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092 指揮操戯

「――今のは、何だったんだ?」


 ノエルが上空を見上げる。

 由良先生から放出された魔力は空まで上がって飛び散ったように見えたが、今は青空が残るだけだ。


 ――いや。

 俺はふと思い至り魔力を目のあたりに集中させる。ノエルや生徒たちの特訓の時にも重宝したが、目に魔力を込めると魔力の流れが見えるようになる。

 先ほどみたいに高密度の魔力は肉眼にも見えたりすることがあるが、通常の魔力は人の目に映ることはない。ただし、特定の感覚器官を鍛えていたり特殊なスキルによって魔力を感知することができる者はいるそうだ。

 俺の場合は『能力向上』の延長で感覚器官を強化している形になる。みんなにも同じことが出来るか聞いてみたが、鬼人たちも生徒たちも魔力を見ることはできなかった。ノエルによると魔力操作の精度が関係しているのだろうとのことだった。


 魔力を込めたことで、上空に広がった魔力の糸を見ることができた。

 由良先生から上空へと放たれた無数の糸状の魔力が、この貧民区をはじめとした周囲へと垂れ下がるように伸びている。そしてそれらは由良先生を守る二人の生徒にも繋がっているようだ。

 あの魔力の糸が由良先生のスキル『指揮操戯』の一部なのだろう。詳しい原理は不明だが、あの糸で魔力を流し込んで生徒を操っているんじゃないだろうか。


 空から垂れ下がる魔力の糸の何本かは、由良先生の傍にいる生徒たちにも繋がっている。

 そしてもう一つ。俺たちの目の前にある建物の屋上にも数本の魔力の糸が垂れ下がっている。


「おい、建物の上にも誰かいるぞ」


 別の建物の屋上に退避していた野津が叫ぶ。

 その屋上には一人の女生徒の姿が見える。それが生徒だとわかったのは彼女が学園指定の赤いジャージを着ていたからだ。


 女生徒が屋上でしゃがみ込んで建物に両手を着けた。

 その両手から建物へと魔力が流れ込んでいく。水面に絵の具を落とした時のように魔力が建物を浸食していき――。


「みんなその建物から離れろ!!」


 慌てて叫ぶ。

 しかしこちらが動き始めるよりも先に、屋上辺りが女生徒の足元からぐにゃりと波打った。

 その波紋は建物全体へと広がり、ひときわ大きく波打った屋上が瞬く間に液体となって一気に流れだした。建物は屋上から階下へと勢いよく液化していき、溶岩のような獰猛さで周囲を飲み込んでいく。

 

 俺は溶け出す建物の向かい側にある建物へと走り、なんとかその濁流にのまれる前に建物の中へと逃げ込めた。

 そのまま部屋の奥に退避したが、液状になった建物は入り口から少し入り込んだあたりで固まり、それ自体が堰き止めにもなってさらに流れ込んでくることは無かった。

 よく見れば液状になった建物はかなり粘性が強く、女生徒から離れるほどもとの物性に戻っているようだ。


「危なかったな、あの溶け出した建物に捕らわれていたら危なかったぞ」


 同じ建物に退避していたノエルが顔を険しく漏らす。生徒や鬼人たちもそれぞれ近くの建物の中に逃げ込めているようだ。

 ノエルの苦言の通り、あの粘性の強い液体に飲み込まれて身動きが取れなくなれば、未だ土の塔の上にいる由良先生らから熱線で狙い撃ちにされるだろう。


「そっちの意味でも建物の中に逃げ込んだのは良かったかもな。あの熱線でも壁を貫通するには限度があるし、こちらの位置が不確かなら無暗に撃てないだろうしな」

「まあ、こちらも攻めようが無いがな」


 ノエルが警戒しつつ外の様子を確認する。

 あの女生徒のスキルで容易く建物一つが液体となって崩れ落ちた。この調子で他の建物まで崩されてしまうとあの熱線の射線に晒されてしまう。

 液体になった建物の中心で女生徒が立ち上がる。その身体には数本の魔力の糸が繋がり彼女の頭上へと伸びている。魔力の糸は腕や脚など各所に繋がっていて、操り人形のそれのようにも見える。


「ノエル、あの子に繋がっている糸を斬ることはできるか?」

「……糸? ああ、あの女が空に放っていたやつか。それがあの子に……、ナナエにはその糸がまだ見えるのか?」

「まあな。あれで魔力を流し込んでいるなら、それを断てば操られているのをどうにか出来るかもと思ったんだが」

「それはやってみる価値はあるかもしれないが。私には糸が見えないからな……」

「そうか……。うん、なら仕方ない。俺が魔術で糸を消し飛ばせないかやってみるか」

「いや待て。私がどうにかやってみよう。ナナエはまだおとなしくしていてくれ」

「おとなしくって……」


 俺が魔術を使おうとすると何故かノエルが慌てて制止してくる。


「ナナエに魔術を使わせるとここら一帯の建物が全て倒壊してしまうからな。他のみんなが巻き込まれかねない」

「おいおい。俺だってみんなの特訓に付き合いながら魔術の制御練習はしていたんだぜ。今なら被害は建物ひとつくらいで済むさ」

「何を誇らしげに……。それでも十分すぎるほど被害が出てるからな」


 ここ数週間の特訓のなかで、どうやら俺の魔術の威力はおかしいらしいことが発覚した。いや、森が吹き飛んだ時点でなんとなくそんな気はしていたんだが……。

 どうやら魔術を使う際の魔力効率が良すぎるらしい。威力を下げるにはわざと魔力効率を悪くすれば良いんだが、ほぼ感覚でやっているので制限するのは難しいんだよな。

 特訓のおかげでだいぶ威力は抑えられてきたが、まだ人間に向けては撃たないようにしている。


「それでその魔力の糸と言うのは、全部あの子の身体から上の方に繋がっているのか?」

「そうだな。横に伸びている糸は無いようだから頭の上あたりを目掛けて斬ってみてくれ」

「わかった。――行くぞっ」


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