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080 銀級とお姉さん

「はい? マフィアと穏便に手打ちにする方法、ですか?」


 冒険者組合の受付で、お姉さんがいつもの気だるげな体勢から顔だけをこちらに向けて答える。

 マフィアのアジトで学園から失踪した生徒の一人――野津と出会った次の日、俺は冒険者組合を訪れていた。今日は三嶋と矢早銀とは別行動で、二人は市場へ買い出しに行っている。

 野津の話では、野津を襲いマフィアの仲間に怪我を負わせた不審者は、三嶋や矢早銀と同じクラスの久留鞠蹴斗(くるましゅうと)という生徒だったらしい。

 野津の件は本人を治療したということも含めて、手を切らせてもらえることになった。しかし直接マフィアの仲間に被害を加えた久留鞠のことは、まだ野津と知り合いと言うこと以外はマフィアには伝えていない。


 すでに事が起こってしまった後なので、マフィアと取引をしないという方針をとってもいられない。

 ただマフィアに不審者の正体を伝える前に、できるだけ交渉材料を見繕っておきたくてお姉さんにも相談に来たわけだ。


「どうしてあんなのと取引してるんですか」

「いや、取引というか……。まあ俺の与り知らぬところで知り合いがちょこっと迷惑をかけてしまってな」

「ちょこっとって、あのクズどもにそんな可愛らしい副詞は通用しないですよ。弱みに付け込んで何を要求されることやら。まあ、例の人探しに関わることなんでしょうけど……」


 マフィアに対しては中々辛辣なお姉さんだ。

 因みに、お姉さんには俺たちが漂流者であることは伝えている。今後も生徒を捜索していくにあたって冒険者組合からの情報収集は欠かせないし、こちらの事情をある程度伝えておいた方が円滑に進むと考えたからだ。

 出来る限り冒険者組合本部にはあまり知られたくはないのだが、お姉さんなら口も堅いし信頼できるからな。


「その信頼は過分にすぎる上に不本意なんですけど」


 お姉さんが謙遜している。

 実際、お姉さんはやる気が無いように見えるだけで仕事は確実で迅速にこなしてくれる。どうして他の冒険者がお姉さんのいる窓口を避けているのか不思議なくらいだ。


「――ちょっとぉ! 何なのあなた!!」


 突如、女性の大声が冒険者組合に響き渡る。

 声の発生源に視線を向ければ、出入り口の前に一人の女性が立っていた。

 静淑さとは程遠い挑発的なスリットの入った修道服を身に纏い、腰には鈍く光る細剣を二振り携えている。


「まずいぞ、いかれシルビアだ!」

「あの長髪の兄ちゃん、セレナさんの窓口にばかり行っていたからな」

「命知らずな奴だぜ。いつかこうなると思ってたんだ」


 どうやらお姉さんの窓口がいつも空いていたのは、お姉さんの勤務態度に問題があったわけではないらしい。

 というかそういう事情は教えてほしい。


「やばくないかあいつ」

「性格は破綻しているが、あれでも銀級だぞ。鉄級相手に下手なことはしないだろう」

「知らねえのか。この前よそ者の冒険者たちが手を出そうとしてバラバラになったんだぞ」


 なにやら不穏な話が聞こえる。バラバラって物理的な意味じゃないよな。いやそれ以外は思いつかないんだが。とりあえず能力向上で身体を硬化しておこう。


「あなた何をしているの? ()()()()お姉ちゃんに、何をしているのぉ?」


 シルビアが怒気を押し殺した声でゆっくりとこちらに歩いてくる。

 お姉ちゃんということは受付のお姉さんとは姉妹なのだろうか。髪色や恰好がかなり違うが、言われてみれば顔の面影は似ているかもしれない。

 魅惑的な曲線を描く胸元に光る銀色のプレートが、シルビアが相当の実力者であることを示している。

 よく見れば腰に携えた細剣は鞘がない剥き出しの状態だ。危ないことこの上ない。


「シルビア……。あなた、まだサウールに居たの? フレイさん達はもうアスドラ王国に向かってるんでしょ?」


 お姉さんに指摘されてシルビアが少しバツの悪そうな顔をする。

 どうやらシルビアが所属する冒険者チームは他国に行っているらしい。シルビアはこの街で用事を済ませて後から合流する予定だったはずが、なぜかまだここに居るのだとか。


「それは……。ちょっと酒場でお姉ちゃんの噂話を耳にして、話してた男たちを締め上――、快く話を聞かせてもらったらぁ、お姉ちゃんにしつこく会いに来る男がいるって聞いてぇ……」


 途中不穏な発言があった気がしたが、しつこく会いに来る男って俺のことだろうか。

 確かに依頼を受けたり、情報を聞きに来る度にお姉さんにはお世話になっているが、言い方にかなり語弊がある。


「お姉ちゃんは優しいし可愛いし綺麗だし良い匂いだし声も素敵だし可愛いから、お近づきになりたい気持ちはわかるけどぉ。()()()()お姉ちゃんなんだから、どこの馬の骨ともわからない奴が話しかけるなんて許さないわ」


 シルビアが早口にまくしたてる。

 かなりのシスコンのようだが、その発言には異議がある。


「おっと、それはちょっと聞き捨てならないな。確かにお姉さんの仕事は正確で細やかなところまで配慮されているし、不測の事態にも迅速に対応してくれる優秀な女性だ。だがであるからこそ、()()()()(冒険者みんなの)お姉さんであるべきだ」


 お姉さんの仕事ぶりにはいつも大変助かっている。それをよくわからない理屈で独り占めされては困る。


「ふん。多少はお姉ちゃんの素晴らしさを知っているみたいねぇ。でもお姉ちゃんの魅力はそれだけじゃないのよ。お姉ちゃんは未だに小さい頃のぬいぐるみが無いと眠れないなんて可愛いらしいところがあるのよぉ」

「ほう。ならこれは知ってるか? 普段は淡々と仕事をこなすお姉さんだが。お世話になっているお礼に甘いものを差し入れれば、不愛想を装いつつもしっかりと受け取り、たまに口元にお菓子の食べかすをつけているという親しみやすさも備えているということを」


 俺とシルビアが称賛すればするほど、なぜかお姉さんの視線が冷たくなっていく。

 

「二人とも……。恥ずかしいので、その褒めてるのか馬鹿にしてるのかわからない言い合いを止めてくれませんか?」

「ねえお姉ちゃん。()()()()お姉ちゃんよね」

「いやいや、()()()()お姉さんだよな」

「何なんですかこれ。私のために争わないでとか言えば良いんですか? あと一応、どちらかと言えば血縁上はシルビアの姉ですけど」

「ほら聞いたぁ?」

「くっ……」

 

 勝ち誇るシルビアが鼻を鳴らす。

 さすがに血縁を持ち出されては負けを認めざる終えない。

 そんなおふざけはともかく。理由に一応とか、どちらかと言えばとか、余計な副詞がついているのだが良いのだろうかこの妹さんは。

 まあご機嫌なようなのでそっとしておこう。


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