002 異世界は唐突に
大学を卒業してからエンジニアとして7年間勤めていた企業が、突然の事業縮小を告げて俺の所属していた部署が解体となった。
理由はなんだったか、世界的な流行り病による不況とか、物流の滞りによるコスト高騰に利益が見合わなくなったとか、そんなものだろう。
詳しいことを聞かされることもなく、俺も含め専門職だった従業員は会社に残された慣れない事務職や営業職に移るわけもなく、辞職という形で会社から去ることになった。
不幸中の幸いと言うべきか、退職の折に先輩から仕事の伝手をいただいたことで再就職に苦労するということはなくなった。
先輩に紹介されたのはとある高等学校の非常勤講師だった。
元職場で何かと新人が困っている時に世話を焼いてしまっていて、その時のことを覚えていたらしい。当時は何でもかんでも教えすぎだと注意もされたのだが。
新人の間ではわかりやすいと少しは評判があったらしく、それならと先輩の知り合いが経営している私立高校の話を紹介してくれたらしい。
俺が務めることになった私立境天寺学園は、突き抜けた進学校と言うわけでもなく、滑り止めとして多くの願書が集まるでもない、学力も設備も平均的な私立高校だ。
多少教育方針が他校と異なることもあるようだが、近年の教育改革にもれずプログラミングの授業を組み込むことになったらしい。
学生時代に流れと単位目当てに教職課程は受けていたが、本当に講師として働くことになるとは思わなかった。
最初のうちは特別非常勤講師として不慣れな教壇にも苦労したが、一年も経てばだいぶ慣れてきた。
「パソコンの先生」
午前中の授業を終え、職員室へと戻る途中で呼び止める声があった。
今ではもう聞きなれた不思議な呼び名に振り返ると、前髪を綺麗な切りそろえ規定通りに制服を着用した真面目そうな女子生徒が電子タブレットを片手に立っていた。
俺の担当は「情報技術」だ。必修科目の「情報」とは異なり生徒のやってみたいことの補助という形の選択科目だ。
なので、情報技術の先生と言うのが普通だとは思うのだが、なぜか「パソコンの先生」という古臭い呼び方で定着していた。
「おう、矢早銀か。どうした?」
「ちょっと、ここのコードで聞きたいことがあるんですけど……」
俺を呼び止めた女子生徒――矢早銀桜がそう言いながら端末を操作して、こちらに見えるように画面を差し出す。
差し出された画面には、真面目な矢早銀らしいスッキリと整ったコードが並んでいた。
「ここなんですが――、」
矢早銀が質問を続けようとしたとき、突如として辺りが振動し始めた。