012 変化
境天寺学園が異世界に転移してから初めての夜。
生徒たちと担任の先生方はそれぞれのクラスで、他の者は職員室や宿直室に分かれて就寝することになった。
俺の就寝場所は他の先生方と一緒に職員室だ。
もちろん布団なんて恵まれたものはなかったが、椅子を並べてベット代わりにしたり机の下で丸まって寝ることなんてのは社会人の必須スキルだ。
ただ、なぜか他の先生方からは不満の声が漏れていた。教師というのは特殊な職業だからな、一般的な会社とは違うのかもしれない。
俺は椅子に座って机に突っ伏して寝ることにした。それも慣れた体勢なので寝苦しいということはない。
異世界転移という不思議な現象への対応の疲れがあったのか、おかしな夢を見ていたからか、朝起こされるまでぐっすりと眠っていたらしい。
「おーい。周東先生」
「あ、ああ。おはよう、ございます。えっと、佐藤先生?」
俺を起こした相手の名に疑問符が付いたのは、その容姿が昨日とは異なっていたためだ。
昨日まで佐藤先生の髪は癖のない肩口くらいの長さで、平均的な日本人の髪色だった。それが今は綺麗な碧色で毛先は緩やかにウェーブが掛かっている。よく見れば佐藤先生の瞳も透きとおるような碧色になっている。
「まったくいつまで寝てるつもりだい。というかよくそんな体勢でそんなにぐっすりと眠っていられるなあ。まったくこんな状況だというのに」
「は、はあ……。それより、どうしたんですか佐藤先生のその髪。こんな時にコスプレかなにかですか?」
「ああ、これかい。朝起きたらこんな色になっていてね。まさか私の髪が変態生物だったとは、生物学会もびっくり仰天の新発見だよ」
佐藤先生が髪を指でつまみながらそんな軽口で応える。
「いや、朝起きたらって。そんなわけないでしょ」
「そんなこと言われてもなあ。だいたい周東先生だって自分の頭を見てみなよ」
そう言われてようやく自分の頭部に生じていた異変に気が付いた。
頭を確認しようと上げた手が何かを梳いて持ち上げた。それは嫌に艶のあるさらさらと指の間から滑り落ちていく黒い髪の束だった。
「は?」
「須藤先生、須藤先生。因みに鏡ならここにあったりして」
俺が戸惑っているのを愉快そうに眺めながら手鏡が差し出された。その鏡に映る自分の姿を見て俺は衝撃を受ける。
これまで人生のおおよそ9割を悩ませてきた俺の癖っ毛。天パにもなれず、ストレートにもなれない、中途半端な癖っ毛。
それが嘘のように、まるで女性用トリートメントのCMに出てくる髪モデルのようなサラサラストレートになっている。髪色こそ佐藤先生のように変わってはいない黒色のままだが、その長さは腰近くまで伸びている。
「こ、これは……。ふっ、我ながら絹のような髪になったもんだ」
「なんだか嬉しそうだな。周東先生」
思わず漏れた笑みに佐藤先生が呆れるように言うが、気にしないでおこう。