097 土宮金華2
――土宮金華。
久留鞠や水張たちと同様、学園から失踪していた2-Dの生徒の一人だ。
少し汚れ擦れているが学園の制服を着ている。この世界にいる影響で髪は黄土色に様変わりしているが、男子生徒と見まがうくらいの短い髪が活発だった彼女らしさの面影を残している。
しかしその土宮にも今は表情は無い。
他の生徒たちと同じく感情を見せず、まるで機械のように矢早銀たちへ順に視線を巡らす。
そして、合図もなくそれは始まった。
土宮がひとつ足を踏み鳴らす。その足元から地面を流れるように魔力が広がる。
その敵意を感じた矢早銀がその場を跳び退き、エリアーヌが戦場の経験から危険を察知して回避行動をとる。
一瞬遅れて、先ほどまで三人が居た地面から石柱が突き出した。
恐ろしい速度の石柱が矢早銀の鼻先を突き上がり、天井まで貫いていく。その砕かれた瓦礫が驟雨のごとくさらに三人へと襲い掛かる。
矢早銀は瓦礫の大きさと射線を見極めて最小限の動きと三嶋作のバットを振るって凌ぐ。
「工平!」
瓦礫で上がった土煙で視界が悪くなる中で声を上げた。
三嶋はこの世界でも稀に見るほどの生産系スキルの使い手だが、戦闘能力に関しては一般人レベルでしかない。それも少し前まで平和な日本で暮らし、口喧嘩程すらまともにしたことが無いのだから仕方がないというものだ。
そんな無防備な三嶋の身を案じたのだが、土煙から姿を現した三嶋はひどく情けない声を漏らす。
「――ぅぐぐg」
三嶋はエリアーヌに片腕で抱きかかえられるように収まっていた。
恥ずかしさからなのか情けなさからなのか、矢早銀のじっとりとした視線からすっと顔を逸らす。
とりあえずは無事な姿を確認できたので、後で一発殴ってやろうと心に決めつつ土宮へと注意を向ける。
土煙ではっきりとこちらの様子がわからないためか、追撃を放ってくる様子はまだない。
視線の先にいるのは見慣れた制服姿のクラスメイト。多少汚れが目立ち、その表情には以前の活発な少女の面影はないが、1年以上も同じ教室で学んだ仲間だ。
矢早銀にとって土宮は特別親しかったわけではないが、今目の前にある状況は土宮ひとりだけのことではない。その先のことを、もはや気づかないふりもできないとバットを握る手に力を籠める。
「エリアーヌさんたちにも、随分気を遣わせたみたいね」
「あら、構わないわよ。この子を放っておくわけにもいかなかったしね」
「そう……。それじゃあ、彼女のことは私と工平で対処するわね」
「――へ?」
「あら、大丈夫なのかしら?」
「えぇ」
短く応える。
三嶋がさらりと自分が含まれたことに不満な声を漏らすが気にしない。
矢早銀はエリアーヌの戦闘能力のことは何度か見ておおよそ把握しているつもりだ。
どれほどのスキルを持っていようと碌な戦闘経験もない子供相手にそうそう後手に回ることは無いだろう。その証拠に、最初の熱線による奇襲も今の石柱による襲撃も難なく躱して涼し気にしている。しかも片腕に三嶋を抱えた上でだ。
エリアーヌは魔力を燃やす青い炎を操る。
猛る炎は乱雑に生やした石柱で防げぎきれるようなものではない。それでも土宮の服や肌、髪にも焼け跡ひとつない。
エリアーヌが襲撃者相手に反撃せずに攻撃を躱してばかりいるのは、相手が矢早銀たちの知り合いだと知っているからだろう。それでも敵ならば戦う覚悟はあるが、恩人相手であれば多少のためらいはある。
きっとその恩人たちは知り合い同士で戦う覚悟など持てないだろう。そういう生き方をしてきたのだろうとエリアーヌも考えていた。ゆえに、可能な限りは彼らの覚悟を待つつもりで、下手に相手を負傷させるような行動ができなかった。
だからこそ問うた。
そして矢早銀は応えた。自分たちが相手をすると。
矢早銀は久留鞠と直接打ち合ったときにその違和感に、その可能性に、その事実に気づいていた。
気づいていて一度は目を瞑った。
あの兎月族の女が久留鞠へ放った攻撃に割り込んだのも、まだそのことを受け止められていなかったからだ。
だがもう矢早銀の覚悟は決まった。
久留鞠も土宮もなんの躊躇もなくこちらに攻撃を仕掛けてきた。
たとえそれが誰かに操られている結果だとしても、ただ甘んじて攻撃を受け続けるわけにはいかない。それもただ自分たちが迷っているだけで、エリアーヌたち周りの人たちにまでそれを強制させている。
ここは平和で暴力が許されない元の世界ではない。暴力を向けられたならばそれなりの力で立ち向かわなくてはいけない。
この世界には守ってくれる警察も罰してくれる法律もないのだ。いやこの世界にはこの世界で治安を守る騎士団や無法者を罰する法もあるのだが、それは矢早銀たちが知っているそれとは根本的に違うのだ。
剣と魔術、スキルと魔力、人ひとりの能力の基準が違う。そんな中で元の世界のように平和主義のままでも無関心なままでもいられない。
自分の身は自分で守らなくては。
いくらクラスメイトだからと言って、相手がこちらを殺す気で襲ってくる中で穏便に済ませたいなどと贅沢なことは言ってられない。
それに――、と。
「仮に手遅れだろうとそうでなかろうと、そんなことは殴ってから考えればいいわね。後悔なんてあとからいくらでもできるもの」
矢早銀が半ば自嘲気味に独りごちる。
その乱暴な言い分はなんの慰めにも言い訳にもならない戯言で、それでも覚悟を決めるのには十分だ。迷いを払うようにゆっくりと息を吐き、矢早銀が静かに地を蹴った。