013 変化
「まあともかく、これで髪を結んでおくかい」
「これは?」
佐藤先生から手渡されたのは手触りの良いリボンだ。リボンなのはわかるが。赤布に白い水玉がちりばめられた、どこぞのテーマパークのマスコットが付けていそうな、やけに可愛らしいデザインなのが気になる。
「髪留め用のリボンだってさ。天地先生からもらって、必要そうな人に配ってるんだけど」
どうやら髪が伸びていたのは俺だけではないらしい。
職員室を見渡してみれば見知った先生方のはずが、髪型や髪色がなんともアグレッシブに様変わりしている。
際立つのは髪だが、佐藤先生のように眼の色彩が変化している人、爪が伸びていた人、やたら空腹だった人もいるらしい。最後のは同列に言って良いのかわからないが。
それはともかく、受け取ったリボンで髪を結ぼうと試みたがどうも上手くいかない。リボンで一束にまとめてみるが手を離すとスルっとリボンが落ちてしまう。
「何をやっているんだい?」
「いや、なんか上手く結べなくて」
「ふむふむ。リボンが上質すぎるのかな。これならどうだい?」
リボンの手触りを確認しながら少し考えて、白衣のポケットから麻紐を取り出す。
「荷造り用の紐だよ。昨日はずっと備品の整理だったからね」
リボンの時とは違い、強めに縛ると上手く髪を留めることができた。腰程までに伸びていた髪を真ん中くらいで一束にまとめる。
改めて周りを見てみると、みんな自分の身体の変化に戸惑っているようだ。
これは生徒たちの方も大変な騒ぎになっているだろう。特に思春期の子たちは容姿に妄信的なまでのアイデンティティを見出す年頃だ。それが突然こんな事態になって、感受性豊かな生徒たちが冷静なままでいられるとは思えない。
今にも生徒たちの騒ぎが聞こえてくるだろうと考えていたところに、血相を変えて体育教師の南先生が駆け込んできた。
「大変です。生徒たちが、生徒たちが居なくなったみたいなんです」
慌てた様子で告げられた予想外の報告に、職員室内は驚きと戸惑いの空気に満たされる。
どうやら、思った以上に大変な騒ぎになっているようだ。