第28話:ラーナ神殿
森の中で何体かの魔物を浄化した後。
特に問題は無さそうということで、翔と俺は試し狩りを終了した。
俺は攻撃魔法の適正は凡人並みだけど、聖なる力は魔法ではないので適正は関係無いらしい。
何かを護りたいとか、救いたいとか、そんな思いが源になるそうだよ。
俺の場合は、エカを護るという役割をナーゴの創造神から与えられている関係で、聖なる力は発動しやすくなっているみたいだ。
「次は神殿に行くよ」
聖なる力の使い方を学んだ後、俺は翔に案内されてラーナ神殿へ向かった。
物語の中で、【生き残った人々の最後の砦】とされていた場所と同じ名称だ。
行ってみると、本に書かれていたのと似たイメージの白亜の建物があった。
ギリシア建築に似た、円柱に支えられる建物は、柱や壁や天井に彫刻が施されている。
すれ違う神官たちが恭しく会釈して通るから、翔にとっては馴染みの場所で、それなりの地位があるのかな?
……っていうか翔、どこまで奥へ行くの?
一般人らしき人々が多い場所を通り抜け、翔はどんどん奥へ進んで行く。
誰も止めないし、驚きもしない。
やがて、立派な扉の前まで来た。
ここって、大神官とか法王とか、めちゃくちゃ地位の高い人がいる部屋じゃないか?
日本だと観音開きと呼ばれる両開きの開き戸、その前には護衛と思われる2人が立っている。
その護衛たちは翔に気付くと、丁寧に一礼して扉の前から左右に移動した。
護衛たちが驚いていないし、慣れた感じで通してくれるから、やはり翔は神殿に頻繁に来ているか、日常を過ごしている人なんだろう。
翔が扉をノックすると、中から壮年の男性らしき声で「どうぞ」と返事があった。
「お客さんを連れて来たよ」
敬語も無く言いながら扉を開けて入る翔。
その後について入った室内には、木製のアンティークなデザインの机と椅子と本棚があり、真っ白い髪と髭の老人が座っていた。
室内からは、用事が済んだらしい神官が、書類を抱えて出てくる。
老人は穏やかで品の良い雰囲気を漂わせつつ、翔と俺を迎えてくれた。
その老人が、この神殿で一番偉い人=ラーナ法王エルミアⅢ世。
地球でのローマ教皇に近い存在で、全世界のラーナ教徒の精神的指導者。
ラーナ王国は聖教国ともいい、ラーナ教の総本山で、地球にあるバチカン市国に似た国だ。
エルティシアではラーナ教を信じる民族が大半を占めており、この国は聖地とされているそうだよ。
法王は一般人が気軽に会えるような人ではない。
翔は、そんな人に敬語無しで接している。
「彼は、僕が以前住んでいたナーゴの住民だよ」
「おお、ショウ様が話しておられた、異世界からのお客様でしたか」
「はじめまして、イオといいます」
簡単に紹介されたから、俺も簡単に名前だけ名乗っておこう。
会話の様子から、翔は法王よりも上の地位にあるらしい。
ここで俺は、翔が聖なる力で魔物を消し去る聖者となっていることを教えられた。
薄い本の主人公の前世みたいな存在かな?
翔の聖なる力は特に強く、大聖者という法王以上の地位をもっているそうだよ。
神様だから、聖なる力が最強なのは当然だろうなと思ったりする。
自分が創った世界だから、護りたい思いの力は誰よりも強いかもしれない。
翔から法王には、俺も聖なる力を持つ事が伝えられた。
この世界の人間の中で、法王だけは翔が神様だと知っているらしい。
神殿の神官や侍女たちは翔を大聖者として認識しているけれど、一般人は式典などで正装した姿しか知らないので、翔が平民ぽい服装で街を歩いていても大聖者だとは分からない。
「イオはここに来る前に神界に寄って、聖なる力を得ている。聖水作りを手伝う代わりに、彼に居室を与えてくれるかい?」
「それはありがたい話ですな。空いている個室を提供しましょう」
翔の頼みを快諾した法王は、鈴を鳴らして侍女を呼んだ。
聖なる力を持つ者は、神官と同様に住まいを提供してもらえるらしい。
冒険者みたいに安宿暮らしかなと思っていたので、この待遇は嬉しい。
「メイリア、空いている神官室を1部屋、使える状態に整えてきてくれ」
「かしこまりました」
呼ばれた侍女メイリアさんは20代くらいかな?という感じの女性。
シスターみたいな修道服を着ていて、瞳は綺麗なグリーン、髪は隠れているので色や髪型は分からない。
基本のセッティングは済んでたのかな?
準備に向かってから数分後に、メイリアさんは完了の報告に戻って来た。
「お部屋の準備が整いました」
「よろしい。では彼を案内して差し上げなさい」
次の指示を受けたメイリアさんの案内で向かった部屋は、ベッドとクローゼットと机と椅子があるだけのシンプルな個室。
メイリアさんは部屋まで案内すると、一礼して去っていった。
掃除の行き届いた部屋は清潔感があり、大きな窓から光が入るので、用意されたランプを点灯しなくても昼間は充分明るい。
そこが、俺のエルティシア滞在中の居室になった。
「ここなら家賃も光熱費もかからないし、食事も出してくれるから安心してね」
翔が生活面の説明をしてくれた。
住むところとゴハンを提供してもらえるのなら、この世界の通貨をまだ持ってない俺の生活面で苦労は無さそうだ。
衣服はナーゴで着ているものを異空間倉庫に入れておけば、こちらでも使える。
今はこの世界では一文無しだけど、ギルドクエストをすればすぐ稼げるだろう。
「それで、俺も聖水作りを手伝えばいいのかな?」
「うん。神殿の隣にある恵みの泉に聖なる力を注いでくれたらOK」
【恵みの泉】は、薄い本にも登場している湖。
摩周湖みたいに透明度の高い清らかな水を湛える湖で、俺の部屋の窓からも見えた。
神殿での自分の役割を教えてもらったところで、窓の外が夕焼けてくる。
空が茜色に染まるけれど、太陽は一向に沈まない。
薄い本に書いてあったのと同じで、この地域は真夜中になっても薄明の状態が続く白夜なのかもしれない。