第30話:ラーナ神学校
エルティシア生活最初の夜が、問題なく過ぎた翌朝。
新居のベッドは快適だった。
国内で綿花に似た農作物の栽培が盛んだそうで、そこから採れる綿が使われている寝具は適度な弾力があって、なかなか寝心地がいい。
ぐっすり寝て気持ち良く目覚めた俺は、食堂へ朝食をとりに行った。
ラーナ神殿の食堂の朝ごはんは、野菜たっぷりスープとハードタイプのパン。
スープにパンを浸して食べる、ナーゴでもよくある朝食だ。
葉野菜と芋らしきものがゴロッと入った具だくさんのスープは、コンソメっぽい味で煮込んだ野菜の旨味たっぷり。
丸いパンは皮の硬さも味もフランスパンの仲間のブールに似ていて、硬い皮をちぎってスープに散らすとクルトンぽくなる。
肉系は無いけれど、どちらも良い香りがして食欲をそそり、味付けも濃すぎず薄すぎずちょうど良くて美味しかった。
この他に、リクエストすれば魚料理または肉料理も出してくれるんだけど、俺は初日なので知らなかった。
パンとスープを乗せたトレイを運んできて席に着いて、手を合わせて食前の祈り(昨夜習った)を小声で呟いた後、食べ始めた俺のトレイの上に姿焼きの魚が乗った皿が置かれた。
香草の香り漂う、洋風焼き魚だ。
「はいこれ。調理場に言えば付けてもらえるわ」
って言いながら、俺のトレイに焼き魚の皿を追加したのはカリン。
そのまま俺の隣の席に着いて、彼女も手を合わせて目を閉じると、感謝の祈りの言葉を呟く。
それから、食べ始める前にこちらを見て言う。
「子供は肉や魚も食べなきゃダメよ」
って、君はオカンか?
カリンは6歳だけど、同年代の他の子に比べて健康への関心が高いようだ。
彼女のトレイにも同じ料理が乗っているので、ついでに俺の分を貰ってきてくれたんだろう。
初日の俺が、リクエスト限定メニューを知らないことを予想しての行動っぽい。
「ありがとう」
俺は素直にお礼を言って、魚を美味しく頂いた。
6歳児コンビが仲良く食事をする様子を、近くの席で食事をしている神官たちがニコニコしながら眺めている。
翔は早朝に湖の定期的な浄化をしてすぐ食事を済ませると言っていたので、今はいない。
初めて食べるエルティシア産の魚は、ニジマスに似た魚形と体色をしていた。
背側はやや緑がかった銀色、腹側は白っぽく、体全体にソバカスみたいな細かい黒点が無数にある。
背側と腹側の間辺り、エラから尾びれにかけての体側部に赤から赤紫色の太い縦縞の模様が入っていて、その付近が虹色がかった綺麗な魚だ。
ラーナ神殿隣の【恵みの泉】と呼ばれる湖で獲れるそうで、獲れたてを焼くとパリパリの皮にふっくら白身の美味しい焼き魚になるよ。
塩とローズマリーに似た香草が使われている姿焼きは、スープとの相性もいい。
皮をスープに入れると香草の風味が加わり、味変わりを楽しめた。
「美味っ!」
姿焼きは出来れば串に刺したのをかぶりつきたいところだけど、お皿に乗っているのでお行儀よく、ナイフとフォークで頂く。
箸が欲しいところだけど、この世界にそんなもんは無かった。
ナイフとフォークの扱いは、ナーゴでの半年間生活で既に慣れている。
「あら、野生児なのにナイフとフォークの使い方が上手ね」
隣で上品にナイフとフォークを扱うカリンに、予想外だという感じで褒められた。
彼女の中での俺は、手づかみで魚を食うイメージだったんだろう。
野生児じゃなくても日本からエルティシア直行だったら、食べ方マナーが分からなくて困ったかも。
「父さんと母さんがまだ生きてた頃に習ったからね」
ということにしておこう。
それを聞いた直後、カリンが一瞬悲しそうな顔になった。
おそらく、彼女も孤児だから、共感したのかもしれない。
俺が孤児というのは、完全な嘘ではない。
両親の記憶はほとんどないから。
ナーゴでは両親と暮らしたのはたった1日だけ。
日本では3~4歳頃に父母が離婚してどちらも子供の養育を拒否、俺と妹は母方の祖母に育てられている。
朝食を済ませると、俺はカリンに連れられて神学校へ向かった。
昨日は鍵がかかっていて入れなかった建物内には、長机が並べられた教室がある。
教室は生徒の学力に合わせて分けられていて、俺は入学1年以内の生徒たちの中に加えられた。
クラスメイトは日本の小学1年生くらいの子供たちだ。
途中から生徒が増えるのはよくあることだそうで、彼らは俺に興味を示しつつも騒ぎ過ぎることはなかった。
このクラスで主に習うのは、この世界の歴史、文字の読み書き、簡単な足し算引き算。
文字は言語理解スキルで読めるし書ける、計算に至っては掛け算や割り算も出来る俺には今更な感じだけれど、エルティシアの歴史が学べたので行く意味はあった。
でも、先生に読み書き計算が出来ることを話したら、上のクラスに移るように言われたよ。
歴史なら本を読めばいいからとのことだった。
「文字が読めるなら、図書室にも行くといいわ」
放課後、カリンはそう言って、神学校の建物内にある図書室へ連れて行ってくれた。
そこはアサケ学園の図書館に比べたらゾウとネズミくらいの規模の差はあるけれど、子供が成人するまでに学ぶと役立つ情報や雑学が詰まった本を納めた部屋だった。
司書さんの話では、一般人は閲覧室での読書のみ、神殿関係者なら貸し出しも可能。
俺は早速、この世界の歴史と聖なる力についての本を数冊借りた。
図書室での俺が終始ゴキゲンで楽しそうにしていたからか、カリンも満足そうだ。
カリンも読書好きで、図書室の常連らしいよ。
案外気が合うかもしれない。




