010 異世界対策会議・後半
トニー先生の話をまとめると、この世界には魔力と呼ばれる俺たちの知る物理法則を遥かに超えるエネルギーが存在するらしい。
魔力は自然界にはもちろん人間をはじめとした生物の体内にも存在し、前者を外在魔力、後者を内在魔力という。そしてその魔力は人の意志である程度干渉、つまり操ることができる。
魔力を操ることでそのエネルギーにより様々な現象を引き起こすことができる。
火を起こす、水を発射する、風で斬るなどなど、いわゆる魔術というやつであるが、このくだりでトニー先生のテンションは頂に達した。
さらにもう一つ。この世界にはスキルというものがあるという。
雷を操ったり、岩もを砕く力があったり、傷が瞬く間に治ったり……。ってこれ魔術と何が違うんだ?
――と思ったのだが、魔術は修練すれば誰にでも使えるのに対し、スキルは生まれつき持っているもので人によって異なるものとのことだった。
スキルのくだりになったところで、なぜかトニー先生は項垂れていた。
どうやら俺たちにはスキルは無いらしいことを嘆いているようだ。確かにそんな特別な能力が俺にあるのかと聞かれれば無いと答える他ない。
「でもシュギョウすればマジュツは使えるようになるのは不幸中の幸いデス。歴史にある異界漂流者もマジュツは使っていたソウデスシ。しかし、彼らは皆有能なスキルも持っていたらしいのデスガ、やはりメガミサマに会わなかったのが――」
項垂れたり元気になったりブツブツと何か考えだしたりと忙しいトニー先生だった。
「まあ、スキルに関しては今のところは無くて良かったのかもしれません。生徒たちが皆そんな特別な能力を持ったら、今のように静止させておくなんてできないでしょうしね」
天地先生の言うように、精神的にまだ幼い生徒たちが突然そんな能力を得たらどうなるかは想像に難くない。きっと夏祭りで花火を渡されたときのように盛大に騒いでくれることだろう。しかもそれが多種多様なスキルであり、火傷程度ではすまない可能性が否定できないのだ。
「魔術についてもさらに情報を集めなければなりませんね。こちらは誰でも使える可能性のあるものですから」
フィクションでしか語られないようなものがこの世界には実在して、俺たちも生徒たちもそれを使えるようになるかもしれない。現代社会に生きてきた俺たちには手に余るだろう能力を、まだ知りえないこの世界の倫理観の中でだ。
他の先生方の表情も引き締まる。教師として、大人として、生徒たちを危険にさらすわけにはいかないという責任感がこの場を包む。
「なんにしても、まずはここでの生活基盤を整えなくてはなりません。王国側との交渉の前に体制を整えるためにも各施設や備品の確認は引き続き早急にお願いします。そして、陽が暮れる前に寝るための準備も必要ですね。災害時用のキットや体躯館や倉庫からマットや垂れ幕などの布を集めてください。そして――、」
理事長が次々と優先度をつけて指示を出していく。
もとの世界への帰り方もわからない今、この文明も技術も異なる異世界で生活していかなくてはならない。不便さもあれば、この世界のルールや治安に対する不安もある。
ただ、学園という慣れ親しんだ建物があるのは、少なからず精神的な安堵に繋がるだろう。
俺たちは理事長の指示に従って、生活するための環境を整えていった。そして、異世界に漂流して初めての夜を迎えるのだった。