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093 指揮操戯2

 ノエルが鉈を構えて建物から跳びだした。

 その姿を追って熱線が降り注ぐが、それが捉えられたのはノエルの影だけだ。

 地面はまだ液状になった建物の沼になっていて着地はできない。ノエルは一息に女生徒の頭上まで跳ぶと身体ごと回転して鉈を振るった。そのまま器用に女生徒の肩に手をついて地面に下りないように制止する。

 女生徒が肩の上に乗るノエルを振り払おうと腕を振り回すが、軽くあしらわれてそのまま組み伏されてしまった。膝を折って後ろ手のまま押さえつけられる。


「ナナエ。これで糸は切れたのか?」

「ああ、上手く糸は切れたように見えるんだが……」

「そうなのか……。どうやら糸は切れてもすぐに操られているのが解除されるわけじゃないようだな。この状況でも力づくで抵抗しているし、溶けた建物もこの通りだ」


 ノエルが女生徒を抑え込んだまま足元を指す。液化した建物の沼に変化が無いということは、女生徒がまだ建物を溶かしたスキルを発動しているからだろう。

 上空から垂れ下がり女生徒に繋がっていた魔力の糸は完全に断たれている。

 あの糸は相手を操るために魔力を流し込むためのモノだろう。流し込まれた魔力はまだ女生徒の中で何らかの操作を続けているということか。


 糸から送り込まれた魔力には相手の行動を制御する情報があらかじめ込められているのだろう。

 ウェブサイトのようなものだ。仮にネットワーク接続を切っても静的なページは表示し続けるし、そのページだけで完結する動作は問題なく動き続ける。

 それを止めるにはすでに受け取った情報を一度クリアすれば良いのだが……。

 ノエルの魔力暴走を止めた時と同じ要領で出来るんじゃないだろうか。俺の魔力を操られている生徒に流し込んで、一度魔力の流れを妨害してやれば生徒たちの操作も解除されるかもしれない。


「ノエル。その生徒をこっちまで連れてこれないか?」


 女生徒を組み伏せるノエルに訊ねる。

 推測にすぎないが、この状況をどうにかするためにはやってみるしかない。

 俺から女生徒の方に行ければ良いが、この建物から出ると熱線で狙い撃ちされてしまう。

 今ノエルが熱線に襲われていないのは下手に攻撃すると女生徒にも当たりかねないからだろう。それが生徒の身を案じてからなのか、使える手駒を失うのを惜しんでなのかはわからないが。


「連れていくといっても……。まあ、なるようにしかならないか。――ふむ、するととりあえずこの沼が邪魔だな」


 少しだけ悩むような素振りを見せて呟く。

 ノエルが細く長く息を吐く。ゆっくりと吐き出される息に呼応するように、ノエルの神経が研ぎ澄まされていく。

 静かに、ノエルが女生徒から跳び上がった。


 ――悪鬼羅刹。


 ノエルのスキルが発動する。

 高まった魔力が高速で身体を巡る。灼熱を帯びた魔力が仄かに滲みだして、ノエルの身体が妖しくも美しい緋色を纏う。

 

 『悪鬼羅刹』の効果は自身の魔力を活性化させるという地味な能力だ。

 結果として身体能力が跳ね上がるがそれを身体強化系のスキルだと見誤ると、活性化させるという本来の働きを制御することが出来ないまま、その魔力に飲まれて自己崩壊を起こしてしまう。


 『悪鬼羅刹』は生物が持つ魔力経路の一つである通常回路へと、大量の魔力を流し込むことで魔力を高速循環させる。

 結果として『能力向上』と比較にならないほどの身体強化を発揮する。そしてさらに、高速循環によって励起した魔力は攻撃に合わせて撃ちだすこともできる。

 

 ノエルがクレイジーモンキーの硬質な毛皮をもろともせずに切断できていたのはその効果だ。

 その時はスキルのことを理解しておらず無意識に漏出した魔力によるものだが、それでも圧倒的な攻撃力を実現させる。

 それが過去に『悪鬼羅刹』を完全に扱えた者がいない中でさえ、最強格の身体強化系スキルだと伝えられていた所以だ。


 出会った頃は発動することさえ忌避するほどに手に負えないスキルであった。

 それでもこの数日間の特訓により信じられないほどそのスキルをモノにできている。さすがに全力で解放すればまだ制御が難しいが、加減さすれば一時的に発動してすぐに解除するような器用な使い方もできるようになっていた。


「ふっ!」


 空中から沼とかした地上へと、ノエルが気迫を込めた蹴りを放つ。

 沼面に届くことのない空振りだが、その強烈な蹴りによる風圧と撃ちだされた魔力の塊が地面を覆う沼を爆散させ、さらに露わになった地面まで衝撃で削り取られた。

 一拍おいて、露わになった地面にノエルが着地する。そしてすぐに地を跳ねた。

 至近距離での衝撃に体勢を崩した女生徒へとタックルするように懐へと跳びこみ、そのまま担ぐような姿勢で抱え込んで俺のいる建物へと運び込んでくれた。


 女生徒がまたスキルを使おうとする前に急いで駆け寄る。放っておくと彼女のスキルでこの建物まで液化されかねない。 

 ゆっくりと体を起こそうとする女生徒の背中に手を当てる。できることなら慎重に女生徒の魔力の流れを確認しながら進めたいが、今はそんな余裕もない。

 一気に女生徒へと魔力を流し込む。外部から横やりの如く魔力が流し込まれることで、それまでの魔力の流れが阻害される。スキルは魔力の流れによって発動しているため、流れが乱れれば発動し続けることは難しい。

 

 無理やりに魔力を流し込んだことで女生徒が一瞬跳ねるように拍動し、そして操り人形の糸が切れたようにくずおれた。

 どうやら女生徒に掛けられたスキルは解けたようだ。

 魔力の流れを強制的に乱したためか、うつぶせに倒れた女生徒が起き上がる気配はない。

 

 このまま寝かしておくわけにもいかないため、そっと抱きかかえるように起こそうとした。

 そうしてようやく、その女生徒の異変に気がついた。


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