048 戦闘のあと
「……ふむ」
森の一帯がえらくこざっぱりした。
高速で放たれた水の塊は、高圧水流で汚れを浚うかのように魔獣を吹き飛ばした。
ただそれだけではとどまらず、辺りの木々を突き破り、周囲の地面を引っ剥がし、衝撃と濁流となって破壊の限りを尽くしていった。
残ったのは伐採跡かと思うほどのへし折れた木と木と木だ。
クレイジーモンキーの姿はどこにも見当たらず、この大量の倒木に埋もれているかはるか遠くまで流されてしまったのだろう。
どちらにせよあの魔術が直撃した時点で無事ではないだろう。
魔術による惨状は目を凝らせば遠くの方に微かに立っている木が見える、ところまで続いているらしい。
ちなみに俺は乱視なので見えないので三嶋の言だ。
「これは、やってしまったか」
「そうですね」
「まあでも状況が状況だったしな」
「不可抗力ですね」
「いやいや先生。矢早銀さんも。これはさすがにやりすぎだと思うんですけど」
やたら話のわかる矢早銀と現実逃避していると、三嶋が呆れたように水を差す。
確かに目の前に広がる惨状はまずい気がする。特にこの森の所有者がいるとすれば賠償などもあり得る。
「だがしかし三嶋、見てみろ。敵は一掃できたぞ」
「だとしても。森の木も一緒に綺麗さっぱりじゃないですか」
「だ、大丈夫だ三嶋。大自然の生命力とはきっと俺たちの想像を超えてくれるはずだ」
「大自然もこんな自然破壊は想定外だと思うけど……」
「てかやばくね。魔術ってこんなやべえの?」
「先生スゴすぎなんだけど」
三嶋だけでなく、轟と保倉も若干引いている。
それにしてもこの世界の魔術というのは本当にすごいものだ。威力を上げるために魔力を注ぎ込んだとはいえ初等魔術でここまでになるんだからな。
それだけこの世界では危険が多いということにもなる。
「ナナエ。これは一体……、何なんだあの魔術は」
「何なんだと言われても。ただのウォーターショットだろ」
「そんなわけあるか。大体ウォーターショットは初等魔術だろ。何でこんなことになるんだ。――いや、それよりもヴォルフガング! エリアーヌ!」
しばらくは呆然と座り込んでいた鬼面の子だったが、ようやく現実に思考が追い付いたようでこちらに振り返って不満そうにまくしたてたかと思うと、倒れている二人に気が付き慌てて駆け寄っていった。
倒れていた鬼人の二人は気を失ってはいるものの、命に別状はないようだ。
相当クレイジーモンキーの攻撃を受けていたようだが、それでも息をしているのは彼らの鍛えられた肉体と能力向上のおかげだろう。
しかし魔術のことを言われても正直困る。俺は魔術の初心者だし、『一般魔術基礎・概論』に書かれてあった通りに魔術を発動しただけだ。
『一般魔術基礎・概論』には術に込める魔力の量まで書いてなかったので適当に注ぎ込んだが。
あと、無駄そうな式を取っ払って、効率悪そうな箇所もアレンジはしたが、まあ概ね書かれてある通りだ。
しばらくして、二人の無事を確認した鬼面の子がこちらに戻ってきた。
鬼面で表情はわからないが、どこか安堵したように見えるのは勘違いではないはずだ。
先ほどよりも落ち着いた声音で会話の続きに戻る。
「これをただの魔術というとは、まったく本当におかしな男だ。それに……、私のスキルはどうやって止めたんだ?」
「そうだな。俺の魔力を流し込んでそのスキルが発動するための魔力の流れを阻害した感じだな」
「そんな、ことできるわけが……。いや実際スキルは完全に治まっているということは、そうなのか」
「そういえばあのスキルは何だったんだ。やけに苦しそうだったし、傍から見ても使いこなせてないように見えたんだが」
鬼面の子が少しだけその答えを口に出すことを躊躇うような素振りをして、それでもその逡巡を飲み込んでゆっくりと語った。
「――あれは、悪鬼羅刹という。……忌み嫌われたスキルだ」