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090 貧民区・再び2

 貧民区へと捜索に来て一時間もたたずに、探していた人物は意外とあっさりと見つかった。

 捜索に訪れたのは貧民区のなかでも背の高い石造りの建物がひしめき合う内町と呼ばれる地域だ。先日もマフィアとの一件で訪れたが、背の高い建物のせいで日の光は弱く湿気が漂う。建物の密集状況とはそぐわずひと気はなく相変わらずの辛気臭さだ。


「――あそこにいるの、由良先生じゃない?」


 先に気づいたのは矢早銀だった。

 目を凝らせばようやく人の相貌が見えるほどの距離だったが、路地へと入っていくローブ姿の人影、ちらりと見えた横顔は確かに由良先生だ。

 由良先生らしき人影が入っていた路地の出入り口へと急ぎ、その人物を呼び止めた。

 

「由良先生!」


 振り向いた人物――由良先生が俺たちを見て目を見開く。

 その視線は呼びかけた俺と言うよりも連れている生徒たちに向いているようだ。そういえば前回は轟や野津達は居なかったし、生徒が増えたことに驚いているのだろう。

 かく言う由良先生もあれから生徒を見つけたようだ。由良先生の後ろに見覚えのある服装の少年が二人立っている。


「あれ? 後ろにいる二人って……」

「加藤と鈴木じゃねえか。よう、お前らもこの街に来てたんだな」


 二人とも他で会った生徒たちとは違って元の世界の、学園の制服を身に着けている。しかしその制服もしばらく洗濯もできていないのかあちこちに汚れが目立ちくたびれて見える。

 いや服装だけではない。二人とも少し頬がこけ顔色も良くない上に、無表情で感情が見えない。轟の呼びかけにも返答はなく、ただこちらを窺うように視線をむけるだけだ。


「よかった。由良先生の方でも無事に生徒と会えたんですね」

「よかった? ……ええ、そうですね。とても、良いことでしたね」


 少し考えるようにして何かを飲み込むように答える。その声音にはどこか影を感じる。


「由良先生?」

「それよりも、彼らはどうして一緒に?」


 すっと目を細め、俺の後ろにいた轟や野津たちへと視線を向ける。

 そういえば野津を見つけたのは由良先生に出会った後だったし、轟と保倉のこともこの街で見つけたというくらいしか話してなかった。

 由良先生は自分の担当しているクラスの生徒のほとんどが学園を抜け出してしまっている。こうして学園外に生徒がいることに思うところがあるのだろう。


 それにしても由良先生の様子が気にかかる。

 その目はどこか剣呑で、こちらと視線も合わない。

 前の仕事でもたまに見た。上司からの無理な指示や納期に追い詰められて、そのままそれを抱え込んでいるときの新人の雰囲気に似ているかもしれない。

 自分ひとりでは上手くいかない無力感とそれでも一人でやり切りたいという責任感。それらにつのる苛立ちが少しづつ周りへと向いてしまい、周囲を疎ましく感じてしまう。それが前職の後輩なら彼らの自尊心を刺激しない程度に助言くらいはしていたが。

 結局は彼らの抱える問題が解決しない限りは悪化するのみだ。しかし由良先生の抱える問題と言ったら失踪した生徒のことだろうし、解決は容易ではない上に教育者としても先輩でクラス担任でもある由良先生に俺が何か言えることは無いだろう。


「周東先生は……、他に生徒を見つけましたか……?」

「いえ、他の子とはまだ会えてないですが」


 正確には轟や三嶋達が別の生徒と会っているが、今余計な情報を伝えて良いか迷ってしまう。

 

「それなら、もう良いですね」

「……?!」


 その意味を問いただす間もなく、由良先生の周りに光の球が出現した。

 小さな太陽のような光を発しながら、数個の光球が漂っている。

 

「――っ!? みんな避けろっ!」


 いきなり叫んだのはノエルだ。

 ノエル自身も俺に飛びつくように横に跳び、俺ごと地面へと倒れこんだ。

 同時に由良先生の周りにあった光球から一筋の光線が放たれた。ノエルに庇われて倒れる俺の鼻先を光線が通り過ぎ、肌に熱した鉄板を近づけたような刺激を受ける。


「みんなは!?」


 ノエルに押し倒されてすぐに後ろに居たはずの生徒たちの方を振り返る。

 今の状況も先ほどの光線が何なのかもわからないが、生徒に危害が及んでいないかが心配だ。

 それも杞憂で、俺がノエルに助けられたように鬼人の二人が生徒たちを庇ってくれたらしい。

 ヴォルフガングが轟と保倉を片腕で抱えて、エリアーヌが三嶋を抱いたまま光線を避けてくれたようだ。助けられた3人とも、何が起きたかわからないというように目を丸くしている。

 あとの二人、野津は咄嗟に高く跳び上がったようで近くの建物の屋上に逃れている。矢早銀は何でもないことのように危なげなく躱している。


「よかった……。ノエルも助かった、ありがとう」

「……んん。……別に、大したことじゃない。しかし、いきなりやってくれるな」


 後ろにいた生徒たちも鬼人達の助けもあってうまく躱せていたが、その先の光線が直撃した建物の壁面は赤く焼けただれ溶けるように穿たれている。


「由良先生、何をするんですか!?」


 先の行動を問い詰めようとするが、由良先生には動じた様子が無い。


「何をと言われても。悪いことをした生徒に罰を与えて矯正するのも教師の仕事でしょ」

「罰って……。あんな光線が生徒に当たったらどうするんですか!? 下手したら怪我だけじゃすまないでしょう」


 学園から勝手に抜け出した生徒たちを叱りつけるというならまだわかる。問題を起こした生徒に反省を促すために慈善活動のようなペナルティを課すことだってあるだろう。

 だがいくら腹が立っていたとしても手を上げるというのは、特にこのご時世ではありえない。たとえここが異世界だとしても、石壁が解けるほどの熱線を生徒に向かって放つのはさすがに度が過ぎている。


「――死ねばいいじゃない」


 静かに零す。

 首筋を氷のトゲで突き刺すような、ひどく冷たく暗い声。

 

「何てことを――っ!?」


 言い返そうとして、しかし由良先生の表情を見て言葉を失った。

 由良先生の顔には笑みが浮かんでいる。それは慈しむような、優し気な曲線を描く。しかしその目だけは光を失い、得も知れぬ狂気を感じる。

 こちらを見ているはずなのに、俺たちのことが見えていないような。由良先生が見ているものが何であるのか、俺たちには知る由もない。


 そしてまた静かに、由良先生の狂気が襲い掛かる。

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