第25話:首都レンティス
「さあ、それじゃあラーナ王国へ行ってみようか」
そう言って片手を差し伸べる翔の足元に、現れる転移魔法陣。
翔に手を引かれて、俺はエルティシアのラーナ王国へ転移した。
エルティシアの大気は清浄で、ナーゴに近い。
多分、ナーゴの民が転移しても問題無く生活出来ると思うよ。
翔に連れられて、出た場所は都市の防壁外側に設置された転送陣の上。
付近には、人々が列を作って順番待ちをしている門があった。
「ここが首都レンティスだよ」
翔が言うた首都名は、薄い本の世界で聖者とされた人物のファミリーネームだ。
俺たちも列に並び、門番のチェックを受けて通行料を払い(俺の分は翔が払ってくれた)、門をくぐった。
都市は栄えているみたいだ。
店がたくさんあり、人も多くて、とても賑わっている。
果物や野菜や様々な食べ物を売る露店が多い。
『ねえ翔、この世界ってあの本の物語よりも後の時代?』
『うん。物語の千年後くらいをイメージしてくれたらいいよ』
通行人に聞かれないように、俺は念話で話しかけた。
この身体には召喚獣は付いていないけど、念話は使えた。
翔も念話で返してくる。
確か薄い本の中で主人公が念話を使ったりしていたから、俺にも出来るようにしてくれたんだろう。
この世界がいつ作られたのかはまだ聞いてないけど、薄い本の物語よりも後の時代らしい。
千年後か。それならこんな都市が出来ているだろうね。
あの本の世界では都市は失われ、人々はラーナ神殿を最後の砦としていた。
国名や都市名から、おそらくこの国がラーナ神殿ゆかりの地なんだろうな。
街の建物や雰囲気はファンタジー世界によくある、西洋の古い街並みに似ている。
『今は、もう黒髪黒目に対する偏見は無い?』
『うん、無いよ。僕がこうして歩いていても誰も怯えてないでしょ?』
すれ違う人々は、黒髪黒目の翔を見ても平然としている。
俺はといえば、西洋風の顔立ちで青髪碧眼だから、地元民の子供と思われそうなくらい溶け込んでいた。
『俺はこの姿で正解だな。目立たず普通に過ごせそう』
『世界樹の民と白き民は特徴が似ているから、君が街を歩いていても全く違和感が無いね』
レンティスの市街地で見かける人々は総じて細身で、整った容姿をしている。
行き交う人々は白い肌に様々な色彩の髪や瞳をしていて、世界樹の民に似ていた。
俺と同じ青い髪と瞳の人も見かけた。
違うのは、世界樹の里ならよく見かける召喚獣が1匹もいないこと。
俺の召喚獣ベノワもここにはいない。
ベノワは魂にくっついているので、俺の魂と一緒にナーゴに居残りだ。
『そうそう、タマがお土産リクエストしていた【アムルの実】はあの店に売ってるよ』
と言う翔に連れられて、行ってみたのは野菜や果物を売る露店。
山積みの様々な野菜は鮮度が良くて、果物も艶があって良い香りがする。
その中にあるアムルの実は、野球ボールサイズの赤く艶やかな果実だった。
「いらっしゃい」
「アムルの実、1カゴ下さい」
「はいどうぞ」
露店のおばちゃんは、黒髪黒目の翔を見ても特に驚く事は無く、普通に接している。
翔が言うように、偏見は無くなっているらしい。
本の世界のラストで、黒き民の血をひくキャラが、白き民と和解して共に生きる描写があった。
その後の時代という設定で作られたこの世界では、黒髪黒目は迫害されなくなっているんだろう。
「食べてみて」
籠盛りを買ったうちの1つを差し出して、翔が言う。
受け取った果実が甘い良い香りを漂わせていたので、俺は迷わずかぶりついた。
アムルの実は、果皮が甘酸っぱくてスモモっぽく、果肉はクリーミーな甘さの桃に似た果物だった。
夢中で食べる俺を、翔がニコニコしながら眺めている。
アムルの実、俺の大好物に追加だ。
『はい、これはタマにお土産。異空間倉庫に入れておいてね』
『異空間倉庫、こっちで使う用にコピーされたものだけど、どうやってナーゴに持って行くの?』
翔に渡されたアムルの実を収納して、俺は聞いてみた。
俺は精神体のみエルティシアに来ていて、肉体や装備は異空間倉庫の中身も含めて俺の本体(?)からコピーしたものだ。
ナーゴに帰る時はまた精神体だけになるから、こちらの物は持って行けない気がするけど。
『君がこちらで得た物は、装備もアイテムも全てナーゴ側の異空間倉庫に共有されるから大丈夫だよ』
『そういえば、そんな事を言ってたね』
生命の時を止めておけば、こちらの世界で得たもの全てを、向こう側にコピー出来る。
翔がそう言っていたのを思い出した。
『……で、俺はこの世界で何の仕事をすればいいのかな?』
そろそろ本題に入ろうと思い、俺は聞いてみた。
エルランティス様は居場所を提供すると言っていた。
けど、何もしないでブラブラしてるだけなら無意味だと俺は感じる。
『君は狩りに慣れてるから、この世界の冒険者として活動しながら、魔物退治をしてもらいたい』
『それなら慣れてるからすぐ出来るけど、俺を異世界転移させるほど必要な手伝い?』
『本の内容を思い出してみて。魔物は聖なる力でないと消せない。だから君には聖なる力を付与しておいたよ』
つまり、本の主人公みたいに魔物を浄化すればいいのか。
ゲームのプレイヤーにはよくある役目だから、理解しやすい。
『この世界の魔物は、僕の意志とは無関係に生まれてくる、ゲームでいうところのバグなんだ。ゲーム会社の人に分かりやすく説明すると、君にはデバッガーになってもらいたい』
翔は更に分かりやすい説明をしてくれた。
ファンタジー感が一気に薄まったけど。
聖者あらためデバッガー、エルティシアで頑張るよ。