046 悪鬼羅刹(ノエル)
体が燃えるように熱くなり、今までにないほどに身体が軽い。
視界はわずかに朱に染まっているが、あらゆる動きが緩慢に映る。
私の身体、そして武器も含めて魔力の激流が循環する。『能力向上』のように魔力を細部にまで巡らせるというのとは違い、まるで大きな円を描くように旋回している感じだ。
高速回転するコマのように不用意に触れれば傷つくが、逆に芯を揺るがされればたちまちバランスが崩れる。そんな不安定さのあるスキルだ。
――HGYAAAAAAAAA!!
私の様子が変わったことを感じ取っての牽制か、クレイジーモンキーが威嚇するように叫声を上げる。そして振りかぶった拳を叩きつけてくるが、私はそれを高く跳躍して躱した。
そのまま頭上から落下の勢いで鉈を振り落とす。クレイジーモンキーが両手を構えて刃を受け止めようとするが、魔力による防備も分厚い毛皮もまとめて断ち切った。
――HKYAAAAAAAAA!!?
両手を失ったクレイジーモンキーが喚き叫ぶ。じたばたと後ろに下がると、今度は尻尾が回り込むように突き出してきた。
横から突き抜けるように襲ってきた尻尾の上を転がるように受け流し、片方の鉈で尻尾を地面に縫い留めた。逃げられないようにしたところを袈裟懸けに切り裂き、蹴り出した足を潜り抜けて、無防備な背面からさらに斬り上げる。
クレイジーモンキーが背中越しに憎しみのこもった視線を向け、体ごと腕を振り回した。当たれば骨まで砕けるだろう巨腕が鼻先をかすめ鬼面にヒビがはいる。しかし、それも地面につなぎ留められている尻尾に吊っかかって勢いが止まる。
その隙を逃さないように一歩踏み出て、裂帛の気合とともに横なぎに振りきった。少しして両断された上半身がゆっくりと滑り落ちた。
ゆっくりと息を吐いた。体にこもった熱が少しだけ和らぐ。
依然として興奮状態のままだが、まだ自我は保てている。何とかスキルを制御できたようだ。
「はあはあ、なんとか片付いた――っ!?」
安堵しかけたところに、最悪の状況が降ってきた。
木々をなぎ倒し、地を揺らして現れたのは3体のクレイジーモンキーだ。
制御できる限界までスキルを使ってようやく1体倒せたというのに、まったく悪夢だな。
背後で倒れているヴォルフガングとエリアーヌの様子をうかがう。二人ともまだ息はあるようだ。
二人の無事を確認して安堵と共に覚悟が決まった。
――悪鬼羅刹!!
先ほどよりも激しい魔力の奔流が私の身体を蹂躙し、身体の内部から斬り刻まれるような痛みが奔る。身体は灼熱を帯び、視界がさらに朱に染まる。
あの日と同じように。
得体のしれない怒りと憎しみが徐々に意識を蝕んでいき、見境もなく分別もつかない破壊衝動がふつふつと沸き起こる。
このままスキルを使い続ければ、きっと自我を保てないだろう。またあの日のように周りのすべてを
傷つけてしまうだろう。
それだけではない、今こうしている間にも自分の身体が内側から壊れていくのを感じる。荒れ狂う魔力に身体が耐えきれていないのだ。
それでもこの目の前の脅威に対抗するにはこうするしかない。たとえ私が私を失ったとしても、二人を守ると決めたのだから。
そうだ、近くにはナナエ達もいたんだったな。
すべての覚悟を決めたことで少しだけ余裕ができたようだ。ようやくここにいる人族のことを思い出した。
気配から彼らがエビルエイプの群れを倒しつくしていたのがわかった。
「ナナエ! 私が3体の相手をしている間に、ヴォルフガングとエリアーヌを連れてここからできるだけ離れてくれ!」
振る向くこともなく大声で頼みこむ。
意識は前方に向けて集中する。たとえ自我を失っても、その破壊衝動を後ろには向けないために。目の前にいる3体のクレイジーモンキーを殺しつくすまでは、他に危害が向かないように。
その間にナナエ達がこの場を離れてくれれば、私を取り込もうとする無差別な敵意にさらされることもないはずだ。
私の魔力の高まりを感じてか、3体のクレイジーモンキーが警戒態勢を取る。
私の意識はもう僅かしか残っていない。
あとは願うだけだ。
どうか制御できないこのスキルで、目の前にいる魔獣を殺しつくしてくれ。
そして、スキルに飲み込まれた私のことも殺しつくしてくれ。