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幕間015 2-A 竹辻國光

 時は少し遡り、私立境天寺学園が異世界へと転移した最初の日。

 その夜、不自然なまでに誰もが眠りに誘われ、転移してきた全員が不思議な夢を体験した。

 そんな、この世界で今後生きていく中で最も重要だった夜がまだ完全には明けないうちに、ひとりの生徒が目を覚ましていた。


 竹辻國光。身長は学園でもとびぬけて高く、日課で鍛えられた身体もあって初めて会った人は威圧感すら感じるほどだ。

 しかし國光を知るものは皆が言う。田舎のおじいちゃんみたいだと。


 両親ともに仕事で忙しく世界を飛び回っているため、祖父母の家で暮らしている。木造と土壁の一軒家は年季の入った畳や襖、和室独特の柔らかな雰囲気に包まれている。

 祖父母も穏やかな人で、その影響か國光は年齢の割に落ち着いた性格で多少のことでは動じることはない。物腰も柔らかで孫でも相手にするかのように優しく接してくる、普段の動作もゆったりとしているので見上げるほどの体躯であっても不思議と癒しキャラとして定着していた。学園のおじいちゃんである。


 國光の朝は早い。

 異世界に転移したこの状況でも、身体に刻まれた習慣にしたがって日課の散歩に繰り出していた。

 まだ日も登らない早朝の空は、まだ淡く暗い青色に覆われている。まばらに浮かぶ星の光のなかに見知った星座を探すことはできない。


 國光は学園の敷地内を塀に沿ってぐるっと歩いていた。

 みんなまだ眠っているのか学園内は静まり返っている。こんな状況なので警備のことも考えて誰かしらが巡回しているかとも思ったが、そんな影も見かけなかった。

 ただ人の気配が全くないわけではない。かすかに物音や人が動く気配は感じた。

 まだ暗い時分にしかもよく知らない異世界で、そんな気配を感じれば不気味さを感じるものだろうが、國光には特に気にした様子はなくのんびりと散歩を続けるのだった。


 学園を半周ほどしたとき、異変が起こった。

 土を踏むかすかな物音に國光が振り向くと、闇に溶け込むような黒ずくめの人影が立ってた。

 さすがの國光も警戒心の欠片をみせるが、姿を見せた人影をおとりにして背後から近づいてきた人物がいた。國光がそれに気づく前に腕を首に回して顎の下から持ち上げるように締め付ける。


「――むぐ」


 喉を締め付けられ下顎も抑えられていてうまく声が出せない。

 襲ってきた人物は國光よりも小柄だがうまく体に絡みつき、バランスを崩されて押し倒された。 

 倒されたまま相手を振りほどこうとしてみるが、うまく関節を曲げたまま押さえつけられて身動きが取れない。

 そうこうしている間にも最初に姿を見せた人物がどこからかロープを取り出して近寄ってくる。

 

 異世界で素性も知れない不審者に襲われている。

 普通ならパニックになってもおかしくない状況だ。

 しかし國光の思考はひどくゆっくりと回る。のんびりとした思考は他人事のように考える。

 この不審者は誰だろう。逃げ出した方が良いだろうな。うむ、関節をきめられてうまく動けない。もう一本手があればなあ。


 うめき声が聞こえた。

 そちらに視線を向けてみればロープで拘束しようとしていた男が宙に浮き、腕を身体にぎゅっと揃えたまま苦しそうに足をばたつかせている。

 表現するとすれば、まるで巨人に掴まれたようにと言えるかもしれない。


 さらに國光を抑えていた人物も首根っこを掴まれたように引き剥がされ、一度投げ出されたかと思えばすぐに同じように宙に浮いて苦しそうに藻掻いている。

 不審者にしてもそんな状態でも大きくは騒がなかったのは彼らがプロであったからだろう。

 

 対して國光もまた違う意味で落ち着いていた。

 ただただその状況をテレビでも見るかのように、浮かぶ不審者の様子を不思議そうに眺めて、はたとそれを自分がやっていることに気づく。

 意識すればさらに具体的に感じる。背中のあたりから何かが生えたような感覚。そして何かを掴んでいる感覚。

 

「確かにもう一本手が欲しいとは思ったんだけどなあ」


 のんびりとそんな感想を零す。

 不審者二人を捕まえているのは國光の背中から生えた大きな腕だ。よく見れば蜃気楼のように薄っすらと何かがあるようにも見えるが、國光自身にもそれが自分の意思で動かせる腕のようなもの程度の認識しか持っていない。

 この腕は魔力が半物質化したものなのだが、異世界に転移してきたばかりの國光には知る由もない。


 それは元の世界ではありえない超常現象のようなものなのだが、それでも國光は通り落ち着いたままだった。初めて見たスキルに驚くことも、それを自分が使っていることにはしゃぐこともない。

 いや、一応驚いてはいる。ただ感情豊かに表現されないだけで。

 しばらく透明な腕につかまれた不審者を眺めて、とりあえず塀の外に捨てておくかと塀のそとへと放り投げてしまう。


 背中から生えた透明な腕は、意識すれば普通の腕ように動かすことができる。

 長さは軽く校舎の三階に手がかかるくらいまで伸ばせるし、その手は人ひとりを握りこめるほどの大きさがある。そして不審者を軽く放り投げられるほどに力も強い。


「畑仕事にも便利そうだな」


 國光の感想はそんなものだ。

 異世界の野菜を育てたらじいちゃんやばあちゃんにも食べさせてやりたいな。とそんな祖父母孝行なことを考えながら、途中になっていた朝の散歩を再開するのだった。


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