047 魔力阻害
鬼面の子の戦いは凄まじいものだった。
爆発的に魔力が高まったかと思うと、そこからは目にもとまらぬ速さで曲芸のごとくクレイジーモンキーの攻撃を躱し、あれよあれよと斬りつけていく。そしてとうとう一刀のもとに切り裂いてしまった。
そこで安堵しかけたが、さらに3体のクレイジーモンキーが現れた。
どいつもこいつもが毒々しい迷彩色で、先程の戦闘で疲弊している鬼面の子を見て嗜虐的な笑みを漏らす。特に仲間が殺されたことへの怒りや悲しみはないようだ。
鬼面の子が倒れている二人の鬼人へと振り向く。
そして前に向き直すと直後、弱まっていた魔力が再び爆発した。
先程よりも激しい魔力が先程よりも不安定に循環する。それと共に鬼面の子を中心に空間が朱に染まるように滲んでいく。
ゴテゴテと装飾をつけたコマが不格好に回っているようだ。それは回るたびに周りのものを傷つけていき、その不安定さから何れ自壊する。
鬼面の子のスキルなのか? どうも魔力の使い方が良くない気がする。
あんな乱暴な感じじゃなく、もっと静かに魔力を循環させた方が良いと思うんだが。
「ナナエ! 私が3体の相手をしている間に、ヴォルフガングとエリアーヌを連れてここからできるだけ離れてくれ!」
上手く魔力を循環させる方法を考えていると、唐突に鬼面の子がこちらも見ずに大声でそう告げた。
そしてそれを契機に魔力の渦はさらに激しさをます。
「ふむ。そういえば轟、俺が小突いたとき帯電のスキルが解けてたよな」
この森で轟と保倉を見つけたときのことを思い出して聞いてみる。たしか離れたところからでもバチバチ聞こえそうなほど電撃が迸っていたはずだ。
「え、今それ重要っすか。なんかすごいヤバそうっすけど。あの子が言う通り早くここを離れたほうが良いんじゃ……」
「まあそれはそうだが、あの子をあのまま置いていくのも良くないだろ」
「先生、大丈夫なの?」
矢早銀が心配そうに聞いてくる。
昨日会ったばかりとはいえ、自分よりも小さい子があれだけ無理しているのは心配なのだろう。
「おそらくだけどな。それで、どうなんだ?」
「うーん。小突かれた時、というか最初に膝の裏を蹴られたときにスキルが解けちゃったんすよね。俺のスキルって電気のスイッチをオン・オフする感じなんすよ。発動したら自分でスイッチ切るまではそのままって感じで。でもあのときは、急にコンセントを抜かれた感じというかブレーカーが落ちた感じで……」
自分でもよくわからないようで、その時の感覚を表現する。
あの時は一刻を争っていたから能力向上のために魔力を無駄に注ぎ込んだからな。蹴ったときに一緒に放出された俺の魔力が轟に流れ込んで、スキルを発動するための魔力の流れを乱したんだろう。
ということは、鬼面の子にも魔力を流し込めばあの異常な魔力の流れも何とかできそうだ。
魔力は体外に放出すると途端に制御が難しくなり、自然に拡散してしまう。なので遠隔で他人に魔力を流し込むのは無理だろうが、触れていれば可能だろう。不可抗力とはいえ蹴とばしてそれができたんだからな。
やることも決まったのでさっさと鬼面の子へと近づいていく。
かなり近くまで来たのだが、鬼面の子がこちらを気にする気配はない。
クレイジーモンキーのことをよほど警戒しているのか、すべての意識が前方に向いている。
魔力を流し込むために背後から一気に肩を掴んだ。
一瞬肩がビクッと跳ねたが、気にせずに魔力を流し込む。
最初は荒れ狂いながら循環する魔力に抵抗される感覚があったが、すぐにその流れが乱れ始め、あっけないほど容易く収まっていった。
かなり雑な魔力制御だったし、一度他所から安定を崩せば立て直しはできないのだろう。
それまで体を痛めつけていたであろうスキルがいきなり解除され、張っていた気が切れたようにハタリと鬼面の子が腰を落とした。
理由もわからず力を失った両手を見つめ、気がついたようにこちらに振り向いた。
「ナナエ。一体何をした?! どうする気だ。こいつらを始末するには、悪鬼羅刹しか……」
すぐに前方のクレイジーモンキーに向き直り、震えるように声を落とす。
なんだかものすごい思い詰めているようだ。
それにしても悪鬼羅刹とは、物騒な名前のスキルもあったもんだ。
「とりあえず、この大猿もなんとかしないとだな」
ずっと様子見に徹している律儀な魔獣を指して、そう応えつつ魔力を練り上げる。
属性は水。術式はさっきも使っていたウォーターショットで良いだろう。
注ぎ込む魔力は鬼人達の馬車を爆破したくらいで。いや、あの時よりもでかいのが3匹もいるから何発か撃っておくか。火よりも水のほうが威力も弱そうだしな。
適当に見積もって6発分の術式を同時に構築する。
傍からみれば術式が複数組み上がる様子は派手に映るが、正直同じ模様を描けば良いだけなので数は関係ない。両手で同時に違う模様を描くのはややこしいが、同じ模様を描くのは割とできるようなものだ。
ものの数秒で術式を構築し十分な魔力も注ぎ終わった。
術式が並ぶ様を見てようやくクレイジーモンキーが慌て始めるが、構わずに全弾発射する。
そして――。
一発一発がクレイジーモンキーのひと回りくらいの大きさの水の塊が、烈風を巻き起こす勢いで着弾した。