018 担任
「は? 居なくなった?」
連絡に来た仁科先生の言葉に思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。
「周東先生、気持ちはわかりますが声を落として」
「すいません。いやでも、どういう事なんですか?」
担任の由良先生に変わって2-Dの様子を見ることになり、残った生徒である三嶋と矢早銀とこの世界やスキルのことについて話していた時だった。
教室にやってきた仁科先生から話があるということで、一旦廊下に出てその連絡を聞かされた。
2-Dの担任である由良先生はクラスのほとんどの生徒が失踪したことで錯乱状態になり、今は保健室で療養しているはずだった。
俺が代わりに残った二人の様子を見てから2時間程度、その間に由良先生が保健室からいなくなったらしい。
「他の生徒たちに悟られないように学園内を探しているんですがね。こうも見つからないことを考えると由良先生も外に出たとしか」
「外に出たと言ってもどこに?」
「それは失踪した生徒を探しに行ったんでしょう。あれで由良先生も責任感が強いところがあるんでね。相当思いつめてもいたみたいですし、衝動的に生徒の捜索にとび出したとしても不思議じゃないでしょう」
責任感があればここに残っている生徒のことも考えると思うが、そこまで気が回らないほど思いつめていたということだろう。
仁科先生も教室にいる生徒のことを気にしながらも、眉を下げ複雑そうに小さく息を吐く。
俺は非常勤講師としてここ1,2年の限られた授業でしかほぼ学園との関りがない。なので、教師の人柄や関係性はあまり詳しくない。
由良先生の人となりも詳しくは知らないし、こんな状況でなければ良い先生だったのだろう。
それでも今、教室に残された二人のことを考えると眉をひそめざるを得ない。
「由良先生が居なくなったということは、このクラスの担当を引き続きすることになるんですかね?」
「そのことなんだが。実はもう一つ重要な話があってな」
「あまり聞きたくはないですが」
「まあそう言うな。昨晩から今朝にかけて少なくない生徒が学園外へと出てしまった。その生徒たちを放っておくわけにもいかないし、時間が経つほど状況は悪化する」
「そうれはそうですが、生徒たちがどこにいるかなんてわからないでしょう」
「確かにその通りだな。王城のあるあの街にいるならまだマシだが、楽観視してばかりいては取り返しがつかなくなるかもしれない。無論、あの街にも捜索には出ているがそれ以外にも捜索は向けないとな」
生徒が失踪したのが発覚してからまだ数時間しかたっていない。土地勘もなにもない異世界ですでに捜索に出ているとは思わなかった。
「毎度のことながら理事長の判断力と決断の早さには驚かされる。そうは言ってもさすがにあの城下町以外の探索には入念な準備が必要だからな。まあ人選もだが……、それは理事長の十八番だからな」
「あそこ以外の街と言っても。生徒だってどうやって他の街に行ったのか、さすがに徒歩で行くとは思えないし、それこそ移動に適したスキルがあるってことか」
「まあ、それもあるだろうけどな。そんなことしなくても方法はある。学園の前に伸びている道にな、昨日から何台か馬車が通ってるんだ。荷台にひとを乗せていたようだし、乗り合い馬車というやつだろう。それに乗れば生徒たちの足でも遠くに移動できる。馬車代をどうしたかは疑問だがな」
確かにこの世界のお金を生徒たちが持っているわけがない。まあ現代の持ち物でも売れば多少の金にはなるだろう。
街の建造物や行きかう人の装いを見る限りは中世くらいの時代感だ。技術レベルが違うならそれなりに値はつくはずだ。
だが馬車まで使って移動されては、生徒の捜索は困難を極める。
仁科先生が言うようにこれから準備を整えたとしても、捜索に向かう人員には同情を禁じ得ない。
「さて、おおよその情報共有が済んだところでだ。周東先生、今から理事長室に行ってきてくれ」
「理事長室ですか?」
「ああ、理事長がお呼びだからな」
仁科先生がニヤリと口角を上げる。
対して俺の顔は、きっと盛大に引きつっていることだろう。