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039 交渉

 トルクの森の奥地。勝手に赤紙依頼に参加してしまった二人の生徒を探し出し、間一髪のところを助け出すことができた。

 とはいっても、まだ問題しか残っていないんだよな。


「先生? 何でここに」


 思い切り膝の裏側を蹴りつけて転ばせた轟が、座り込んだまま聞いてくる。

 とりあえず状況がわかってないようなので、頭を殴っておこう。


「――っ、痛っってえ」


 ゴチンと効果音が表示されるんじゃないかというくらい勢いがついてしまった。


「先生っ! 暴力反対!!」

「はっはっは。確かに体罰やなんだのと最近は厳しいがな。ここは異世界で先生たちが恐れるPTAや教育委員会なんてものは無いんだなこれが」

「だからって殴っても良いわけじゃ……」

「それになあ轟。痛いのはなにも殴られたお前だけじゃないんだぞ。生徒を殴った俺の拳もすごく痛いんだぞ」


 まあ実際にはそのまま殴ったら痛そうだなと思って魔力で拳を包んでみてるんだが。そのおかげで俺の拳はまったく痛くない。


「――おい」


 とても冷たい声が苛立たし気に俺たちを呼ぶ。鬼面の子が鉈を手元で回転させ、切っ先をこちらに向けて構えた。

 少し気が抜けていたが、まだまだ危機は脱していない。


「えーっと、悪かった。うちの生徒が迷惑を掛けたようで。それでだ、どうにか穏便に済ませられたりはならないだろうか」

「こちらの命を狙っておいて、失敗したらすいませんで無事に帰れるってのは、都合が良すぎじゃないか。こちらの命を望むのなら、そちらの命もテーブルには乗せてもらわないとな」


 まあごもっともで。


「命を取ろうってどういう。俺達は悪人を捕まえるって話で――っ痛!!」


 ――ゴチン、と。もう一度強めに殴っておく。

 赤紙依頼。それも生死問わずの捕縛となれば、仮に生け捕りにしてもその先は言わずもがなだ。だが轟達はそこまで理解していなかったようだ。

 元の世界とは違う常識とか、そそのかした冒険者がわざわざ説明しなかったとか、轟達にも同情の余地はあるかもしれない。しかしそれはこちらの事情だ。命を狙われた側は、それが間違いだろうと勘違いだろうと取り返しがつかない。


「そちらの言い分はわかるんだが。さすがに生徒の命を渡すわけにはいかないんでな。……そうだな、俺が代わりに相手をさせてもらおう」

「「先生っ!!」」


 三嶋と矢早銀の声が重なるが、俺は鬼面の子から視線を離さない。


「お前、ナナエと言ったか。そいつらの代わりにナナエが死ぬというのか」


 俺の提案に鬼面の子の声が少し曇った。しかし、一度会っただけなのによく名前を憶えているな。

 まったく代わりに死ぬとは人聞きの悪い。さすがに俺だって死ぬのは勘弁だから、生徒たちが逃げるだけの時間をなんとか稼いで俺も逃げるつもりなんだが。

 問題はこの子相手にそのなんとかができるかどうかだ。さっきはとっさに飛び出して二人を攻撃から逸らすことができたが、あんな動きに真っ向から立ち向かえる気がしない。死ぬ気かと言われるのもしょうがないが、ただ、だとしてもだ。


「別に俺が死にたいわけじゃない。ただ、どんなに無茶だろうと、俺は生徒を守らないといけないんでね。無理そうだからって引くわけにもいかないんだわ」

「どうしてナナエがそこまでする。仮にそいつらを助けたとしても、ナナエが犠牲になればそいつらが苦しむことになるだけだ」

「そんなことは知らん。俺が無事では済まなかったとして、生徒が何を想うかは俺の知ったことじゃない。何かを思うことがあって更生するならそれで良し、何も感じないならそれでも良い」


「そんなの、無責任じゃないか。守られた側はどうすれば良いんだ……」


 鬼面の子の声が少し感情的になった。何か思うところがあるのだろうか。

 後方に下がっていたヴォルフガングとエリアーヌの方に視線を向ける。隻腕と眼帯……、なにか訳ありなんだろう。

 守られた側がどうすれば良いか、か。


「そんなもん元気にしてれば良いだろ」

「――?!」


 生徒を助けるのは俺の都合だ。正直、教師の職務内容に命を張れなんてことは書いてない。きっと他の先生ならもっと良い方法を思うつくかもしれない。その後の生徒たちにもきちんとした指導を伝えられるかもしれない。

 ただ俺にはこれしか方法が思い浮かばなかった。俺には教師は向いていないと思う。俺はやり方や考え方を教えられるだけで、生徒たちの進む道を指し示すこともその手助けもできない。そもそも轟達が無茶をすることを事前に止められていれば、こんな状況にもならなかったのだ。


 それでも、だからこそか、子供の保護者としての責任だけは果たしたいと思う。


「俺はただ、俺が生徒を助けたいと思ったから助けるんだ。だったら助かった生徒には元気にしていてもらうだけで、それだけで助けた甲斐があるってもんだろ」


 生徒たちに恩を着せたいわけでも、余計な責任を背負わせたいわけでもない。ただ無事にいてほしい。俺にも一端の責任感はあるのだ。

 鬼面の子が何を思って、何を背負ってるのかは知らないが。成り行きですまないが、ここは少し俺の責任に付き合ってもらおう。


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