058 悪鬼羅刹というスキル2
いろいろとノエルのスキル『悪鬼羅刹』について話を聞いたところで、実際にスキルを発動して見せてもらうことにする。
「演習場はそれなりに広いとはいっても本当に街中でやるのか?」
ノエルが不安そうな顔で周囲を気に掛ける。
冒険者組合の演習場はだいたい学園の運動場と同じくらいの広さで他の冒険者もまばらにいる。周りの冒険者は実直に剣の素振りをしていたり数人で連携の練習をしていたりする。
「大丈夫だろ。いきなり全力でスキルを発動するってわけでもないしな。それに魔力の流れを見て危なそうならまたこの前みたいに妨害するからな」
俺は軽い調子で答える。
魔術もスキルも根本的には魔力を使って発動する。ゆえに外部から魔力をぶつけて術者の魔力の流れを乱してやればそれらは発動できなくなる。
体外に術式を描く魔術なら術の構築中に別の魔術をぶつければ良い。
しかし体内に術式が構築されているスキルはそこまで単純ではない。外部から干渉するにはよほどの強力な魔術をぶつけるか体内へ魔力を流し込む必要がある。
そのためには体に触れていないと難しいのだが、戦闘中ならいざ知らずこうして同意のもと練習するならかなり簡単にスキルを解除することができる。
「ナナエがそう言うなら任せるが……。それでは頼むぞ」
「任せとけ。それじゃあ肩を失礼するぞ」
「ああ」
ノエルの了承を受けて肩に手を置く。
その手からノエルの肩を通して少しずつ魔力を注ぎ込む。
ノエルの魔力の流れを阻害するためではなく、より体内の魔力の流れを把握するためのものだ。現代医療で言う造影剤のようなイメージだな。
あまり乱暴に魔力を注いでしまうと相手の身体にも負荷がかかってしまう。それにもともとの魔力の流れに干渉してしまうと本来の流れを把握するという目的が達せない。
大きな波紋が立たないようにゆっくりと繊細に魔力を注いでいく。
それでも異物が注がれるのには違いはないので多少は不快感を受けるのだろう。魔力を注ぎ始めるとわずかにノエルの小柄な身体が強張るように跳ねる。
だがそれもしばらくして魔力が馴染んでいけばそれも収まっていったようだ。
ノエルの魔力に馴染んだ自分の魔力に集中するとその流れを把握することができるようになった。
「よし、準備は問題なさそうだ。スキルを発動してみてくれ」
「わかった」
――悪鬼羅刹!!
ノエルがスキルを発動する。
魔力が高揚し、わずかに朱色の魔力が漏れだす。
俺はさらに集中してノエルの魔力の流れを調べる。術者の身体すら滅ぼすほどの魔力の流れを制御する術を探るためだ。
「ふむ、これは……」
ノエルの魔力の流れに違和感を覚えた。
人の中の魔力の流れ――魔力経路と呼ばれる道は二種類ある。
一つは通常の魔力経路。血管のように張り巡らされていて魔力が循環することでそのエネルギーが全身に送られる。そのエネルギーは筋力や肉体強度を上昇させ、その効果が一定以上にまで高められるものが『能力向上』だ。
そしてもう一つの魔力経路がスキルの術式を構築するものだ。この魔力経路に魔力を循環させることでスキルが発動する。
ノエルがスキルを発動してから魔力の流れが激しくなっている。
当然スキルの魔力の流れが激しくなっているのかと思ったが、そちらはむしろ安定して術式が起動しているように見える。
反対に通常の魔力経路の方が魔力の流れが速い。今は『能力向上』のために魔力を巡らせていなかったはずだが、戦闘時以上に向上しているのではないだろうか。
「先生っ!」
「ノエルさんの様子が!」
「――っく。――んっ!!」
考え事をしている間にノエルの様子が変わっていた。
荒れ狂う魔力を必死で抑え込もうとしているようで、辛そうに歯を食いしばっている。
「悪い、スキルを解除させるぞ」
言ってノエルの中に注ぎ込んでいた魔力を操作する。
スキルを発動している魔力の流れをかき乱すと、呆気なくスキルは解除され力の抜けたノエルが膝をついた。
魔力が激しく体を駆け巡るというのはそれだけエネルギーの受け渡しが行われているということだ。実際に身体を動かしていなくとも全力疾走したくらいの疲労がたまる。この辺は生物講師の佐藤先生の方が詳しいだろうが。
膝をついたノエルが肩で息をするほど疲弊するのも仕方がないことだ。
「ナナエ。何かわかったことはあるか?」
しばらく息を整えてからノエルが聞いてくる。
その声色から緊張しているのがわかる。今までずっと悩んでいたことのヒントを得られるかもしれないからな。期待と不安が綯い交ぜになった瞳が返答を待つ。
「そうだな。思っていたよりは何とかなりそうな気はするが、まず一つはっきりさせておく事として、ノエルのスキル『悪鬼羅刹』はどうやら身体強化系のスキルではないっぽいな」
俺の返答に3人ともが虚を突かれた顔をする。
「えっ、でも先生。さっきのノエルさんの説明だと身体強化系のスキルだって」
「それに実際あの森でノエルさんの身体能力は凄まじいものだったわよ」
「どういうことなんだ、ナナエ。私も自分で発動しているからわかるが、普段の『能力向上』では考えられないほどに身体能力は上がっていたぞ。それが身体強化系のスキルではないなんてこと」
確かにスキルを発動した後の結果だけを見ればそう映るだろう。
クレイジーモンキーの攻撃を華麗に躱し、それまで苦戦していた重厚な毛皮をものともせず切り裂くほどの膂力も得ていた。
だがそれはあくまで結果だけを見ればそう見えるという話だ。
「ということで詳しく説明しようとは思うが、その前に基礎知識の確認だ」
「「「基礎知識?」」」
揃って首を傾ける三人に、俺は準備してきていた一冊の本を取り出した。