幕間017 漂流者調査報告
私の名はテオバルド・モンテシーノス。
表向きは大陸でも有数の大商会――、アルバ商会に所属する商人だ。しかしその実態は、魔術協会の調査員の一人なのである。
魔術協会とはどの国にも属さず、どんな組織にも与しない独立機関だ。その支部は世界各地に広がっており、所属する研究員が日夜好奇心の赴くままに好き勝手――、もといより良い世界のために未知への探求を続けている。
しかし研究を続けるためには資金も素材も場所も必要なものはいくらでもある。その中には希少で一介の研究者では手に入れるのが難しいものも少なくない。
そういったものの情報を集めたり入手する伝手を繋ぐために作られたのがアルバ商会だ。まあ魔術協会との繋がりが明るみに出ることが無いように巧妙にカムフラージュされているのだが。
さて、そんな魔術協会の一員である私は今、私立境天寺学園という場所を訪れている。
ことは数日前に遡る。トルメスト王国の王都のすぐ近くに、突如として現れた不可思議な建物とその住人と思しき人間たち。その人物たちはこの世界とは異なる世界から稀に現れる、漂流者と呼ばれる者たちである。
漂流者は異なる世界の知識、異なる世界の技術、なによりも有用なスキルを持っていて、過去に現れた漂流者はそのスキルによって数々の偉業を成し遂げたと言われている。
だからこそ此度に現れた漂流者を様々な国や組織が手に入れようと牽制しあっている状況なのだ。優勢なのは彼らが現れた王国であるのは間違いないが。どの程度そのつながりが出来ているのかも調査が必要なのである。
彼らを欲しているという意味では我々魔術協会も例外ではない。ただし魔術協会が欲しているのは有用なスキル保持者ではなく、彼らの持つ知識と技術だ。
未知の技術に新たな知識とはそれだけで至宝となりえるのだ。しかも今回現れた漂流者は数百人規模という過去に例のない大所帯。さらには彼らの世界の施設ごとやってくるとは、我々にとってはまさに宝の山といえるだろう。
とはいえ、王国に現れた漂流者に国外の組織である我々が下手に接触することはできない。
魔術協会はどの国とも敵対せず、国同士の争いが起こった場合にもどこにも与しないことを条件に独立を保障されている。
各国からしてみれば、国に不利益をもたらさず、研究成果という名の利益を得られるなら見逃してやると言ったところかもしれないが。
そんな事情もあって大っぴらに魔術協会の者が漂流者の調査に出向けず、こうしてアルバ商会からの商談目的として潜入している。
商談は簡単なものですぐに終わったので、当初の目的通り施設の見学を申し出て、快く承諾してもらうことができた。
案内人は上背が高く線の細い人の良さそうな青年である。
この私立境天寺学園とかいう施設は15歳から18歳程度の人間が集まり勉学に励む場所とのことだ。その集まった学徒のまとめ役というのがこの青年で、生徒会長とかいう役職らしい。
「よろしくお願いします、モンテシーノス様。この学園内の案内をさせていただきます。シャイニング・ヤマナシと言います」
「これはこれは、こちらこそよろしくお願いします。私の名はテオバルドで構いませんよ、様も不要です」
「お気遣いありがとうございます。それでは改めてよろしくお願いします、テオバルドさん」
「それと失礼なようですが、ヤマナシ殿のお名前なのですが……」
「ああそうですね。元の世界でも珍しい名前だったんですが、僕たちの世界の言葉で月が見える里には山が無いという意味で月見里と言うんですよ」
――違うそっちではない。気になったのは明らかに異彩を放つ奇天烈な名前の方だ。
「いえ、あのう……。シャイニング……の方なのですが」
「そちらでしたか……。まあ、それも……、向こうでは珍しいんですが、こっちの世界ならよくありそうな名前ですよね」
いやまったくそんなことはない。
少年がえらく気まずそうな表情を浮かべているので、これにはあまり触れないようにしよう。
最初に案内されたのは施設の中央に作られた畑だ。
どうやら敷地の半分以上をこの畑が占めているようだ。この施設は学問を修める場と聞いているが、農家の勉強でもしているのだろうか。
「ここは畑、でしょうか?」
「もともとはグラウンドだったんですけどね。少しでも自給自足するために今は畑になっていますね」
「グランドというのは?」
「体育や部活――。えっと、スポーツをする場所ですね」
「なるほど。冒険者組合の訓練場のようなものですか」
スポーツとは疑似戦争のようなものだと過去の漂流者知識に関する文献で見たことがある。
彼らの住んでいたのは平和な国だと聞いていたが、ちゃんと有事に備えての訓練は行っていたということだろう。
現状彼らのことは平和な世界から来た人間ということで侮って見らているが、これは少し見方を改めなければならない。
「はて、元の世界では訓練場として使わていたというこは、この畑はこちらに来てから作られたのですか?」
「そうですね。一週間前くらいでしょうか」
簡単に言っているがそんなわけがない。今目の前に広がる畑にあるのは見慣れない作物ばかりだが、この世界の似た作物と比較するならばすでに収穫時期のはずだ。
ついこの間まで訓練場だった場所でそんなにすぐに作物が育つなどありえない。そこから考えうることはつまり、どこからかある程度育った作物を持ち込んで植え替えたということだろう。
現状可能性が高いのは王国である。そう思って見てみれば実っている作物は最近王国を中心に出回っている珍しい野菜のようにも見える。
王国との繋がりは思っていたよりも深くなっているのかもしれない。これは要注意事項である。
ふとその畑の端の方に視線を向けると、その一角には作物は植わっておらず地面が焼け焦げた跡が見える。
中心から放射状に延びた焦げ跡は何か大きな爆発があったようにも見える。
「あの、あそこは畑にはしないのですか?」
「あの辺りはまだ手入れが進んでなくてですね。何を育てるのかということで色々話し合ってるようですけど」
「あの焼け焦げた跡は?」
「ああ、あれはパソコンの先生が魔術の――っと。あまり勝手に身内の失態を話すのも何なので、気にしないでいただければと……」
ふっふっふ。私の耳は聞き漏らしませんでしたよ。
あの爆発の跡のようなものが魔術によるものだとすれば、相当な大魔術を行ったということだろう。
そんな大魔術を漂流者が使えるとは思えない。彼らは有用なスキルこそ所持していても魔術に関してはそれほど優れていたという記録は過去にもない。そのうえこの世界に来たばかりの彼らは魔術の知識もそれほどないはずである。
ぱそこんというのが何を指すのかは分からないが、大方外部から魔術の先生を招いて手本を見せてもらったといったところだろう。
とすれば、それは一体どこからなのか。
爆発跡を見る限り相当な魔術の使い手のはず。だとすれば銀級以上の冒険者という可能性も考えられるか。
はて。ぱ……そ……こん……。パ・ソーコントランド共和国っ!!
大陸の西にあるあの国は確かに優秀な魔術師が多い。それが魔術――つまり戦闘技術を教えるためにすでに接触してきているだと!?
予想外の事態に驚きを禁じ得ないが、表情ではなんとか平静を保つ。
我々が考えているよりも各国の動きは早いらしい。
早急にこのことを本部に報告し我々も今後の対策を講じなくては。