088 報告会2
三嶋達の話を一通り聞き終わったところで一息入れる。
飲み物を頼むとすぐに食堂のおばちゃんが全員分の果実水を運んできてくれた。
果実水を配りながら少し怪訝な顔をされた気がするが、それはなぜかこの場に集まってからずっと保倉が正座しているせいだろう。
少し震えながらちらちらと矢早銀の様子を気にしているようなので、俺は下手に口を出さないことにした。
果実水を口に含むとどこか懐かしい甘酸っぱさが広がる。
この世界は元の世界とは植生が異なるので日本と同じような食べ物というのは珍しい。
肉にしてもおおよそ肉の味というのはそうなのだが、品種改良を遂げた経済動物と魔力と言う不思議エネルギーを持つ魔獣という違いからか、くせや風味はかなり違いがある。
幸運なことに魔獣の肉も不味いわけではなく、普段食べていたものとは違うというだけだ。魔獣の種類にもよるが、とりわけイノシシのような魔獣の肉はかなり美味い。
この果実水は林檎のような風味を感じるが、この世界にも似たような果物があるんだな。
味の良い果物が流通しているのは良いことだ。工業が発達してないと砂糖なんかの大量生産もできないだろうし貴重な甘味になる。
さてと余談はこのくらいにして、轟達からも報告があるらしい。
轟が少し言いづらそうに話し始める。
「……えっと、先生。実は、俺たちもさっき襲われちまったんすけど」
「何? 二人とも怪我はないのか?」
「あ、はい。まあちょっとやばかったんすけど、何とか逃げられたんで」
轟達も襲われたと聞いて驚いたが、二人とも怪我は無いらしい。
しかし街の中であっちもこっちも襲われるってのは、この街はどれだけ治安が悪いんだ?
その一端が学園の生徒にあるのは何とも言いがたいものがあるが。
「それで、どこで誰に襲われたんだ?」
「えっと、それは貧民区の方で……」
「貧民区? なんでそんなところに行ってたんだよ」
「いやそれは……。ちょっと冒険者組合の依頼で、不審者の調査なんかやってたりして……」
「おいおい。危ないことには関わらないようにしろと言ってたつもりなんだがな」
「ははは……」
人の注意を分かっているのかいないのか乾いた笑いで誤魔化す。
そりゃあこんなファンタジー世界でスキルや魔術も使えるとなれば、少しくらい冒険心が芽生えるのも分かるけどな。
「ねね?」
「は、はい、すいませんハルさm――矢早銀さん、本当に反省していますから!」
保倉が地面に打ち付ける勢いで低頭する。
ずっと正座していたのは勝手に危ないことをした負い目があったからだったんだな。加えて言えばその件で矢早銀に怒られると思ったからと。
「それで襲ってきたのが……、その、2-Dの糸識だったんすけど」
「葉子が?」
轟が三嶋や矢早銀の様子を気にしながら言う。
俺の授業は受けていない生徒なので俺とは面識がないが、糸識葉子という生徒もこれまた2-Dの生徒らしい。しかし轟達を襲ったのも2-Dの生徒とはな。
「二人にはその糸識から襲われるような覚えはあるのか?」
「いや、話しかけても問答無用だったし。それに先に襲われたのは俺らじゃなくて」
「1年の久龍成って子が追いかけられていたみたいなんです」
ここでまた別の生徒が出てくるわけね。というか、どれだけ学園の生徒が関わってるんだよ。
久龍成という名前はよく覚えている。境天寺学園から失踪した生徒は少なくないが、1年生では一人だけだ。それが久龍成と言う生徒だと学園からの失踪者リストに書かれていた。
1年生はまだ選択授業が無いので、俺の授業を受けることも無い。別の生徒に追いかけられていたとうい話だがいったいどんな生徒なんだろうか。
「ああそれなら手配書があるんでどうぞ」
「おう、ありがとうな。手配書があれば顔も罪状も分かって一石二鳥――って、おい。なんだよ手配書って」
「いや、それが……。久龍のやつ王都で指名手配されてるみたいで」
「なんでそんなことになってんだよ……」
生徒が襲い襲われてるのも問題なんだが、さらに厄介ごとがあるとは。
指名手配と言うことは王国の法に触れるようなことをしたということだ。そう簡単に取り消せるようなものでもないだろうし、それが学園の関係者だとなれば俺たち漂流者の立場にも影響を及ぼすかもしれない。
王国をはじめとしたこの世界との関係を悪くしないためにも大した罪でなければ良いんだが……、手配書が出回ってる時点で望み薄だな。
「成は一体なにをやらかしたの?」
「お姫様を見たいって王城に忍び込んだらしいです」
思ったより状況は悪いらしい。いや、人さまに被害を与えたわけじゃないのでそこは安心したんだが。
「それって下手したら不敬罪とかになるんじゃ」
「……、可哀そうな子」
「おいおい」
心配する三嶋が言う通り、貴族や王族に対しての振る舞いには最大限注意しろと学園からも言われている。
現代日本だと年長者を立てろとか先輩後輩なんかの敬う精神はあっても、それを怠ったからと言って命に関わるわけではないのでその辺の価値観は薄い。まあ昇進に直結することはあるから社会人には重要なんだが。
多感な年頃の生徒たちがお偉いさん相手に感情を抑えられるかは難しいかもしれないしな。近くにいる大人がフォローしなくてはいけない。
すでに指名手配されてる久龍は手遅れだが。
不敬罪って最悪極刑もありうるよな。手配書には簡単な罪状と報奨金について書かれているが、その罪がこの国でどのくらいの刑に値するのかは記されていない。
その辺の常識は俺たちにはまだ馴染みもないし、冒険者組合のお姉さんにでもそれとなく聞いてみるかな。
「それで成はどうして追われていたの? その手配書が理由ってわけじゃないわよね」
「理由まではよくわからねえな。久龍自身もよくわかってなかったし、糸識の様子も変だったしな」
「様子が変てのは?」
「成……、話しかけても心ここに在らずって感じで……」
「久龍も言ってたけど、問答無用で襲い掛かってきたって」
「問答無用ってそれじゃあ……」
皆が野津の方を見る。
野津を襲った久留鞠の様子、久留鞠もまた問答無用で襲い掛かってきたらしい。
久留鞠と糸識、同じように学園の生徒を襲っている。その理由は何なのか。
「二人の共通点……」
「いや共通点っていやお前ら――」
「ちょっと!」
轟と保倉が言葉を濁す。
久留鞠と糸識の共通点と言えば同じクラス、2-Dの生徒ということだろう。
失踪していた2-Dの生徒がそろって他の学園の生徒を襲う? 2-Dの生徒たちに何かあったのか。ただの偶然とするのはさすがに楽観的だろう。
なんにしても俺も当人と会わないとどうとも言えないな。それに先日出会った由良先生にも話を聞いておきたい。
由良先生は2-Dの担任で、良いか悪いかは置いておいてもいち早く捜索に飛び出ていた。すでに生徒たちの情報をなにか知っているかもしれない。
あとは轟達とは別々に逃げたという久龍のことも探さないといけないな。
みんなから情報も出そろって、今後の方針はおおよそ決まった。
由良先生や野津と出会い、久龍や糸識も現れた場所。野津が最初に襲われたのも貧民区だった。
俺たちにとっても久しぶりと言うほどでもないが、もう一度貧民区に向かうとしよう。