057 悪鬼羅刹というスキル1
三嶋への制裁は矢早銀の射る矢がなくなったことで終了した。
あのまま続けていたら当たらないにしても針の筵ならぬ矢の筵になっていただろう。
ようやく解放された三嶋はゲッソリしていた。まあ当てはしないだろうとわかっていても高速の矢が向かってくるのは相当の恐怖だろう。
「えっとノエルさんだったかしら。お久しぶりです。ハル・ヤサカネです」
「あぁ。えっと、久しぶり……」
鬼人族のノエルが若干引いている。
俺たちよりもよほど荒事に縁のある境遇だろうが、さすがにあれほど淡々と友達に向けて弓を引くような人は滅多にいないだろう。
「……こんにちは。三嶋――コウヘイ・ミシマ、です」
幾分か精神ダメージが回復した三嶋も挨拶に加わる。
「そういえば、今日はノエルさんのスキルの練習を一緒にする、んでしたっけ?」
ノエルを待っている間にいろいろあったが、今日この演習場にやってきたのは何も三嶋を丸太に括りつけて矢を射るためではない。
先日の事件のときにスキルの練習を手伝うと約束したのだ。
しばらくは冒険者組合との話し合いやら鬼人の国の状況確認やらでノエルたち忙しそうに走りまわっていたが、ようやく落ち着いてきたので今日から約束の修練を行うことになったのだ。
「それで、始める前に改めてノエルのスキルについて聞いておきたいんだが」
「ああそうだな。私のスキル『悪鬼羅刹』は身体強化系のスキルだ」
ノエルの声色に真剣味が混じる。
「発動すれば体内の魔力が高まり奔流となって駆け巡る。身体能力が跳ね上がるが、発動し続けることでかなりの負荷もかかる。同時に怒りや恨みのような感情が溢れてきて抑えきれなくなる」
『悪鬼羅刹』。その字面を体現するように、スキルの発動者は怒りや恨みといった感情に飲まれてしまう。そして増幅された激情は思考を攻撃的に変貌させ、見境なく周囲を破壊するバーサーカーとなる。
さらには身体中を駆け巡る魔力がその身を内側から破壊していく。
過去にもこのスキルを発現させた鬼人族は何人かいたが、皆同じように凄惨な最期を迎えているという。
「正直、感情の方は先日話したようにノエル自身が向き合っていくしかないわけだが、問題はスキルを制御できないというとこだな」
感情云々についてはスキル発動直後から見境がなくなるわけじゃない。先日もギリギリではあるが意識を保って戦っていたからな。
むしろ危険なのは、発動し続ければ命にも関わるスキルを自分の意思で止められないことだ。
「そういえばノエルさんがスキルを発動したのって先日のが初めてじゃなかったんですよね」
「その時は自分で抑え込めたってこと?」
「いや、そうではないんだが。すまない、私もよく覚えてないんだ」
ノエルがおぼろげな記憶を引き出すように話す。
「鬼人族は傭兵国家でな。みんな齢15になると一度は戦場に出るんだ。私もその歳に初めて戦場に出てそこで――、いろいろあってスキルが発現したんだ。その時は発動してすぐに魔力と感情の渦に飲まれて気が付いた時にはすべてが終わっていた。だからどうやってスキルが解除されたかは分からないんだ」
途中少し言いよどみながらも説明する。
ヴォルフガングやエリアーヌの傷はその時のものらしい。ノエルにとっては中々につらい過去でもあるのだろう。
「それ以後はスキルを発動したことはないのか?」
「ああ。その時の過ちを繰り返さないようにな。あれから10年間、戦場からも遠のいて文官の真似事ばかりしていたよ。それが先日あんな事態になるとはな」
どうやら悪鬼羅刹は2度しか使ったことが無いようだ。
それにしても最初にスキルを発動してから10年もの間スキルが発動しないようにして過ごしていたとはな。どれほどその時のことに彼女は苦しめられてきたのだろうか。
――はて、10年前?
鬼人族は15歳で戦場を経験するものでノエルもその歳に初めてスキルを発動したんだったな。
いやいや、気にすることじゃないな。話の流れでついそれを計算しそうになってすぐさま頭の隅に追いやった。
「10年前に15歳だったということは、ノエルさんって見た目によらず結構とsーーぐはっ!!」
俺が思考からも追いやったそれを口にしそうになった三嶋を矢早銀が無言のボディブローで黙らせた。
ちらりとノエルの様子を見るが、三嶋の失言を気にしている様子はない。彼女自身の性格なのか鬼人族がそうなのか、あまり年齢情報に関しての頓着はないのかもしれない。
どちらにしても不用意に反応してはいけない内容なのでスルーしておく。
「それにしても、最初の時はどうして収まったのかしら」
「過去に悪鬼羅刹を使いこなしたという記録は残ってないな。その者たちも何度かはスキルを発動していたようなんだが」
ノエルがおとがいに手を当てて考える。
ふむ、理由は単純だと思うんだが。
「単に初めてのスキルで長時間持続できなかったんだろ」
「先生、そんな単純な理由で良いんですか?」
「良いもなにもそれ以外ないだろ、制御できないんだから」
「まあ言われてみれば確かにそうか」
「そんなもんかなあ?」
三嶋はもっとあっと驚くような答えを求めていたらしいが、ノエルは素直にうなずく。
魔術もスキルも魔力を使うことで発動する。
魔力は体内に貯蔵されているもので使えば消費される。そうして魔力がなくなれば当然魔術もスキルも発動することができない。
休んでいれば消費した魔力も徐々に回復するだろうけど、常に魔術やスキルを発動していれば消費に追いつくことはほぼない。
『悪鬼羅刹』を発動した者はそれを制御できずに発動しっぱなしになる。
そうすれば魔力はどんどん消費していくだろうし、いずれ魔力が枯渇してスキルが継続できなくなるのは必然だ。
過去に術者の身をも滅ぼすそのスキルを何度かは使えていたというのも、完全にその身が持たなくなる前に魔力の方が尽きていたからだろう。高負荷でCPUが吹っ飛ぶ前に電力不足でPCが落ちるようなものだ。
ただし、人が鍛錬して体力をつけたり技術を磨くように、何度も繰り返せば魔力消費の効率は上がるだろうし魔力量自体もアップする。
そしていつかはスキルを長時間継続できるまで成長し、取り返しがつかなくなるまでスキルを継続できるようになってしまう。その術者の成長がそのまま寿命を縮めることになるとは、まったくもって皮肉なものだが。
「まあそんなところで『悪鬼羅刹』の概要はわかったとして。今度は実際に見てみるか」
いつまでも話だけしていても始まらないしな。
実際にそのスキルを見て何か『悪鬼羅刹』を制御するヒントを探るとしよう。