091 貧民区・再び3
再び由良先生の周りに光球が浮かび上がる。
一瞬光が強くなったことに危機感を感じて横に飛び退いた。そのすぐ後を眩い熱線が通り過ぎる。
周囲の空気は熱線の熱で少し上気し、穿たれた石壁の解けた臭いが鼻をつく。
生徒たちは鬼人たちがサポートしてくれている。
熱線は威力も速度も恐ろしいが、真正直に狙ってくれるなら光が強くなる予兆に合わせて躱すことが出来そうだ。
それもこの建物に囲まれた場所ではいつまでもつかわからないけどな。
また光球の光が強まった。
同時にノエルが跳びだした。熱線を潜り抜け、建物の外壁を足場にして由良先生の背後へと回り込む。
「いつまでもそれを撃たれ続けてはかなわんからな、少し手荒になるが取り押さえさせてもらうぞ」
ノエルが勢いよく由良先生に跳びかかる。
放たれた弾丸のような勢いで跳躍するが、それを阻むように突如として出現した水流がノエルを襲った。
「――んぐっ!?」
大蛇のようにうねる水流はノエルを飲み込み建物へと叩きつける。そしてそのまま蜷局を巻くようにして由良先生たちの周囲を流れ続ける。
「ノエル、無事か?」
「ああ。しかしこの能力は……」
由良先生の周囲には熱線を放つ光球が浮かんでいる。それに加えて水流まで操っている。
どこにも術式が見えない以上はこれはスキルなのだろう。スキルは体の内にある魔力の通り道『固有経路』を術式の代わりにして様々な現象を起こすものだ。その性質上、複数のスキルを同時に発動することは困難なはずだ。
だとすれば、どちらかの能力は由良先生の後ろにいる生徒のスキルという可能性が高い。
「私に手を出そうとしても無駄よ。私の生徒たちが私を守ってくれてるもの」
二人が由良先生の両サイドを守るように立つ。
一人は水流を纏うように、もう一人は手のひらに光球を浮かべている。どうやらそれぞれ生徒のスキルだったようだ。
つまり熱線を撃ってきたのもこの生徒だったということか。
「お前らどうしてこんなこと……」
「うふふ。この子たちは私の生徒になったんですよ」
反応の無い生徒に代わって由良先生が応える。
「私の生徒になった?」
「そうですよ。もう二度と、勝手な行動をとることなんてない。従順で緘黙で大人しくて、教師の――いいえ、私の言うことに一切逆らうことのない、とても優等な生徒になったんですよ」
とても楽し気な声色。しかしその言葉は狂気に満ちている。
「一切逆らわないって……」
「みんなのことを洗脳でもしたっていうの?」
三嶋と矢早銀の言葉に、由良先生が目を細めて笑みをこぼす。
「うふふ。……洗脳? それは違うわよ。そんなものでは済まさない。その程度ではまだ足りない。確実に、絶対に、ただの一度たりとも私の言うことに背かないように。私の生徒はね、私が思うまま指示するままに動いてくれるのよ」
由良先生がまるで指揮者のように腕を上げる。
次の瞬間、由良先生と操られている生徒たちの足元から地面がせり上がり、瞬く間に周囲の建物よりも高く突出して止まった。
その頂上で由良先生が腕を振るう。まるでその指揮者のような振る舞いが生徒たちを操っているかのようにも見える。
「私のスキル『指揮操戯』は私の生徒を私の意のままに操ることのできる。このスキルのおかげであの自分勝手な生徒たちは皆従順な私の生徒になった。でも、まだ学園を抜け出すような悪い生徒は残ってる。人の言うことも聞かず、人の気も知らないで自分勝手な生徒なんてもういらない。いいえ、不要なのはその子たちだけではないわね。担当生徒すら管理できない私をあざ笑う人も、必死で生徒たちを探そうとする私の邪魔をする人も、私がどれほど苦労して私がどんなにつらい思いをしているかを理解できない人たちも、私の前から消えてしまえば良いのよ」
由良先生の魔力が急激に高まる。
その練りこまれた魔力は由良先生から上空へと放たれた。膨大な糸の束のような魔力は一度上空へと達すると、今度は四方八方へと無数の糸が垂れ下がるように降り注いだ。