021 異世界の言語
ガタガタと荷馬車が揺れる。
失踪した生徒たちの捜索へと旅に出た俺たちは、学園の関係者が手配した馬車に乗って移動している。
馬車といっても乗合馬車ではなく、行商人に頼んで荷物と一緒に運んでもらっている。ホロ付きの軽トラックのようなもので、その荷台に便乗させてもらっている。
もちろん椅子などはなく座り心地は良くないのが、捜索に同行している矢早銀と三嶋は幌の隙間から異世界の風景を楽しんでいる。
馬2頭で引いているのでそこまでスピードも出ておらず、ゆったりとした道程だ。
「先生。さっきから何読んでるんですか?」
「ああこれか。学園がいろいろ調査して手に入れたこっちの世界の書物――をコピーして作られた資料集みたいなもんだ」
「どうしたんですかそんなもの」
「出発する前に学園から渡されてな。魔術に関しては全く知らないからな、移動中に少しでも知っておけってさ」
この世界は印刷技術が発達していない。書物の類は手書きだ。なので複製するだけでもかなりのコストがかかるし、書物自体がかなり高価なしろものだ。
むろん図書館のような施設があるわけもなく、ほとんどの書物を一部の金持ちや貴族、国家やそれに準ずる組織が独占している。
どう交渉したのかは知らないが、その書物の閲覧許可を王城に取り付けたらしい。ただし持ち出しは禁止で、その日の日が暮れるまでの数時間程度のみ許可されたそうだ。
王国側は寛容な態度を見せつつ、実際は調べる猶予などほとんどない条件を示したということだ。
それで調べられることなどたかが知れていると思われたのだろうが、こちらには現代科学というチートが存在する。
書庫への立ち入りが許可された数人が、小型の端末を持ち込んで手当たり次第に時間とディスクが許す限り撮影しまくった。
そうして持ち帰ったデータを学園の機材で印刷してまとめ上げたのだ。一冊印刷するのにもそれなりの時間と電力が必要なため、この世界の歴史や魔術関連を優先して作っているらしい。
「これ、なんて書いてあるの?」
「うーん。先生はこの世界の文字読めるんですか?」
見せてやった書物を首を傾げながら眺めて、二人が疑問を零す。
この世界は驚くことに日本語が通じる。とはいってもそれは言葉を話せるというだけだ。文字については俺たちが使っていたものとはそれなりに異なる。
だが日本語よりはかなりマシだ。ひらがなにカタカナに漢字にアルファベットまでを使い分けている世界でも稀にみる難解な文字体系だからな。
こちらの世界の文字はほぼ音声言語と一語一文字が紐づくだけだ。ただし日本語のように複数の文字を組み合わせて一音をあらわすことは少なく、それぞれに音に該当する文字があるので50音どころではない。
一番厄介なのは筆記体だ。特に魔術に関するものはすべての文字が前後の文字と繋げて書かれている。しかも前後の文字によって文字をつなげるための崩し方が変わるのだ。
それでも文章構成が違ったり単語によって文字が変わるわけではないので、数日勉強すればなんとか読めるようにはなってくる。
まあそれも言語学の先生方が短い期間で日本語との対比表を作ってくれたおかげだ。それがなければこんなにすぐにこちらの書物を読めるようにはならなかった。
「ああそうだ。町につくまでにお前たちもこっちの世界の文字を覚えるんだぞ」
「はい? 町に着くまでに覚えろって鬼ですか」
「大丈夫だ。町に着くまで4日、96時間もあるからな」
「ちょっと先生、4日も馬車移動なんて聞いてないわよ」
「矢早銀さん。問題はそこじゃない気がするんだけど……」
町までへの旅程はまだまだ続く。