幕間024 縫条正義の出立
奴隷商店の前に4台の荷馬車が並んでいます。
その3台にはセイギ様と奴隷商人が選んだ労働奴隷たちが乗せられています。もう1台にはセイギ様と私を含めたセイギ様の奴隷が乗り込んでいます。
「よう、セイギの旦那。改めて見るともはやどこぞの貴族の暗殺集団みたいだな」
奴隷商人が荷馬車の幌の中を覗きながら言います。
セイギ様の奴隷は大きく分けて、私のように仕事の手伝いをする者と護衛する者に分かれています。
護衛を担うイヴァンさんやクレナさんは闇に溶けてしまいそうな深い紺色の衣装に身を包んでいます。直接護衛するために数人はこうして同じ馬車に乗っていますが、労働奴隷に紛れている者もいるようです。
そちらについては私も誰がそうなのかは知りません。護衛部隊を全員把握しているのはセイギ様だけで、この馬車に乗っている護衛の方がそれぞれ数人ずつの奴隷を管理して部隊を構成しているのだそうです。
もちろんイヴァンさんとクレナさんもお互いの部隊メンバーが誰なのかは把握していません。それぞれの戦術に合わせていたり、最悪どなたかの部隊が動けない状態になっても他の部隊を動かせるようにするためだそうです。
一体どんな状況を想定されているのでしょうか? さすがはセイギ様ですね。
「まあそれはそれで都合は良いかもしれねえな。トルクの森の吹き飛ばされたっつう場所はかなりの惨状らしいから、そこに魔獣が近づくことはねえと思うが。森林区にはここらにはいないような魔獣もいるからな。一応は用心してくれ」
「ふむ、魔獣であるか。まだ出会ったことはないな」
「セイギの旦那も存外箱入りだからな」
セイギ様は奴隷商人の難しい話を理解できるほど頭も良く、誰も知らないような知識で私たちを驚かしもするのですが、逆に誰でも知っているような常識を知らないこともあります。
そのちぐはぐさに、奴隷商人はセイギ様のことをどこかの地方貴族の子息ではないかと考えているようです。
「それで、その森にはどんな魔獣がいるのであるか?」
「あの森で危険な魔獣といえばアームストロングベアやエビルエイプだな。セイギの旦那の護衛たちならなんとか対処できるだろうが、普通は銅級以上の冒険者が複数人で対処する危険度の魔獣だ」
アームストロングベアはその長い腕と剛力で時に岩をも砕くとまで言われる魔獣です。エビルエイプは一体一体はそれほどではありませんが、学習能力が高く複数体で連携して襲ってくるそうです。どちらも中型魔獣の中でもかなり厄介な魔獣なのです。
「あとは……。そうだな、クレイジーモンキーってのもいるが。こいつに出くわすなんてのは不運にもほどがある。出会ったら最後、必死で逃げるしか方法はねえ」
クレイジーモンキーは大型の魔獣で、機敏な動きに加えて自由自在に動く尻尾は大木すら軽く薙ぎ払います。その上重厚な毛皮はどんな刃物も通さないとまで言われているトルクの森、最大の脅威だそうです。
「なるほど。驚異になりそうなのはその3種であるか。森と言うからには毒虫のような危険も考えていたのであるが」
「あの森には毒を使うやつはほとんどいなかったはずだ。エダキリムシっていう見るからに毒持ちそうな魔獣もいるが、近縁種ってだけでそいつには毒が無いらしいしな」
「それも魔獣なのであるか?」
「そうだな、手と尾にハサミを持つ魔獣なんだが、気性も大人しいし襲われることは滅多にねえな。それにハサミっつっても巣を作るために落ちた小枝を折るくらいだし、サイズも大きくてガキンチョくらいだしな」
「元の世界では子供とは言え人間サイズの動物は脅威になりえるのであるがな……」
奴隷商人の他愛無い説明に、セイギ様が何かつぶやいたようですが良く聞こえませんでした。
これまで魔獣に出会ったことは無いそうなので、ご心配されているのでしょう。
安心してください。どんな魔獣が出ても私がセイギ様を守るのです。あと護衛の方々が!
「まあ色々言いはしたが、余程のことが無けりゃ危険な魔獣に襲われるなんてことはねえよ」
奴隷商人が気楽に締めくくります。
人を積極的に襲うのはほとんどが肉食の魔獣です。
奴隷商人が上げた魔獣たちは主に木の実や魚をエサにするので、こちらから生息域を犯したり手を出さない限りは襲われることもないのです。
「イレギュラーはいつ起こるとも知れぬであるからな、用心だけはしておこう。さてと、注意事項も終えたところで、そろそろ出立するであるか」
「そうね、早く私とご主人様のハネムーンへ出発しましょう」
「……!!」
「やめろ。貴様がそういう事を言うとユキの嬢ちゃんがむくれる」
こうして、少しばかり賑やかな私たちの荷馬車を先頭に、奴隷商の一行はサウールの街へと出発するのでした。