037 鬼の奮闘(ヴォルフガング)
街道での強襲を受けて、オレらはサウールの北にある森林区へと入っていた。
本来ならサウールで身体を休め、本国までの間にある山岳地帯を超える予定だったが状況が変わった。
襲ってきたのが誰かは知らないが、鬼人族を襲うのにあの魔獣だけということはないだろう。だとすればサウールの街にも刺客がいる可能性はでてくるわけで、オレらはこうして迂回しているわけだ。
「予想通り、冒険者を使ってきやがったか」
「いくら冒険者組合と言っても、他国の依頼がすんなりと通るとは思えないのだけど」
「おそらく本国の手先が組合にも入り込んでいるんだろう。きちんと調べれば不正は発覚するだろうが、それまでに決着をつけるつもりなんだろ」
ノエルがいつものように冷静に分析する。
今朝から数人の冒険者に遭遇していた。どいつもこいつもターゲットがいただの、赤紙がどうのと騒がしかった。
遭遇した冒険者の反応を見るに、どうも俺たちが森を通って迂回していることは知られていなかったようだ。
人海戦術よろしく、冒険者を使ってサウールの周囲を手当たり次第に捜索しているんだろう。
襲ってきた冒険者はひとり残らず返り討ちにして眠ってもらっている。正直、大した実力でもなくオレとエリアーヌだけでも容易く対処できた。
しかしながら、冒険者ってのはいろんな役割の者がパーティを組んでやるもんだ。オレらが返り討ちにした以外にも、隠れて隙を伺ってた奴や情報収集に専念していたやつもいただろう。
オレらが森にいることが他の冒険者の連中に広まるのも時間の問題だろうな。
「オラァアアあ!!!」
威勢のよい掛け声とともにまた一人冒険者が襲ってきた。
わざわざ奇襲を仕掛けたのにそんな大声を出していたら意味がないだろ。繰り出された飛び蹴りも難なく戦斧で受け止められる。
しかも防がれた蹴りを引っ込めようともしない。戦闘慣れもしてない素人かと――、呆れかけた瞬間、甲高い雷鳴とともに体中を荒れ地を引きずり回されたような強烈な痛みが走った。
「……んぐっ」
この男、蹴りを受け止めた戦斧ごと雷撃を流し込んで来やがった。
身体が思うように動かず、たまらず地面に膝をつく。耳の奥でパシンパシンと小さく弾けるような乾いた音が鳴り、かすかに肌と空気の焼けた匂いが鼻をつく。
雷撃で麻痺して思うように体が動かせない。なんとか首を回して冒険者の様子をうかがうと、雷撃はその冒険者を包み込むように滞留している。
自分自身に雷撃を纏って相手に触れることで感電させるのか。こちらからの攻撃でも触れると感電してしまうので厄介なスキルだ。
「ウォルフ!!」
エリアーヌがこちらの状況を察して駆け寄り、錫杖を構える。すると錫杖の周りに5つほどの青白い火の玉が現れた。
如何に冒険者が帯電していようと、放った炎で攻撃する分には感電する恐れはない。
エリアーヌが錫杖で狙いを定め、火の玉を放なつかと思ったところで不意にエリアーヌの重心が揺れた。足元がふらつき錫杖を地面に突き立ててなんとか体勢を保つ。集中が切れたためか、同時に火の玉が霧散した。
エリアーヌの顔を見ると瞼が重たそうなのを、必死で意識を保とうとしているようだ。
「ちょっと。いきなり飛び出さいでよ」
冒険者男が飛び出してきた方向から、不満を口にしながらもう一人冒険者が現れた。冒険者にしては身綺麗にした女だ。見た目は子供っぽくはないが声や口調には少し幼さが残っている。
その冒険者女は手をエリアーヌの方にかざしていて、その手から薄紫の霧のようなものが出ている。
そこでようやく薄く広がったその霧がいつの間にかエリアーヌの方まで漂っているのに気づく。
「悪ぃ悪ぃ。でも俺の奇襲のおかげで捕まえられただろ」
「何言ってんのよ。私の霧夢がなかったらもう一人に反撃されてたでしょ」
冒険者女のスキルは精神干渉系だろうか。エリアーヌが眼帯をつけている方の古傷を手で押さえつけるようにしている。なんとか痛みで意識を保とうとしているのだろう。
「さて、あと一人だな」
「……子供?」
冒険者男がオレらの後ろにいたノエルに注意を向ける。冒険者女の方は小柄なノエルに気づき、少し戸惑っているようだ。
そのノエルが愛用の武器を持っているのにも、既に魔力を循環させているのにも、冒険者は気づいていないようだ。
なかなか特殊なスキルは持っているが、実戦経験は乏しいということだろう。悪いがそれではノエルには到底敵わない。
ノエルが静かに両手に持った鉈を前後に構える。ノエルがよく使う回転斬りの構えだ。
冒険者は帯電や不気味な霧を操っているが、魔力を十分に循環させ高度な能力向上を得ているノエルには生半可な威力では通じない。
次の瞬間、ノエルが地面を蹴りつけて飛び出した。
冒険者はまともに反応もできない。一息もせぬ間に距離を詰めたノエルがその勢いのまま身体を捻り、身体の中心を軸に回転し両の鉈を振るう。
鉄をも切り裂くほどに研ぎ澄まされた剣閃が、鈍色の線を引いて冒険者二人の首へと襲いかかった。