044 鬼の回顧2(ノエル)
鬼人の国――、クルガ王国は放浪の鬼人達が傭兵事業により経済力を得た小国である。
特筆すべく産業や工業もなく、現在も各国の小競り合いに傭兵を輩出し、その契約金が国の財源の大部分を占めている。
今回の戦も西方諸国で起きた小競り合いへの戦力投入である。
国軍500名に私たち鬼人の兵が同数の500名。しかも私たちを前線に置き自国軍は後方に控えている。自国の兵を失いたくないから傭兵で補填するという浅ましい考えが透けて見えているが、金さえもらえればそれに見合った働きをするのが傭兵だ。
「おやおや、これはこれはお嬢様じゃねえか。スキルもまだ発現してねえ役立たずが戦場になんの用だぁ?」
「バウムガルト。いちいち嫌味を言いに来やがったのか?」
戦列に並び開戦の合図を待っていると、四本角の鬼人――バウムガルトが此方を小馬鹿にしたような態度で近づいてきた。そして吐かれた嫌味にすぐさまヴォルフガングが言い返す。
バウムガルトは鬼人族でも指折りの実力者で、奴の考え方はもっとも鬼人族らしいものだ。つまりは強さこそが全てであり、弱いものには価値などないという。そして己と鬼人族が強くなるためなら何でもするような男だ。
だからこそスキルを未だ発現できていない私を常に見下している。まあそれが鬼人族の一般的な考え方だ。良い気分ではないが奴が特別そうだということでもない。
「――っち、ヴォルフガング。はん、優秀な護衛がいて良いご身分だな。まあ自分自身すら守れねえほど弱っちいってことだろうがな」
「なんだとテメェ。テメェと違ってお嬢には人望があるんだよ」
「はっ、人望? そいつはどうだかな。いいか、鬼人族にとっては強さが全て、力こそが信条だ。そいつをよく覚えておくんだな」
捨て台詞を吐いてバウムガルトは兵の間に消えていった。
「バウムガルトも相変わらずね。でもまさか、わざわざ戦の直前に嫌味を言いに来るなんてね」
「ヴォルフガングも、ああいう手合いは相手するだけ疲れるだけだ」
「まあしょうがないでしょう。ウォルフとバウムガルトは小さい頃から何かと張り合っていたし」
エリアーヌが昔を懐かしむように言う。
確か3人は同世代だったと記憶している。その中でも腕っぷしの強さでヴォルフガングとバウムガルトは常に上位を争っていたらしい。しかし、ヴォルフガングは私の従者になってからはあまり戦場には出なくなった。常に前線で戦い続けているバウムガルトからしたらそれも面白くないのかもしれない。
まあ、どちらにしても私が原因なのだろうが。
「まあ、あんな奴のことは放っておいて。そろそろ開戦の頃合いだぜ」
「わざわざ喧嘩を買ってたのはあなたでしょ、ウォルフ」
無駄話をしている間に、戦場に鐘を叩く音が響いた。
どこからともなく覇気がこもった喚声が沸き起こり、前線に布陣していた鬼人族が敵陣へ向けて走り出す。私たちも遅れないように戦場を進んだ。
敵の兵が隊列を組んで槍を突き出してくる。私はそんな敵の頭上を軽く跳び越えて、守りの薄い背後から刈り取っていく。
それに狼狽した敵兵が隊列を崩したところに、ヴォルフガングの戦斧による一撃が振るわれて敵が紙切れのように飛び散る。なんとかその脅威から逃げ延びた敵兵も、離れて備えていたエリアーヌの青火が追撃する。
武器と武器が重なり剣戟が鳴く。誰もかれもが咆哮し空気が響く。敵味方織り交ぜ駆ける兵士の地鳴りが轟く。
戦場は苛烈な熱を帯び、異様な興奮と悦楽が蔓延している。
どれくらい戦っただろうか。どれくらい敵を斬っただろうか。
初めての戦場で緊張しているのか、少しずつ体が重くなってきた。能力向上はいつものようにうまくできている。それでも気迫をむき出しに向かってくる敵との戦いはいつも以上に体力を削られる。
それでも五感だけはいつも以上に研ぎ澄まされている感じがする。相対した敵の呼吸まで聞こえ、ちいさな動作さへ見逃さずに対処できる。いつになく集中できている。
その集中状態は行幸だった。
いつもの私ならば反応できなかっただろう。かすかな衣擦れ音と風切り音、不意に感じた危機感に背後を振り返った。――瞬間、襲い掛かってきた大剣の一撃を既の所で構えた鉈が受け止めた。
「――っ!?」
「ちっ。能無しのお嬢様がよく防いだじゃねえかよォ」
突如背後から襲ってきた相手、バウムガルトが忌々し気に吐き捨てた。