053 エダキリムシ1
お姉さんに騙された。
いや、騙されたというのは言い過ぎだな。お姉さんは適切な依頼を選んでくれただけだろう。決して厄介な依頼を押し付けたとか、そういうことではないはずだ。
「先生の、あのお姉さんに対するその信頼は何なんですか……」
先日の騒動でちょっとした手違いで吹き飛んでしまった森の一帯。
魔術によって巻き起こった水流でなぎ倒された木々が所せましと転がっている。
大量の木材をそのまま腐らせることもないと、この世界の物流を担う運送組合を筆頭に木材の回収が行われているらしい。
現在その作業場にエダキリムシという魔獣が現れたために作業が滞っている。その魔獣の排除というのが受付のお姉さんが紹介してくれた依頼内容だった。
エダキリムシは両腕と尾の先がハサミになった魔獣だそうだ。その姿は元の世界でいうところの蠍のようなものらしい。ただし尾についているものは毒針ではなくハサミになっている。
厄介さで言えば毒が無い分、多少はマシだろうか。
エダキリムシは枝を切り出してそれを集めて住処を作る修正があるらしく、木材が大量に切り倒され散るこの場所でこれ幸いと住処づくりを始めたらしい。
肝心なエダキリムシの危険度だが、お姉さんが言うにはエビルエイプを無傷で倒せるなら楽勝だろうという話だった。
そして実際に今、そのエダキリムシという魔獣を目の前にしているのだが――。
「え? 何、これ……」
「ムシと聞いていたけれど随分大きいわね」
目の前で住処づくりにいそしんでいるその魔獣は確かに姿だけは蠍に似ている。
ただし体長4~5メートルほどの巨大蠍だ。
両腕と尾に大きなハサミを携え、器用に倒れている大木を切り分けては住処の材料にしている。
「エダキリムシだよな」
「そう聞いてましたけど……」
「枝どころか幹を切ってるわよ」
エダキリムシの持つハサミは蟹のような力で圧し折るタイプではなく、重なり合った平面を擦り合わせて切り裂くまさしく鋏のような構造だ。
さすがに自然物なので刃物のような鋭利さはないが、その大きさと先ほどからスパスパと大木を切り分けている様子から挟まれたらただでは済まなそうだ。
「あれって、本当にこの前の猿より弱いんですかね?」
「少なくとも数は一匹だけみたいだし、猿のような機敏さはないと思うんだけどな。遠距離からは無理か? 二人で弓矢を作っていただろ」
矢早銀は学園では弓道部に所属していて得意分野は弓だ。のはずだ。
なぜか先日から木製バットばかり振り回しているが、そのあたりは深く聞かないことにしている。
そんな矢早銀だが、三嶋に頼んで弓矢を作ってもらっていたはずだ。三嶋の『生産者』のスキルで作ってはあれこれ注文を付けていたし、その弓矢を使えば遠距離から攻撃できるだろうと思ったのだが。
「あの甲殻だと矢が通らないと思うわ」
矢早銀がエダキリムシの様子を見ながら判断する。
確かに巨大な体躯というだけでなく纏うのは鈍く赤い甲殻だ。元の世界の甲殻類を基準にするならその大きさに比例した硬度を誇っていることだろう。
「先生。僕に良い作戦があります」
「うん? どんな作戦だ?」
「まず僕がこの前のようにバリケードを作ります」
「ほうほう」
エビルエイプに襲われた時のことだろう。『生産者』を見事に使いこなして木組みのバリケードを作っていた。
「次に矢早銀さんが突撃して、矢早銀さんが魔獣を陽動して、魔獣の攻撃を矢早銀さんが躱し、魔獣に隙ができたところを矢早銀さんが――ぅぐは!?」
「工平。まあまあの作戦ね」
「まさかの好感触?! って、じゃあ何で殴るの?」
「まあ大分ふざけているが、正直接近戦闘できるのも矢早銀だけだしな。すまないが前衛は矢早銀に任せるが大丈夫か?」
「はい」
「俺もウォーターショットで援護するから無理はするなよ。それでいったん様子を見てみるか」
「正面から突っ込むの? それとも背後に回る?」
「できれば一撃目は不意を突きたいが背後からだとやつの巨体で両腕の動きが読みづらいだろう。側面からが対応しやすいんじゃないか?」
「それなら、魔獣の左側からが良いかしら」
「了解。よし、行くぞ」
ひとまずの方針を決めて早速、俺と矢早銀は回り込むべく移動を始めた。
「……あれ、僕は?」