098 土宮金華3
矢早銀がバットを下段に構えて滑るように走る。その足音すら立てない走法は達人的でさえある。
そのままバットの間合いギリギリまで迫り、それまでの静かな足運びから最後の一歩を強く踏み出す。
瞬間的に上がった速度をそのまま下段から振るうバットに乗せる。流れるような動きと緩急による攻撃に並の者なら反応もできずに顎を砕かれていただろう。
ーータン。
乾いた足踏みが耳に届く。
空気すら裂く一撃が土宮の顎に触れる寸前に、地面から生えた石柱が高速で成長しバットを払い除けた。
跳ね上げられるバットへの衝撃に無理に抗わずに、逆にその反動に乗っかるようにして後ろへと跳び退いく。
軽いバックステップでバランスを保った矢早銀が口惜しそうに相手をにらむ。対して土宮は変わらぬ無表情でその視線に返す。
目前まで振るわれた凶器にも、土煙を散らしながら鼻先を突き上がった石柱にも、眉ひとつ動かさない。平然と淡々と対処する様はロボットを彷彿させる。
静かに、土宮の足元から地面を這うように魔力が流れ出す。
矢早銀はその不気味な気配を感じてすぐに跳び退いた。
ーータン。
土宮がゆっくりと上げた足を軽やかに踏み鳴らす。直後、今しがた矢早銀が避けた足元から石柱が突き出した。
一撃躱しただけでは油断せず、矢早銀はさらに距離を取る。
わざとジグザグにバックステップを繰り返すと、その後を追うように跳ねた後の地面を石柱が貫いていく。
「距離が離れても石柱の速度も狙いも変わらないみたいね。だけど、あくまで後追いでの攻撃。こちらの動きを予測しての攻撃がないのならそこまで脅威ではないけれど」
小さく息を吐きながら自分の足取りを追うように地面から生えた石柱をちらりと見る。
地面を這うように広がっていた魔力は、乱雑に生えた石柱で視界を塞がれてから停滞していた。
矢早銀にはその魔力自体は見えていないが、何かがそこにある違和感のようなものを感じることはできた。その感覚のみを頼りに石柱の影に隠れたまま土宮の攻撃パターンを推測していく。
「最初は砂煙に今は石柱で視界が遮られている。追撃が止んだ様子を見る限り攻撃自体は目視だよりみかしら。地面に何かが広がった感じがしているのが魔力を流し込んでいるのだとすれば、それが石柱を生み出す準備、あの足踏みが合図のようなものかしら。合図から石柱が突き出すまでの時間差がほとんどないのが厄介ね」
操られている生徒はその方法や戦い方を事細かに指示されているわけではない。
由良の命令は敵視する相手を殺傷するというものであり、あとは各々がその結果を果たすために行動しているだけだ。
土宮も含めて生徒たちは戦闘経験はおろか、平和な日本でそれこそ殴り合いの喧嘩すらまともにしたことがない15歳そこそこの現代っ子である。
本来ならこんな戦闘なれば及び腰になるだろうし、怪我をするのもさせるのにも躊躇を見せるはずだ。
しかしながら暴れている生徒たちにはそんな初心さは感じられない。驚くほどに。
あくまで結果を達成するためだけの行動。
牽制も搦め手も無い単調な攻撃だが、躊躇も手加減も無い猛威はそれなりに厄介ではある。
「考えナシの単調な攻撃といっても、地面から天井まで突き抜ける石柱での物量攻撃となると接近するほど逃げ場がない、か……。なら、工平、弓矢!」
「――!? え、えっと、はい!!」
端的に遠距離武器を要求すると、もはやただの観戦者となっていた三嶋があたふたと、しかし目を見張るほどの早さで弓矢を作り出す。
材料はないため三嶋の魔力で構成された弓矢なので時間がたてば霧散してしまうが、もとより長期戦にするつもりもない。
矢早銀は瞬く間に作られた弓矢を受け取り、三嶋へと視線を向けた。
不安そうな色を隠そうともせず、ただこちらを窺うように見返してくる。
渡された矢にはきちんと矢じりも形作られていた。
三嶋もその矢がクラスメイトに向けられることはわかっているだろう。それでも攻撃力を――、殺傷力を上げるための矢じりを作った。半端な武器を渡しては矢早銀に危険が及ぶと理解しての、三嶋の覚悟の表れでもある。
「矢早銀さん……。その、大丈夫?」
何がとは問わない。
ただその不安そうな声に、矢早銀は少しだけ口の端を持ち上げて一言返す。
「工平。あとでどつく」
「なんでぇ?!」
抗議の声は無視して、未だエリアーヌに抱えられたままの情けない姿の三嶋から、土宮の方へと向き直る。
そして軽く弓に矢を番えつつ、石柱の影から飛び出した。