025 魔獣襲撃
魔術でうっかり吹っ飛んだ荷馬車の幌は三嶋に直してもらった。
それからはこの世界の文字の勉強と魔術の練習をしながら過ごし、旅に出てから4日目。最初は不安もあった異世界の旅も大きな問題は起こらず、商人さんの話では今日の昼前には町に到着するだろうとのことだった。
「異世界の旅っていうと盗賊とか魔獣とかに襲われたりするのがお約束だけど、何にも起こらずに終わりそうですね」
「うっわ……」
三嶋がそんなテンプレな発言をするもんだから、思わず素で声が漏れてしまった。
そしてそんな三嶋のセリフを待っていたかのように、順調だった馬車の揺れが急に止まった。
「まだ町に着くのは早いような。まさか何かあったり?」
「――っち。工平のせいね」
「ぅう。そんなあからさまに舌打ちしないでよ」
二人の問答はさておき、とりあえず商人さんに何かあったのか確認する。
「何かありましたか?」
「ありゃあ、ちょっとまずいかもな」
そういって商人さんが差した先では、街道から少し外れて馬車が横倒しになっている。
そしてその周囲を不思議な姿をした巨大な生き物と十数匹の四足歩行の生き物が取り囲み、今まさに襲いかかっていた場面だった。
「なんだあの無駄に関節の多い熊は……」
襲いかかっている一匹はショベルカーのような大きさの熊だ。しかも自身の体長よりも長そうな太い腕をもち、それが一般的な動物の腕よりも余分に多く屈折している。
「あれは魔獣、アームストロングベアですな」
商人さんがその熊のことを教えてくれるが、もっと名前はどうにかならなかったのだろうか。
熊のような魔獣はその独特な関節を利用して、あり得ない角度から攻撃を繰り出している。
しかし、馬車には届かない。
アームストロングベアの攻撃を大きな斧で受け止める大男がいた。
その大男は片腕しかないらしく、それでも逞しい片腕で軽々と大斧を振るって攻撃を受け止めている。よく見ると大男の頭にはいかつい角が2本生えており、どうも人間ではなさそうだ。
「あっちのワニみたいな狼っぽいのは」
「あれはビッグマウスウルフだ」
俺の不思議な質問に、商人さんは平然と答える。
俺たちからは奇天烈に見える姿の生き物も、名前を含めてこの世界では通常仕様なのだろう。
ワニのように幅広く突き出した顎に、四足歩行の哺乳類の身体を持つ。獰猛な牙の間から唾液を垂れ流し、体毛を逆立てて獲物を狙う。
口元はワニのそれなのに、体から後ろは普通の狼なのでそのバランスが気持ち悪い。
十数匹いるビッグマウスウルフは、互いにタイミングを図るように飛び掛かっていく。
しかしそれも馬車を守るもう一人に全ていなされている。
こちらは女性のようで、右目には眼帯、額の上のあたりに大男よりは小さめの角が一本見える。
女性の方は錫杖を踊るように振り回し、次々と飛び掛かってくるビッグマウスウルフの攻撃を漏らすことなく捌いていく。
そして、もう一人。
二人に比べて小柄な人物が横転した荷馬車の前に立っている。表情は顔に赤い鬼の面をつけていてわからないが、奇天烈な生き物に襲われている中でも妙に落ち着いた様子だ。
「先生、どうするの?」
思わぬ状況につい長々と傍観してしまっていた。
しかしどうするのと聞かれてもな……。
「とりあえず三嶋なんか道具作ってくれない?」
「いやいやそんな雑に振られても!」
「工平。チレタミン・ゾラゼパム混合液を注入できる圧縮空気式注射筒を装填したガス式麻酔銃を作りなさい」
「いやいやそんな具体的に注文されても! しかも命令口調で!!」