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042 鬼の想起(ノエル)

 突如として現れたクレイジーモンキーが近くになった木を投げつけてきたせいで、ナナエたちとは完全に分断された。

 吹き飛ばされたナナエたちはどうやら無事だったらしく、新たに表れたエビルエイプに囲まれてそちらの対処に手一杯のようだ。

 助けてやりたいが、こちらにはその余裕はない。


 クレイジーモンキーは人の数倍の巨体に加え、並の魔獣とは比較にならないほどの機動力を持っている。そしてさらに厄介なのは自由自在に操ることのできる尻尾だ。

 巨大な体躯が腕を払えばそれだけでここらの木々はなぎ倒されていく。その薙ぎ払われた腕を体勢を低くして躱して飛び掛かった。二本の鉈を同時に振り下ろすが分厚い毛皮に覆われた腕で容易く防がれる。


 防御でガラ空きになった腹部へヴォルフガングが戦斧の横振りで狙うが、さらにそのヴォルフガングの横から回り込むように太い尻尾が襲い掛かる。

 突き飛ばしたされたヴォルフガングを、さらに蛇のように尻尾が追いかける。その追従を阻むために伸びきったはずの尻尾に鉈を振り下ろすが、尻尾を巧みにうねらせて刃を弾く。さらに返す尻尾で私自身も弾き飛ばされた。


 クレイジーモンキーが追撃しようとするが、それをエリアーヌの青炎が阻む。いくつもの青い火の玉がクレイジーモンキーの周りをぐるぐると回って一斉に襲い掛かった。

 引火した青火が全身を覆うが――、


 HGYAAAAAAAAAA!!


 衝撃を伴う叫び声が青炎を一瞬でかき消した。

 クレイジーモンキーが両手の拳を地面につける。不気味なほどに静かにこちらを睨みつけ、次の瞬間その姿が消え、地面が爆ぜる。


「――ぅぐあ」


 少し遅れてヴォルフガングの苦痛な声が漏れる。

 振り返れば目で追えないほどの速度での体当たりを、何とか戦斧で受け止めたらしい。それでも衝撃を殺しきれなかったのか湿った咳を吐いている。

 クレイジーモンキーがその姿に愉悦するように不愉快な笑みを浮かべる。魔獣の分際で人を痛めつけて楽しんでいるのだ。


「蛇青火っ!!」


 再びエリアーヌが青い火を放つ。燃え盛る青火が大蛇の姿となって襲い掛かる。

 対するクレイジーモンキーは息を深く吸い込む。短い体毛が逆立ちその巨体がさらに一回り膨らむ。そうして吸い込んだ空気を今度は一気に吐き出した。球状に押し固められた空気の塊が高速で突き抜け、いともたやすく蛇青火を断ち切ってしまう。空気の塊はそのままエリアーヌまで届き、彼女も吹き飛ばされてしまう。


 息を吐き切った隙を狙い、その首元へと鉈をたたきつける。しかしそれも体を逸らし持ち上げた腕に阻まれてしまう。分厚い毛皮と皮膚を切り裂く重い手ごたえを感じるが、切り裂けたのは多少血が出る程度だ。

 クレイジーモンキーは攻撃や防御の都度、その部位に魔力を集中させる。そうなってしまえば私たちの攻撃では文字通り刃も立たない。だからこそ奴が魔力を集中していない部位を狙わなければならない。


「しかしながら、不意をついてもこの程度とはな……」


 思わず愚痴が漏れる。確かに腕で防御はされたが、不意をつき十分な魔力集中はできなかったはずだ。それでも元来の毛皮や肉体の防御力が並の生物を凌駕している。一度の斬撃では骨はおろか肉を斬ることも容易ではないようだ。

 こんな化け物を調教できるとは。ナナエたちを遠ざけたことと言い、この魔獣は明らかに私たちだけを狙っている。昨日襲ってきた魔獣と同じ、『調教師』のスキルで操られていると見て間違いないだろう。

 

 手っ取り早いのはこのクレイジーモンキーを操っている輩を見つけ出して無力化することだ。少なくともここの状況が見えるところには潜んでいるだろうが、そんな隙を見逃すほど甘い相手ではない。

 クレイジーモンキーが跳躍を繰り返して牽制し、次の瞬間にはこちらとの距離を詰めてくる。斜め上から振り下ろされた拳を後ろへ飛んで躱す。空振った拳が地面をたたきつけて砂煙を起こし、それを目くらましに尻尾による追撃が放たれる。

 二本の鉈を構えて防御するが、受け止めきれずに後方にあった大木まで吹き飛び叩きつけられた。


 体を強打し強制的に肺から空気が吐き出される。意識をなんとか保ち視線を上げる。さらに突撃してきた巨体を横に転げ跳ぶことで何とか躱す。

 先ほど私を受け止めた大木がメキメキと音を鳴らしてへし折れた。大木に体当たりしてもダメージの欠片も見せずすぐにこちらへ跳躍してくる。

 目の前に着地したかと思えばすぐさま裏拳で薙ぎ払おうとしてくる。その腕を跳んで躱しさらに体を捻って回転切りで脳天を狙う。


「ぐはっ」


 クレイジーモンキーが頭を少し下げ、頭上を通して尻尾を突き出してきた。攻撃に転じたところを狙われまともに防御も取れずに撃ち抜かれてそのまま地面へと倒れこんだ。

 骨が何本か折れているのだろう、少し動くだけで腹部に激痛が走る。それでも暢気に倒れているわけにはいかない。

 何とか体を起こすが、それを見下ろすクレイジーモンキーが嗜虐のこもった笑みを浮かべる。そしてゆっくりと両手を組んだ腕を頭上に上げ、力いっぱいに振り下ろし――。


「やらせるかよォ!!」

「ノエル、無事?」


 地すら割る剛腕の一撃をヴォルフガングとエリアーヌが二人がかりでなんとか受け止めていた。

 だが、クレイジーモンキーの攻撃はそれだけでは終わらない。続けて繰り出される猛打が二人を襲う。

一打一打の衝撃が二人の肉体を徐々に、しかし確実に破壊していく。

 それでも、血を散らし、傷ついても、二人が引くことはない。


「お前たち、早くそこからどけ。死んでしまうぞ」

「そいつは到底受け入れられねえ命令だぜ」

「私たちがノエルを見捨てるなんて、それこそ死んでもあり得ないわね」


 ダメージも苦痛もとうてい耐えられるものではないはずなのに、それでも気丈に優しい笑顔を作る。

 二人は自らの命すら惜しまずに私を守ろうとする。私にはどうしても理解できない。どうしてそんなことができるのか。なぜそんなことをするのか。

 私が逃げろと言っても。私が見捨てろと言っても。そんな言葉は笑い飛ばして私を守ろうとする。


 ――あの時と同じように。


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