第31話:聖水作り
図書室で本を借りて神殿の自室に帰った後、夕飯まで楽しむつもりで本を読んでいたら、扉をノックする音がした。
扉を開けてみると立っていたのは翔で、大聖者の正装かな? 純白のローブを着ている。
子供用の白ローブを抱えたメイリアさんも一緒に来ていて、俺も正装が必要とのことで着替えさせてくれた。
「聖水作りをするところを見せるから、来て」
と言う翔について行くと、湖のほとりに白いローブ姿の人が数人来ていて、その中にはカリンもいる。
階級によって色が違うローブを着ているのは神官たちで、白ローブは聖者または聖女だ。
コルク栓のようなものが付いた透明な小瓶を納めた木箱と、空き箱と大小の水桶が1つずつ、複数個所に置かれている。
それらの傍で、聖者または聖女1人と神官2人、3人1組で聖水作りをしていた。
「今日は見学だから、一緒にここで」
「OK」
翔の指示で、俺は隣に立って翔と神官の作業を眺める。
神官の1人は湖から小さい桶で水を汲み、大きい桶に注ぐ。
もう1人の神官が木箱から空き瓶を取り出し、大きい桶から柄杓のようなもので水を掬って小瓶に流し込み、栓をして翔に渡す。
それを受け取った翔は、小瓶に片手をかざして聖なる力を発動して小瓶の中の水に光を浴びせる。
聖なる光を浴びた水は、雲母のようなキラキラ光る粒を含むものに変化した。
それが聖水で、魔物を消滅させる力をもつもの。
水を聖水に変えると、翔が神官に小瓶を渡し、神官はそれを木箱に詰めていく。
「これを冒険者ギルドに渡す代わりに、ギルドは神殿に寄付をする。それが神殿の人々の生活に使われるんだ」
「なるほど」
ギブアンドテイクってやつだね。
ナーゴの神殿も、聖水や治療や蘇生でお布施を貰ってると聞いたことがある。
但し、それは猫人たちの場合。
俺やエカたちみたいな世界樹の民は、聖水なら世界樹の葉を水に浸せば作れるし、怪我や病気は世界樹の花の加工品(砂糖漬けや完全回復薬)があるし、蘇生は世界樹の花蜜の他に召喚獣(不死鳥)もいる。
そういや、俺の異空間倉庫、この世界には無い蘇生薬が売るほど入ってるぞ。
世界樹の花の砂糖漬けも常備してるし、完全回復薬もある。
聖水も持ってるけど、あっちのはアンテッド系魔物にしか使ってないな。
魔物は通常攻撃や魔法でも倒せるから、ナーゴでは聖水を使わない。
『ナーゴから持ってきた聖水って、こっちの魔物に効くかな?』
『聖なるものに属する力であることに変わりはないから、効くと思うよ』
『ってことは、エルティシア産の聖水も、ナーゴのアンテッドに効くかな?』
『効く筈だよ』
『魔王とか将軍クラスの魔族には効かない?』
『うん。試したことは無いけど。魔王とか魔将軍は爆裂魔法しか効かないんじゃないかな?』
翔に訊いてみたら、ナーゴとエルティシアの聖水は両方の世界で使えるらしい。
でも聖水で倒せないものは、どちらの世界のものを使っても倒せないみたいだよ。
聖水作りが終わった後、ギルドに届けに行く神官の手伝いに俺も同行した。
異空間倉庫に入れれば1人で運べるけど、規模のデカいのを持ってると知れたら驚かれそうなので、控え目に入れて運ぶことにした。
翔曰く、異空間倉庫の標準サイズは押し入れくらい。
俺のは転移者チートらしく無制限に近いので、そんなのバレたら大騒ぎだろう。
ギルドハウスへ聖水の納品に行ったついでに、俺はさりげなく掲示板を眺める。
掲示板に貼られた討伐系クエストの中には、フリー討伐といって数は定めずに討伐証明部位の数に合わせて報酬をくれるものがある。
その対象となるのは、猪や鹿など肉が得られる動物だ。
フリー討伐は受付嬢に受注手続きしてもらわなくても、肉や牙や角を提出すればいいのでギルドハウスを往復しなくて済む。
(これ良さそうだな。夕飯後にフリー討伐をやってみよう)
生息場所が街から近い森の動物が何か記憶して、俺は神殿に帰った。
神殿の夕食は野菜たっぷりクリームシチューに似たものと、表面パリッとしつつ中もっちり食感の平べったいパンというか、インド料理のナンみたいなやつ。
ナンはナーゴにもあり、あちらではスパイシーなインドカレーみたいなものと共に食べる。
俺は辛いのが苦手で、インドカレーには生クリーム(砂糖入れてない泡立てる前のもの)を入れて食べていた。
アサケ学園では福島さん担任クラスにインドカレーは鬼門だ。
インド人も裸足で逃げ出すレベルの鬼激辛カレーを食べさせられるハメになるからね。
クリームシチューは辛くないから、食べやすくていいな。
ところで……
「はいこれ。お肉も食べなきゃダメよ」
……って言いながら、俺のトレイに炙り焼きの骨付き肉を乗せる、そこの6歳聖女。
君はオカンか?
ラーナ神殿の食堂は、肉や魚を食べない菜食主義者が大半を占めるそうで、リクエストしないと肉も魚も出ない。
俺はカリンのおかげで、美味しいお肉にありつけた。
こんがり焼けた骨付き肉は予想外に柔らかく、フォークとナイフで簡単にほぐして食べられた。
使われている香草は、朝の焼き魚にも使われていたローズマリーっぽいもの。
この香草は、湖の近くに自生しているから簡単に手に入り、よく使われるらしい。
鶏肉っぽいこの肉、美味いな。
ギルドのフリー討伐クエストに載ってる鳥系の生き物だろうか。
食後に森へ行ったら探してみよう。