089 貧民区・再び
俺たちは野津や轟たちを襲ってきた生徒の情報を集めるために貧民区へと向かった。
襲撃してきた生徒を目撃したのが貧民区でもあるし、それに由良先生と出会ったのも貧民区だった。襲撃してきた生徒はどちらも2-Dの生徒であり、その生徒たちを追っていたはずの由良先生にも何か知っていないか話を聞きたい。
生徒たちは連れてくるべきか悩んだが、結局5人全員と一緒に行動することにした。
大勢で行動すると目立ちはするのだが、襲撃者がどう動くかわからない以上は一緒にいる方が安心だ。
確実に狙われていた野津はもちろんだが、轟たちも襲われた現場に居合わせているので次に襲われないとも限らない。
生徒たちもかなりスキルを使いこなせてきているので、仮に襲われても自分たちの身はそれなりに守れるとは思う。それでも、できるだけ危険なことはさせたくないと思ってしまう。
なので、とある人物たちに協力を頼むことにした。
「おう、雷ボウズも元気だったか。この間、魔獣の討伐依頼で一緒になって以来だな」
同行してくれている薄花色の肌に隻腕の大男、ヴォルフガングが豪快に轟の肩を叩く。頭から生えた黒い棘のような二対の角は鬼人族という種族の証だ。
それにしても、魔獣の討伐依頼で一緒だったとはな。
「いや先生、それには色々と事情が……」
「――ねね?」
「はいっ! ハルさ――、矢早銀さんすいませんでした」
矢早銀の静かな問いかけに保倉が凄まじい勢いで土下座を披露する。
不審者の調査依頼も受けていたようだし危険なことはしないで欲しいのだが。
「うふふふ。そんなに心配しなくても二人ともちゃんと安全は確保していたわよ」
優し気な声で二人を擁護するのは薄い金髪に一本の綺麗な白い角を持ったエリアーヌだ。その片目は眼帯に隠されているが、むしろそのミステリアスさも彼女の美貌を際立たせている。
「ナナエの世界の教師と言うのは、みんなそんなに過保護なのか?」
やや呆れるように聞いてくるのはノエルだ。
艶やかな黒髪に額には小さな赤い角が二つ生えている。鬼人族は基本的にヒト種と比べて一回り以上大きな体躯だが、ノエルは生徒たちと比べても小柄に見えるほどだ。
ノエルが不思議そうにするのも、この世界ではほとんどの種族が15歳ほどで成人と見なされるからだ。
学園の生徒は15~18歳。元の世界では余程でない限りは保護者が責任を持つが、この世界の基準で言えば自分の行動の責任は自分にあるというのが常識なのだ。
さらにこちらの教師と言うのは貴族教育に関する家庭教師という意味合いが多い。あとは貴族会という貴族用の学校のようなものがあるらしいが、こちらも生徒が貴族の子息令嬢であるために生徒の保護者という感覚とはまた違うらしい。
「実際、あの子らもそれなりに戦えるようだし、ヤサカネに至っては並の冒険者より強いだろ。銅級でもそうそういない実力だと思うぞ」
「マジか、そんなに強いのか」
「……まあナナエの魔術は銀級以上だろうけどな」
ノエルが何か小声で言っているが、銅級というと中型から大型の魔獣を対処できるレベルだったか。冒険者のほとんどが鉄級であることを考えると銅級でもそういない実力と言うのはかなりの評価だ。
ノエルたちとはよく魔力操作の特訓を一緒にしている。その合間にたまに矢早銀とノエルがバットと木刀で打ち合っていたので、矢早銀の実力をよく把握しているのだろう。
「先生……。久留鞠くんたちは大丈夫なんでしょうか?」
周囲を気にしながら、不安そうな声色で三嶋が訊ねてくる。
野津を襲ったという久留鞠蹴斗、そして轟たちが出会ったという糸識葉子は二人とも三嶋や矢早銀のクラスメイトだ。また襲ってこないかというのもあるだろうが、やはりクラスメイトを心配しているのだろう。
襲ってきた生徒のことは三嶋達の方が良く知っているだろうが、だからこそ実際にその現場に居合わせた後でもまだ信じられないようだ。
話を聞く限りでは殺す勢いで襲ってきたというし、何があれば少し前までただの高校生だった生徒がそんな行動を起こす事態になるのか。今考えても分からないことだが、たとえどんな事態だとしても、襲われている生徒も襲っている生徒のことも助けなければならない。
「大丈夫だよ。三嶋達も襲ってきたっていう生徒のことも、みんなが無事でいられるように俺が精一杯やってやるさ。先生だからな」
「先生……!」
「それにみんなにも手伝ってもらうだろうしな。また襲ってきても今度はしっかり捕まえて襲ってきた理由を聞き出そうじゃないか」
「そうですね、僕自身は襲われたらひとたまりもないけど、こっちには矢早銀さんもいるしみんなまとめて助けましょう」
特に根拠もない気休めのような励ましになってしまったが、それでも三嶋は気を取り直したようだ。若干他人任せな部分もあるが、それも三嶋らしさとも言える。
異世界に来て訳も分からない状況が巻き起こる中で、生徒も生徒なりに悩んで、答えを探して進んでいるのだ。俺も先生の端くれとして、この子たちのことをしっかり守っていかなくてはと改めて感じたのだった。