幕間012 学園の食料事情
周東七江たちが生徒の捜索のために馬車に揺られている頃、とある白衣の3人組が校庭の一角でなにやら話し込んでいた。
現在、学園では自給率の改善に躍起になっている。今のところ学園の備品をこの世界の商人に売ることで必要なもの――主に食料を手に入れている。
しかしながら、その売るものもいつかは無くなってしまう。その前に、新たに売れるものを作り出すことと食料を自給自足できる手立てを模索中なのである。
「それじゃあ仁科先生。やってしまえ、ここを混ぜっ返すのだ」
「はいはい分かりましたよ」
佐藤甜歌のいつものノリに仁科融佑が嘆息しながら地面に手をかざす。
しばらくすると地面が歪んでいき、そして渦を巻くようにかき回されてく。ものの数分で踏み固められていた地表が柔らかい土砂へと様変わりした。
「さすがは人間撹拌機かな」
「はっはっは。うらやましいですか、佐藤先生」
「いんや。遠心分離が必要な時は仁科先生に頼めばいいから、私は別のスキルで良いかな」
「あなたという人は……」
佐藤甜歌の悪びれない言葉に仁科融佑は再びため息を吐く。
そんな様子を気にも留めずに、佐藤甜歌は白衣のポケットからあるものを取り出してたった今、耕された地面にそれを埋め込んでいく。
「さてと、これであとはこうすればっと」
言いながら今度は佐藤甜歌があるものを埋めた地面に手をかざす。しばらくすると地面からぴょっこりと双葉が芽を出した。そしてその芽はみるみるうちに成長し、ほっそりとした緑色のさやがいくつか実りだした。
「いやはや、お二人のスキルはすごいですな」
「寺田先生ほどではないですけどね」
「ううぅむ。豆ができるまで成長はさせられたけど、さすがに実の方はスカスカかな」
できたさやを指で裂きながら佐藤甜歌が呟く。さやから取り出された豆はとても瑞々しいとは言えない皺くちゃの歪んだ姿だ。
佐藤甜歌のスキル『分子活性』は魔力で体内分子を活性化することで細胞分裂――成長を促進させることができる。あくまで魔力が細胞にとって代わるわけではなく、成長を促しているだけだ。なので必要な栄養素の供給が間に合わなければ、今のように急激に成長はするが中身はスカスカという事態にもなる。
「それじゃあ、食用にはできませんねえ」
「ふむふむ。いや、とりあえず花が咲くくらいまでスキルで成長させて、あとは自然が成るままに育てれば食用にも適するんじゃないかな。実がなるときに本来必要な栄養と水分があればちゃんと育つだろうし。とりあえずは一番時間のかかる過程を短縮できるだけでも助かるからね」
食料の自給自足に関して一番の問題となっていたのが、収穫するまでにかかる費用と時間だ。今回の実験ではその片方を解決することができる。
実は佐藤甜歌のスキルで農作物ではなく巨大カエルを作り出すという案もあったが、多方面からの非難と倫理的な問題から却下となった。ちなみに巨大カエル案を提唱した人物はいうまでもない。
「問題はその方法でも魔力という費用が掛かるということですかね。土地を耕すにしても作物を成長させるにしても、さすがにすべて仁科先生と佐藤先生に任せるわけにはいきませんし」
「まあそれもそうなのですが、そもそも魔力で育てたものを食べても大丈夫なものですかねえ」
「仁科先生。先生はそれでも科学者かい?」
やれやれと、身振りとあきれ口調で佐藤甜歌が煽る煽る。
「魔力とはこの世界の構成成分の一つなんだよ。性質的にはエネルギーというべきだけど。そしてそのエネルギーに誰のとか、どんなとかは本質的に違いはないんだよ。自然に育つ過程で入り込む魔力も私がスキルで注ぎ込む魔力もエネルギーに違いはないかな。そもそも元の世界でも飼料や堆肥というそれそのままで口にするには抵抗のある物をつかって食べ物を育てているんだからね」
佐藤甜歌が理屈を並べるが、単純に納得できるものでもないだろう。
天然と養殖を同じ値段で並べられて多くの人が天然ものを選ぶのと同じだ。仮に養殖の方が寄生虫や病気の恐れもなく、調整された餌によっておいしく育っていたとしても、天然ものの自然で自由に育ったというイメージがそちらを選ばせる。
「いくら科学者だって、理屈と感情は別なんですよ」
「つまり誰の魔力で育てたかでそれを食べたがる人もいると? 仁科先生、それはいささかアブノーマルじゃないかい」
「そんなこと言ってないですよ。上げてない足を取ろうとしないでくださいよ」
「まあまあ二人とも。何はともあれ一つ自給自足の可能性は見えたということで。理事長への報告に向かいましょう。生徒たちのスキルの確認も終わっているでしょうし、手伝ってもらえる生徒もいるかもしれませんからね」
こうして日夜勤労にいそしむ教師の働きによって、学園はまた一つ異世界での生活基盤を整えていくのだった。
そしてトルメスト王国にて、突如として見慣れない農産物が大量に出回り、市場が大混乱に陥るのだがそれはまた別の話だ。