026 魔獣襲撃
目のまで横転する馬車に襲い掛かる奇天烈な生き物たち。そしてそれを凌ぐ角をはやした人たち。
その光景がここが異世界だということを俺たちに知らしめる。
「先生。これまずくないですか」
三嶋が不安そうに言うが、確かにあの生き物がいつこちらに標的を変えるかもわからない。
それに見知らぬ角の人とはいえ、このまま見殺しにするわけにもいかない。少なくとも生徒にそんな経験をさせたくはない。
「商人さん。護衛とかいないんですか?」
そういえば現代日本ほど治安が良いわけじゃない。街から街まで数日かけ商品を運搬するのに、護衛の一人や二人は雇っていてもおかしくない。
だがここ数日、俺たちが荷馬車に乗っていたわけだが護衛らしい人が近くにいた覚えはない。
「護衛? そりゃあ、あんたらだろ?」
とぼけた風でもなく商人さんが答えた。
そうかそうか、俺たちが護衛か。それでほかに誰も同行している人がいなかったんだな……。いやいやいや、初耳なんだが。
商人さんが言うには、街まで乗せていく代わりに護衛を担うという話で引き受けたつもりだったらしい。
どこで話が食い違ったのか、最初に荷馬車に乗せてもらっていたのが俺たちだけだった時点で気づくべきだった。
「先生、どうするんですか?」
「そうだな。まあやってみるしかないよな」
ここ数日ほとんど魔術に関する書物を読んでいた。さすがに実際に発動はさせなかったが、魔力の操作や術式を描く練習はしていたので、馬車の幌を吹き飛ばすくらいの魔術は使えるようになった。
それに戦っている角の二人も攻めあぐねてはいるが善戦しているし、少しでも敵の注意をそげれば彼らがなんとかしてくれるだろう。
そう期待して、俺は魔力を練り上げていく。
発動させるのは火の弾を発射する初等魔術だ。相手は獣だし、火を放てば怯むくらいはするだろう。
淡い光が術式を構成していく。先ほどウォーターショットを発動した時よりもより入念に魔力を込めて丁寧に描く。
術式には魔術を発現させる様々な情報が組み込まれている。それが火の弾を飛ばす魔術なら、まず火属性であること、そして飛ばし方や速度といった動きの情報が術式として表現される。そして、術式にこめる魔力量や質などがそれらを底上げする。
正直どのくらい魔力を注げばどれほどの威力になるのかがわからない。初等魔術と呼ばれるくらいだからそれなりに魔力を注いでおかないとショボい結果になりそうで怖い。それに結構距離も離れているので、最悪届かないという事態も考えられる。
よし、取り合えずできるだけ魔力を術式に注いでおこう。無制限に魔力を込められるというわけではないようで、とりあえず術式が維持できるギリギリまで魔力を込めた。
「――ファイアショット」
様式美的に魔術名を口にして、同時に発射された火弾が――。
甲高い音を置き去りにして、ものすごい勢いで加速して、一瞬のうちに馬車を襲う魔獣の真ん中へと着弾した。
あたりに響く轟音。天まで届きそうな爆炎。肌をジリジリと焼き付ける熱が爆風とともに吹き荒れる。
「せ、んせい……」
「これは、やっちまったな」
声を詰まらせる三嶋に気まずく答える。
威力の加減がわからないから練れるだけ魔力を注いだのだが、魔力を込めすぎたようだ。
しかし初等魔術と書かれてあったはずなのだが。この分だと中等魔術や上等魔術はどれだけやばい代物なんだ。
「あんた凄腕の魔術師だったのか。――にしても、人がいるところにあんな馬鹿げた魔術撃つなんて」
商人さんが若干引いている。
未だ爆心地は業火に包まれたままだ。どうやら俺たちの旅はここまでのようだった。