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083 襲撃者

 サウールの市場は近年まれに見る賑わいを見せている。

 先日、街の北方に広がるトルク森林の一区画が吹き飛び大量の木材が発生した。それらがダメになるまでに回収しようと多くの労働者が街に集まっている。

 少し前までは異常成長したエダキリムシが作業場を占領していたが、それも無事討伐されたため人の流入は絶頂期を迎えている。


「おお、すげえ活気だな」


 行き交う人、飛び交う声を目の当たりにして野津爽也(のづそうや)が感嘆の声を上げる。

 体中に巻かれていた包帯は取れて赤毛の坊主頭が露わになっている。身体のいたる所に大きな傷跡が残っているが、こうして街を出歩けるくらいには回復していた。


「野津先輩。もう傷は痛まないんですか?」

「おう、先生のおかげでな。それよか治療してもらってからなんか調子も良くてな」


 野津が肩をぐるぐると回す。

 須藤による治療は魔力の通り道である『通常経路』に強制的に魔力を流し込むことで、野津自身の魔力の流れを整えるというものだ。

 その治療は『能力向上』にまで至るほどの成果をみせたが、それは本来の野津では再現できないレベルであった。一度高水準の魔力の流れを体感したことで、意識しなくてもスムーズに魔力を巡らせる事が出来ている。

 実際それは、この世界の常識が覆るほどの出来事だが、関わった者が須藤も含めて誰も理解していなかった。


「元気なのは良いけれど、出歩いてて本当に大丈夫なの? どうして襲われたのかも、また襲ってくるのかもわからないんでしょ」

「それは、そうなんだけどよー。つうか、矢早銀さんって後輩だよな? あのさっきからためぐ――、はまあいいか」


 運動部らしく上下関係に引っかかりはあったものの、矢早銀の氷柱で突き刺してくるような視線に言葉を濁す。


「それより、野津先輩を襲ってきたのって本当に久留鞠(くるま)君だったんですか?」

「まあ俺も信じたくはないけどな。あれは蹴斗(しゅうと)に間違いない」


 野津が断言する。

 久留鞠蹴斗(くるましゅうと)はサッカー部に所属しており、野津にとっては運動部繋がりで面識があった。そして、三嶋や矢早銀にとっては同じ2-Bのクラスメイトだ。


「また襲ってくるかもしれねえけど、だからと言ってずっと隠れてるわけにもいかねえだろ。どうにか理由も聞きたいしな」

「なおさら、一緒にいる時に襲われたら迷惑なのだけれど。知らないところで怪我をされても迷惑だけど」

「ああ、悪い……。おい三嶋、矢早銀さん俺に冷たくないか」

「矢早銀さんはいつもこんな感じですよ」

「……お前も大変なんだな」

「何か問題でも?」


 矢早銀のモノ言わせぬ笑顔に二人がぶんぶんと顔を振る。

 すぐに誤魔化すように話題を変える。


「野津先輩はどんなスキルなんですか?」

「おう、俺のスキルか? いいぜ、ちょっと見せてやる」

「見せてやるってちょっと――」


 矢早銀が止める間もなく、大きく膝を曲げてバネにした野津が空高く跳び上がった。

 垂直跳びで軽々と周囲の建物よりもはるか高く跳び上がった野津は、着地の衝撃もまるで軽い段差から跳び下りた程度の顔をしている。


「どうだ、凄えだろ。なんか前よりも高く跳べたが……」

「すごく高く跳べるってことですか?」

「それだけじゃないぜ。走るのも跳ぶのも滑りこむのも何でもござれの『超脚力』ってやつだ。この世界にも野球があれば俺もレギュラーになれるかもな」

「レギュラー?」

「レギュラーはレギュラーだ。部活じゃずっとベンチだったからな」

「あの……、野津先輩って野球部を地区大会優勝に導いたって聞いたんだすけど……」


 私立境天寺学園は別段運動部に力を入れている校風ではない。

 野球部も例にもれず、野球に精通したコーチもいなければ設備に恵まれているわけでもない。一般的な高校レベルの環境でおよそ平均的な熱量の生徒たちしかいない、どこをとっても普通の野球部だった。

 一回戦敗退が常連だった野球部が、あるとき地区大会優勝まで成し遂げた。

 野津はその立役者とされている。


「まあそうも言えるかもな。俺はキャプテンだったからな」

「あれってエースで四番とかっていう意味じゃなかったんですか?」

「いや、俺はただのキャプテンだ」

「ただのキャプテンて……」

「えっと、ポジションは?」

「特にない。捕るのも打つのも下手だったからな。だいたい俺は高校に入ってから野球を始めたし、正直あんまりルールも分かってないからな」

「そうだったんですね……。でも、野津先輩がキャプテンになってから野球部は成績を上げたわけですよね。ちゃんとしたコーチもいないのにすごいじゃないですか」

「たかが高校の球遊びにコーチもなにも無いだろ。甲子園云々まで目指すなら話は別だが、運動神経の良いのが集まればそれなりの成績は残せるし、練習メニューなんてググればいくらでも出てくるしな。あとはどこまでやる気があるかだろ。俺はただググった練習方法を並べていつも遊んでばかりいたチームメイトに練習に付き合ってもらっただけだ」

「地区大会優勝チームの発言とは思えないわね」

「ひたむきに頑張っている少年たちには聞かせたくない発言だよね」


 野津は熱意をもってスポーツに打ち込むような性格ではない。

 好きなことを好きなように楽しもうとする質で、こうして異世界で学園から抜け出してマフィアの厄介になるくらいには短絡的だ。

 選手としては二流未満だったが他のチームメンバーを練習に巻き込むだけのリーダーシップはあった。それにやりたいことに突き進む性格が加わり、さらにはチームメンバーの運動能力、ネット社会という情報環境がうまくかみ合ったことが野球部の実績につながったのだ。


「理由はどうであれ成果を上げるのだから、それはそれで大したものなんでしょうけど……」

「そう褒めるなって」


 呆れる矢早銀に反して、野津は暢気なものだ。


「ねえちょっと。さっきからなんか人に見られてる気がするんだけど」


 三嶋が周囲を気にしながら言う。

 先ほどの大ジャンプのせいだろう。それを気にした人々が三人の様子をちらちらと見ているのだ。


「まったく、下手に目立たないで欲しいのだけれど」

「うっ……、それは、悪かったけどよ。んでも、久留鞠のやつを誘い出すには良いだろ」

「だから今襲われても困るのよ。こっちは何の準備もしていないし、先生も今は冒険者組合に行っているんだから」


 彼らの保護者である周東は、生徒たちが関わってしまったマフィアについて情報を得るために冒険者組合の知り合いへと相談に行っている。

 誰かに生徒が襲われるという事態はもちろんだが、襲う側が生徒であるということも周東の頭を痛める要因だ。


「久留鞠君……。そんなに先輩のこと嫌いだったのかな?」

「ぼそりと嫌なこと言うなよ。いや、嫌われてたわけじゃないと思うんだが……」

「……。そういう事は本人に聞けばいいんじゃない?」


 矢早銀が市場の先へと視線を向けて言う。

 突如として舞い降りた商機に市場は盛大な活気を見せる。

 その行きかう人々のその流れを分かつようにして、ローブ姿の人物が立っていた。

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