054 エダキリムシ2
矢早銀と共に木々に隠れながらエダキリムシの側面へと回り込む。
俺はそのまま魔術の準備を行い、矢早銀はバットを横に構えてエダキリムシへと走った。
『能力向上』で高められた身体能力で一息の間に距離を詰めて、左足の一本へとバットを振るう。
――カンッ!
打撃と同時に硬い音が響く。
遠めに見ても矢早銀の一撃はかなりの威力だったが、脚の殻にはヒビが入った様子もない。とはいえ不意を突いた一撃でエダキリムシの脚を払うことはできたようだ。
しかしその巨体もそれを支える他の脚も見せかけではない。いきなり一本足を払われて少し体勢を崩したが、それで転ぶようなことはなくすぐに持ち直した。
突然の攻撃にご立腹なのか両腕のハサミを頭上でジャキジャキと鳴らして威嚇のポーズをとる。
「……ふむ」
あまりにも無防備なのでウォーターショットを3発ほど打ち込んでおいた。
盛大な水しぶきと共にエダキリムシがさらによろけるが自重を活かして体勢を立て直す。身体を地面へと立て直した衝撃で土煙が舞った。
「あれま。3発程度じゃ転ばすこともできないか。とはいえあまり威力を上げるのもな」
森を吹き飛ばした一件から魔術制御を練習したので、ある程度の威力までならうまく制御できるようになった。それでも魔獣に対して使うのは経験がほぼないので威力や撃ちこむ弾数の多寡がわからない。
前衛に立つ矢早銀へと、エダキリムシが木片と地面を散らしながら向きを変える。そしてそのまま狙いを定めるように尾を立ててその先のハサミを差し向けた。
次の瞬間、風を切るような速度で突き出されたハサミが地面に刺さる。
「矢早銀、大丈夫か!?」
思わず安否確認を叫んだが、当の矢早銀は涼しい顔をして半身を引くだけで躱していた。
自分を狙った巨大なハサミが高速で間近を通ったというのになんとも豪胆だ。
エダキリムシが尾のハサミを引き抜いたところを矢早銀が追従するように跳んだ。基本的には前後にしか動かせない尾に合わせられてはエダキリムシの対処も遅れてしまう。
「はっ――!!」
尾の動きに沿ってエダキリムシの頭上を取る形で、最初よりも気合を入れた一撃を脳天へと打ち下ろした。
『能力向上』で高められた膂力は、先ほどよりも鈍い音を立ててエダキリムシの巨体を地面へと叩きつけた。強烈な衝撃が地響きとなって周囲に広がる。
依然として甲殻には傷がつかないが、その衝撃は殻を超えて中身にダメージを与えているはずだ。
そんな希望が頭に浮かんだが魔獣とはそんなにやわな生物ではないらしい。バタバタと8本の脚で藻掻き、頭の上に立つ矢早銀に両腕のハサミで追い払おうとする。
薙ぎ払うように振るわれた右のハサミを矢早銀が軽く跳躍して躱す。追って切り裂こうと迫る左のハサミも合わせるように振るったバットの一撃で軌道を逸らした。
さらに逸れたハサミを足場に跳躍して距離を取る。
その動きを尾のハサミで狙おうとするが、俺が横からウォーターショットを数発撃ちこむことでタイミングを失わせた。
「ほんと、硬い」
独り言ちて、一度距離を取った矢早銀がバットを構える。
体勢を立て直したエダキリムシがそれに応じるように両腕のハサミを構える。
「矢早銀さん、離れて離れて!!」
慌てた様子の三嶋の声に矢早銀がとっさにその場を飛び退いた。
次の瞬間、倒れてきた巨大なそれがエダキリムシへと振り落ちた。
「――っな!?」
「何これ?」
巻き起こった土煙が晴れると倒れてきたそれの全貌が露わになる。
それは巨大な木槌だ。頭の部分は片方だけ釘締め用の形状になっていて、その尖った先端がエダキリムシのど真ん中を甲殻ごと穿っていた。
地面に磔状態になったエダキリムシが苦し気に藻掻くが、それも次第に衰えていきやがてその息の根が止まった。
「ごめんごめん。二人とも大丈夫だった?」
「工平。無事だけれど危ないじゃない」
「これ、三嶋が作ったのか?」
「ちょっとあそこに立っていた木を使って作ってみたんですが、バランス悪くて倒れちゃって」
どうやら狙ってエダキリムシにぶつけたわけじゃないらしい。
エダキリムシに振り下ろされた巨人が使いそうなほど巨大な木槌。よく見れば持ち手の部分は寸法に対してやけに細い。代わりに頭の部分が大きくバランスを崩すのも仕方ないだろう。その分、振り下ろされる威力も上がったんだろうけどな。
「まあ偶然だったにしろ。三嶋よくやったぞ」
「――っち」
「うっ、矢早銀さんが冷たい」
苦戦はしたが三嶋の思わぬ活躍で魔獣を倒すことはできた。
エダキリムシの硬い甲殻は良い素材になるらしく冒険者組合で買い取ってもらえるとのことだ。意図せずにまとまった資金を得られたことで、今後はもう少し生徒捜索に時間を割けそうだ。
冒険者組合に戻った時にお姉さんにエダキリムシの危険度について抗議してみたのだが、お姉さんもあれほど巨大なエダキリムシだということは知らなかったらしい。
どうも普通は大きくても人の子供くらいのサイズとのことで、情報連絡不備があったとして依頼主である運送組合からさらに報酬を上乗せさせると恨み節をつぶやいていた。