032 冒険者組合
「はぁ、これで活動申請は完了ですね」
気だるげなお姉さんが机に頬を預けながら言う。
なんとか事務処理のやり方を思い出して、なかなか不安になる手際でこの街での活動申請を受理してくれた。これであの掲示板に張り出されている依頼を受けることもできる。
「そうだ。お前たちに渡しておかないとな」
学園から預かっていたのを思い出して、三嶋と矢早銀にそれを手渡した。それぞれの名前が刻まれた小さい鉄製のプレートだ。
「バッジですか?」
「冒険者の階級章みたいなもんらしい。一応簡易の身分証明書代わりにもなるから手首に着けとくか首から下げといてくれ」
「それで階級って何なんですか?」
「まあ僕たちは新人だし一番下だろうけどね」
二人がプレートを興味深く見ながら聞いてくるが、俺も冒険者についてはほとんど知らないんだよな。
「――ということで。お姉さん説明よろしく」
「え……。もう今日の仕事終わったと思ったのに……。いえ、分かりましたよ」
今日の仕事って、やったのは俺らの活動申請の事務処理だけだと思うんだが。まあお姉さんの死んだ魚のような目とその下の大きな隈を見るに、知らないだけで大変な事情もあるのだろう。
「えっとですね。冒険者の階級は下から鉄級、銅級、銀級、金級があって、そのプレートの素材も階級によって異なります。階級が高いほど難しい依頼を受けられますし、冒険者としての実力の証でもあるのでいろんなところで信頼も得やすくなりますね」
面倒そうにしながらもしっかりと教えてくれるお姉さん。
冒険者は達成した依頼の難易度や数によって評価が上がり、昇級試験を受ける資格を得られるそうだ。その試験に合格することで上の階級になり、さらに難易度の高い依頼を受けることができると。
俺たちは別に冒険者として大成したいわけではない。今後生活できるだけの収入が得られれば良いので、鉄級のままでも問題ないだろう。
「なるほど。先生、頑張って早く昇級しましょう。銀級とか響きがかっこいいし」
「何言ってるのよ、工平。やるからには一番上をめざすのよ」
おいおい、お前ら何でそんなやる気なの。教師としては生徒のやる気を尊重してとかよく言うが、いやいやここ異世界だし、危ないだろ。目指さんぞ昇級なんて。
「お姉さんお姉さん。それで、依頼はどうやって受けるんですか」
「依頼ならあそこの掲示板に貼ってある依頼書を、私以外の受付に渡してもらえれば手続きしてもらえますよ」
「つまりお姉さんには持ってくるなと」
「依頼書って、あの紙の色は何か違いがあるの?」
矢早銀の言葉に掲示板を見ると貼られているほとんどは白い紙の依頼書だが、いくつかは青色や黄色の依頼書も見て取れる。
「そうですね。難易度や依頼内容によって色がついてます。白色が楽勝、青色はまあまあの難易度、黄色はそこそこの難易度、赤色はワォこりゃヤバイぜの難易度ですね」
えっとどれがなんだって?
随分と感覚で教えてくれるお姉さん。まあなんだかんだ対応してくれるので良い人なのだろう。
「まあ鉄級は白色しか受けられないですし。それだけちゃんと説明しますと、白色は比較的命の危険が少ない依頼です」
「安全な依頼ばかりってこと?」
「まあ比較的、おおよそは、滅多なことがない限りは、そうとも言えなくないですね」
お姉さんの死んだ魚のような目が視線を逸らす。何事にも例外はあるってことか。
この街に到着する前に魔獣もいたし、この世界ではどんな危険があるかわからないってことだろう。
「それでお姉さん。具体的にはどんな依頼があるんですか?」
「内容なら実際見に行けばいいのに……。えっと、よくあるのは素材収集とかですかね」
「おお、すごくRPGっぽい」
「さっきみたいな魔獣の素材とかだと面倒そうね」
「さっき……? まあいいか、あとは街の清掃とか、荷物の配達とか、店番の代わりとか」
「うーん。ある意味ゲームっぽいともいえるけど。だいぶ現実味が」
「元の世界のアルバイトみたいね」
冒険者の仕事内容に一喜一憂しているようだが、鉄級ならそこまでファンタジーな仕事はないようだ。
冒険者というとそれこそゲームのようではあるが、行ってみれば派遣のようなものか。魔獣なんかの危険があるからそういう仕事もあるだろうが、鉄級の俺たちが受けるのは一般的な仕事と同じだ。
間違っても危険な魔獣を討伐するとか街を救うとか、そんな事態には巻き込まれたくない。そんなこと、起きるわけないよな。