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056 ウイリアムの林檎

 冒険者組合の演習場の一角。

 矢早銀が放った矢がスコンと的である丸太に突き刺さる。洗練された所作から寸分たがわず狙い通りに射る様はまさに息をのむほどだ。


 矢早銀が次の矢を番える。

 リプレイ画像を観ているような綺麗に同じ動作を繰り返して、次々と矢を放っていく。


「ナナエ。あれは何をしているんだ?」


 矢が射られる様を静かに見守っていた俺に話しかける声。

 ノエルはその凛と澄んだ声で尋ねながらも、視線は繰り返される矢早銀の姿と射られた矢の先を追っている。

 背丈は矢早銀よりも少し低いくらいで小柄だが、つややかな黒髪からは鬼人族の証でもある角が二本、その朱色の曲線をのぞかせている。

 最初に会ったときは鬼面を被っていたが、先日その鬼面が割れてからは素顔のまま過ごしているようだ。


「あれは弓の練習だな。あまり使う機会は無いんだけど、たまには練習してないと腕が鈍るからな」

「いや、そういうことではなく……。的にしている丸太に少年が括りつけられているのは何なんだ?」

「ああ、やっぱり気になるか」


 まあ気にするなと言う方が無理があるだろう。

 目の前では矢早銀が同じ所作で弓を引き、放たれた矢は丸太に括りつけられた三嶋の頭上数センチのところを正確に射抜く。

 幾度と射られた矢の跡が徐々に三嶋の輪郭を描き始めている。


「二人ともナナエと一緒にいた子たちだろ。生徒と言っていたか。喧嘩でもしているのか?」

「喧嘩というかだな……」


 俺は事の経緯を話す。

 それは今朝の出来事だった。


 矢早銀は朝が弱くて俺や三嶋は大体先に起きて身支度を済ませてしまう。

 三嶋はその後で宿の人に頼まれていた家具の修理に向かった。


 しばらくして矢早銀が目を覚まして着替えるというので、いつものように俺は部屋の外に出て待つことにした。ただ三嶋が帰ってきて知らずに部屋に入ってもいけないので、部屋の前で待機することにした。

 だがそこで食堂の方からすごく美味しそうな香りが漂ってきた。その正体はこの地域で有名な芋と葉野菜のスープで、家庭によって様々な組み合わせでハーブを一緒に煮込むのだそうだ。

 それでこの宿で使うハーブというのがトルクの森で採れる薬草を乾燥させたものだそうでな、煮込むとなんとも食欲をそそる香りがして、味にもペッパーとはまた違った辛みが入って旨いんだそうだ。

 薬草の採取は冒険者の依頼にもあるらしいから、今度見かけたら受けてみるの良いかもしれない。


「おい。話が逸れてるぞ」

「おっと、悪い悪い。それでその旨そうな香りに誘われて俺は食堂の様子を見に行ったんだが――」


 そこでタイミング悪く三嶋が部屋に帰ってきたらしい。

 本来、部屋の前で待機している俺がいなかったので、矢早銀が着替え中である部屋に入ってしまった。

 その場で可愛らしい叫び声を上げなかったのは矢早銀らしいともいえるか。

 俺が部屋に戻った時には、能面のように表情を消して淡々となにかの準備をしている矢早銀となぜか絶望を顔に浮かべて正座する三嶋の姿があった。


 そのあと逃げようとした三嶋を矢早銀がねじ伏せてこの演習場まで連れてこられた。

 恐怖に震える三嶋を矢早銀が無表情で丸太に括りつけた後は、今のこの光景につながる。


「そうか……。話を聞く限り、ナナエが悪いように思うのだが」

「いやいや。矢早銀にとっては着替えを覗かれることになった経緯ではなく、実際に着替えを見られたという結果が問題なんだ。そして当事者は三嶋だ。残念なことにな」


 なんとも不幸な事故だった。


「あの少年にとって問題だったのはナナエだと思うが」

「うぅ。ま、まあ、そういう見方もあるだろうがな。しかしだな、いくら自分たちが泊っている部屋だからといって、ノックをしないで入るというのも原因のひとつだろ」

「ふむ……、そういうものか?」

「そういうもんだ」


 結局は本人の不注意ということだ。そういうことにしておこう。 

 まあ三嶋も勉強になったことだろう。


 部屋に入るときはノックする。先生との約束だ。


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