装も普通のお店と変わらないでしょう。
店内には質素な服装の獣人が数人並んでいます。
皆私のような貧相な身体ではなく、血色も毛並みも良く、筋骨隆々なとても強そうな男性から同性の私までドキリとしてしまうような科を作る女性まで、まるで奴隷とは思えない人たちです。
唯一、首や手足にはめられた枷が、彼らが奴隷なのだと教えてくれます。
「中々に立派な店構えなのだな」
「そりゃあ貴族相手の商売もあるんでね。それなりの見栄えは整えておかないとな。だが、これから向かうところはそうもいかねえぞ」
私の主となった黒髪の青年――セイギ様が購入に選んだのは下級奴隷でした。
その目的の下級奴隷はここには並んでいないようです。
「ここは中級から上級を扱う場所だ。下級奴隷ってのは買う側だってあまり大っぴらにはしたくない代物だからな。まあ見ればわかる」
そう言って奴隷商人は店の奥へと向かいます。
店の奥には、表からでは見えづらい位置に扉がありました。扉のその先には薄暗い地下への階段が続いています。
奴隷商人に続いてゆっくりとその階段を下っていきます。
「中級や上級というのは何が違うのだ?」
「上級ってのは健康な体にそれなりの知性もあって勿論見てくれも良い奴隷だ。多いのは借金奴隷や敗戦国の捕虜なんかだが、まあ簡単に言やあ身分以外は普通の人間と変わらねえ奴らだな」
確かに枷が嵌められている以外は普通の獣人のように見えました。
「中級も半分くらいは同じ境遇の奴らだな。上級に比べればまだ子供だったり歳だったり、あとは見た目が悪いとかひ弱だとかの一段価値が下がる奴隷だ」
「ふむ。ではもう半分は?」
「ああ、中級の半分は犯罪奴隷だ。元々の素行や性格に問題があるが、労働力としてだけは使えるってとこだな」
奴隷商人の話にセイギ様がふむふむと興味深そうにうなずきます。
私も奴隷と言えば奴隷狩りにさらわれた人がなるものだと思っていたので、境遇も待遇もいろいろ異なるということに驚きました。
「さてと、そんでこの先にいるのが下級奴隷だ。普通の客なら見向きもしない、労働力にすらならない奴らだ」
階段を下りきると、そこにはさらに厳重な扉がありました。
奴隷商人が鍵を開けて重そうな扉を開きます。
扉が少し開いただけで、すえた臭いが這い出てきて鼻を突いてきます。
地下室は天井の角に、採光と通気だけのための僅かばかりの窓があるだけです。空気はじっとりと湿っていて、生ぬるい湿気が肌を不快に撫でます。
地下室は中央が広めの通路のようになっていて、その両側に牢獄のような鉄格子のはめられた小分けの空間が並んでいます。
薄暗いために良くは見えませんが、僅かな吐息や衣擦れ音がそこに何者かが潜んでいることを知らせます。
地下室には家具のようなものは置いてありません。入り口の近くに掃除用のバケツと箒が置いてあるくらいです。
「ここにいるのは見ての通りの粗悪品ばかりだ。死にかけの老人に、病魔に侵された餓鬼に、あとは身体の一部が欠けているような役立たずどもだ」
奴隷商人が嫌悪と共に吐き捨てます。
私は自分の切断された腕を見て、胸がぎゅっと握りしめられたような息苦しさを感じてしまいます。
「旦那。本当に下級奴隷で良いのか?」
「ふむ。無論だが。――では逆に問うが、下級奴隷といえども世話をするのに費用はかかるだろう。見たところ粗末ではあるが最低限生きていけるくらいは管理もしているようであるし」
「そりゃあ、死なれたらそれこそ丸損だからな」
「ならば次ぎに、そうまでして取り扱うほどに下級奴隷は需要があるのか? 先程の説明では大きな利益になっているのはコンスタントに数をさばける中級奴隷だと思うのだが」
「それは、そうだが……。旦那、何が言いてえんだよ」
「奴隷商殿は、目に見える以上の何かに引っかかって下級奴隷を仕入れたのではないか? しかしながら、結局その何かはわからずじまいでこうして管理していると」
その言葉が図星だったのか、奴隷商人がバツが悪そうに黙ります。
対してセイギ様は我が意を得たりと笑みを漏らして言い放ちます。
「それでこそである。吾輩がその奴隷商殿が引っかかった何かを明確なものにしてやろうではないか」