043 鬼の回顧(ノエル)
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鬼人族は身体強化系のスキルを持って産まれることが多い。
種族的にも齢15にもなれば身体は人族のひと回りは大きくなり、純粋な力だけを見ても他種族の追随を許さない。
そんな中で、私だけは小柄な姿のまま、それ以上成長することはなかった。
人族と比べるなら年相応の体格かもしれないが、同世代の鬼人たちは皆、見上げるほどだ。
変わっていたのは身体だけではない。周りが次々と身体強化系のスキルを発揮していく中で、私だけがスキルを発現できないでいた。
まあ、無いものを考えても仕方がない。
私は目を閉じたま体内の魔力に集中した。
ここは国軍兵舎に隣接されている訓練場の一角だ。もはや日課ともなった鍛錬のために、案山子代わりの丸太を4本打ち立てて、私はその中心に両手に愛用の鉈を持って立っている。
魔力を体内で循環させる。魔力を持つものなら誰もが無意識に行っていることだが、意識的に魔力を制御することでその精度は高くなる。よりまんべんなく、より円滑に魔力が循環する。
魔力が体中に巡り、体温が少し高くなる。身体は軽く感じ、建物を飛び越えるほどの跳躍力や大岩を持ち上げるほどの筋力まで発揮することができる。
それが『能力向上』と言われる身体強化方法の一つだ。
小柄でスキルも発現していない私が他の鬼人と共になんとか戦えているのも、魔力循環の精度を上げて、より『能力向上』の効果を高めているからだ。
それでも身体強化系と称されるスキルを使いこなす者には敵わない。スキルには私がこうして集中するほどの魔力操作は必要なく、発動すれば『能力向上』以上の効果を発揮できる。
だからこそスキルを発現していないだけで、一段下に見られる。いやそれほどまでにスキルというものが鬼人族にとって、この世界にとって重要なものだということだ。
スキルは生まれ持って決まっているものだが、それが発現するかは日々の鍛錬や何かのきっかけが必要だ。能力向上や魔術ほどの魔力操作は必要ないにしても、魔力で発動している以上は魔力操作の鍛錬が実を結ぶこともあるだろう。
鬼人族は身体強化のような内在的な効果が多いためか、瞑想や戦闘訓練などを行う過程でスキルが発現する者も多い。
稀に戦場で初めてスキルに目覚めるなどという英雄譚のようなこともあるが、スキルを発現せずに戦場に出たものはほとんどが生きて帰っては来ない。基本戦術を近接戦と捉えている鬼人族は、身体能力の高さがそのまま生存率に繋がるからだ。
魔力が十分に巡ると、身体が少し上気するのを感じる。そしてゆっくりと目を開ける。
私の周り、四方には4本の丸太が打ち立ててある。
両手の鉈をクルリと回して軽く手首をほぐす。そして一息吐き出して――、地面を力いっぱい蹴りつけた。
瞬間、私の身体は空気を弾き、斜め前に配置していた丸太との距離を一気に詰める。そのまま速度は抑えずに丸太をすれ違いざまに斬りつける。さらに体を捻りながら地面を蹴りつける。鋭角に方向転換を行い勢いも削がずに二本目の丸太へと鉈を振り切った。
続けて3本目へと向かい、今度は身体を中心軸で回転させてその勢いで鉈を振るい切断する。すぐさま高く跳躍し、最後の丸太の背後を取るような形で着地と共に両手の鉈で刈り取った。
そこでようやく最初に斬りつけて丸太が地面に落ちた。そして、転瞬の間に斬りつけた他の丸太も次々と音を立てる。
「ガハハハハ。初陣の前で緊張でもしてねえかと思ったが、準備万端って感じじゃねえかお嬢」
「心配していたけれどその様子なら大丈夫そうね。もちろん戦場でも私たちがそばにいるから安心してね」
豪快に笑いながら現れたのはヴォルフガングだ。初陣の前の様子見としては繊細さに欠けるが、それが彼の人の好さでもある。大きな戦斧も軽々と振り回す、鬼人族の中でも稀に見る筋肉の持ち主だ。
隣にいる金髪金眼の女性がエリアーヌだ。その美しい髪と瞳、そして女性らしい体のラインに魅了される者も少なくないが、いつもヴォルフガングが傍にいるので男に言い寄られることは滅多にないそうだ。
二人とも私が小さい頃から世話をしてくれている。従者というよりは年の離れた兄姉のような感覚だ。
鬼人族は強さを是とする種族だ。
強いものほど賞賛され、強いものほど地位も高くなる。たとえ王族だろうと、強さを示すことができなければ誰も敬意を向けることはないし、弱ければ廃嫡される子もいるほどだ。
そういう背景もあって、鬼人族は誰であろうと齢15にもなれば一度は戦場に立つことになる。そこで戦勲を上げれば強さの証ともなるし、戦の経験がなければ戦場に立てないほどの腰抜けと評されることにもなるからだ。
そしてついに私も明日初陣となる。戦場に行くことに不安はない。それだけの鍛錬を積んできたし、生まれながらに傷つけられる覚悟も相手を殺す覚悟もできている。なによりも二人が共に戦場に向かうのだ。
ただひとつ、未だスキルが発現していないことだけは多少思うところはあるが……。些細な想いを心の奥にしまい込んで、私は明日戦場へと向かう。