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055 弓引き

 矢早銀桜(やさかねはる)は弓道部に所属している。 

 こちらの世界では三嶋工平(みしまこうへい)が作った木製バットを振り回している姿しか見ていなかったが、それは単に実用に耐える弓がなかったのだそうだ。

 武器屋にでも行けば弓も置いてあるのだが金がかかる。またこの世界の弓は、弓道で使っていた弓とは材質や形状が異なるいわゆる洋弓と呼ばれるものらしい。

 洋弓だとまったく扱えないというわけではないらしいが、やはり慣れ親しんだ形のものの方がしっくりくるのだという。

 それでも無ければあるもので我慢するしかないのだが、そこで三嶋という存在にスポットが当たる。


 三嶋の持つスキル『生産者』は構造さえ理解できていれば、製造工程度外視で作りだすことができる。

 素材が無ければその部分を魔力を物質化して作ることもできるが、その場合はしばらく経つと魔力が拡散して消えてしまうらしい。

 また理論上はどんなものでも作れるが、細かすぎる物や複雑すぎるものは作ることはできない。

 これは三嶋の魔力制御に依存することで、例えば折り紙で鶴の折り方を知っていても1cm角のミニチュアで作るとなると手先が器用でないと難しい、みたいな感じだ。

 魔力を使うわけなので魔力量という制限もある。巨大なものを作ろうとすればそれだけ魔力を使うし素材によっても必要な魔力量は変わってくるらしい。

 とまあ便利なスキルであることに違いはないがそれだけ制限もある。


 先日の鬼人族との一件の後、やはり慣れ親しんだ武器があった方が良いという話になり矢早銀の監修のもと三嶋がせっせと弓矢の作成に取り組んでいた。

 まあ戦闘になるようなことには出来るだけ関わらせたくないが、魔獣に襲われたときの護身用や狩猟にも使えるのであって困ることはなさそうだ。


 木製バットのように単なる鈍器として使うわけではなく、遠距離のものを正確に射抜くための道具だからか作成には思いのほか時間がかかっていた。

 まずこの世界で手に入る素材選別から難航していた。元の世界あったような合成素材は三嶋でも作れないし、竹のような植物もこのあたりでは入手できないらしい。

 そもそもこの世界の弓はなにで作られているのかというと、基本は木材だったが魔獣の素材を使ったものが耐久度も高く重宝されているという話だった。

 ただしこの魔獣素材というのはかなり高価なものだ。まあ武器として使えるような素材ならそれを身に着けている魔獣を倒すのも一苦労なわけで、その分の高値ということだ。

 ということでひとまずはこの世界でもよく使われる木材を使うことになった。


「耐久度は低くなるんだろ?」

「そうだけれど。壊れたらまた工平が作れば良いでしょ」

「それもそうか」

「二人とも僕を便利使いしすぎじゃない?」


 そんなやり取りもあったが、それは冗談半分にしても良さそうな魔獣素材が手に入るまでの繋ぎなら十分ということらしい。

 弓の構造自体は矢早銀が理解していたのでそれを三嶋に教えならが作っていた。通常のものづくりとは違っていくらでも調整を加えられるのは『生産者』の利点だ。普通ならある程度形作ってしまうとそこからは大きな変更ができないからな。

 素材レベルで分解して再構築できるので、現代技術のリサイクルも驚愕の有能さだ。


 その利点を有効活用し、矢早銀の指示で作っては作り直してを繰り返しようやく弓が完成した。

 長さは2メートル強、素材にした木材がモミの木のような白色だったのもあって見た目にも美しい仕上がりになっている。


 立派な弓が出来上がったが、今のところ出番はなかった。

 先日エダキリムシという魔獣討伐の依頼を受けたのだが、相手が分厚い甲殻を持つ魔獣だったこともあって弓を使うことはなかった。

 ちなみに弓の持ち運びは三嶋が担当していた。なんでも一度作ったものなら素材さえあればすぐに再現できるらしく、2メートル強の弓をそのまま持ち運ぶのではなく小さなブロック状に固めて持ち歩いていた。


 そんなこんなで日頃はあまり出番がない弓だが、矢早銀の腕も鈍るというのもあってたまに練習を行っている。

 場所は冒険者組合に隣接する演習場だ。冒険者組合が管理している広場があり、主に冒険者が新調した武器の調子を確かめたりスキルや魔術の練習に使われている。

 街中で魔術の練習なんて危なくないのかと受付のお姉さんに聞いてみたが、ここで魔術を練習するのは駆け出し冒険者ばかりで使えても初等魔術なのでそんな危険なことにはならないと言っていた。

 俺も駆け出しだし初等魔術でも森の一部を吹き飛ばすくらいはできると思うのだが、お姉さんも冗談が上手だ。


 演習場の一角には弓用の的として丸太が数本立ててある。

 その丸太から数メートル離れた場所に弓を携えた矢早銀が静かに立つ。

 姿勢を正して足を踏み開き、弓を左膝に置き丹田に力を籠めるように集中する。

 右手を弦にかけて矢を番える。そのまま一度両手を持ち上げて、そこからゆっくりと弓を引き絞る。


 弓が大きくしなり、弦がピンと張り詰める。

 矢早銀がまさに射抜くように目をスッと細めて標的を見据える。

 一瞬の静寂を経て矢が放たれる。弦音が鳴り、矢は空を割く勢いで的へと吸い込まれた。


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