029 鬼の行く道(ヴォルフガング)
トルメスト王国での用も終わり、西に位置する本国への帰路。王国の西部にあるサウールの街まであと数刻というところで、魔獣の群れに襲われた。
通りかかった不思議な連中が魔獣を蹴散らしてくれたが、しかしその魔獣についてはまだ疑問が残る。
「しかしなんで街に入らねえんだ? 本国はあの街の先だろ」
「そうは簡単にはいかなくなった。魔獣が襲ってきたからな」
ノエルがいつものように冷淡な口調で答える。
「結局、あの魔獣は何だったんだ? こんなひらけた街道で魔獣に出くわすってだけでも珍しいってのに、別種の魔獣同士が妙な連携まで取ってやがったし」
「あんなところに複数種の魔獣が徘徊しているなど考えられない。可能性は限られるだろう」
「調教師……かしらねえ……」
『調教師』は魔力を魔獣に干渉させて、その思考を誘導することができるスキルだ。
「つうことは、一目散に逃げやがった御者がそのスキル持ちだったてことか」
「もしくは彼は私たちをあそこに連れてくる誘導役か本当に無関係で、ほかにスキル持ちがどこか潜んでいた可能性もあるわね」
「だからこそ、苦戦しているように見せて相手の出方を見ていたわけだが」
正直あの数の魔獣なら三人がかりで対処すればすぐに殲滅できただろう。しかしながらノエルの指示で魔獣の相手はオレたちが担い、ノエルは状況観察に徹したのだ。
俺もできればノエルを戦わせたくはないからそのことは了承していたわけだが……。
「うふふ。それも彼の魔術ですべて吹き飛んでしまったわね」
エリアーヌが思い出しようにクスクスと笑う。
不思議な連中だった。はじめは魔獣ごと俺らを抹殺するつもりなのかと身構えていたが、結局そのあとは何もしてこなかった。
それに鬼人族はその見た目や歴史的背景から怖がられることが多いのだが。連中は俺らの見た目には多少驚いていたようだが、それも最初だけでコゾウに至っては興味深そうにあれこれ話していた。
「あれほどの魔術を使っておいて、まるで初めて魔術を使ったかのようだったな」
「確かにあんちゃんたちは戦い慣れてるようには見えなかったが。あんな馬鹿気た威力の魔術を素人が使えるもんか?」
「そうねえ。でも本人はいたって真剣に戸惑っていたけれどね」
「本当に、世界にはいろんな奴がいるんだな」
鬼面のせいで表情はわからないが、いつも冷淡なノエルの声がどこか楽し気に聞こえた。それだけでもこの子を本国から外に出した甲斐があったのかもしれない。
その代わりにこうして誰かの思惑で狙われてもいるんだがな。
「それで、襲われる危険があるから街には入らないってことか」
「一度襲撃した以上、失敗したからってそれで終わりとはいかないだろう」
「ただの通りすがりに襲われたわけじゃないでしょうしね。また私たちを襲う気があるならサウールの街にも潜んでいる可能性は高いわね」
自分で言うのもなんだが、戦闘種族とも言われる鬼人族を思い付きで敵に回そうとする奴はいねえだろう。それでも狙ってくるというなら、なんら計画性のある襲撃だったのだろう。
だとすれば、襲撃者がどこに潜んでいるかわからない街に行くよりも、迂回してとっとと本国に帰還するのがよいだろうな。
そうしてオレらは街には向かわず、北側から回り込む道を進むことにした。