第22話:幽体離脱
『では、心と記憶を抜き取ってもよいか?』
「はい」
神様の問いに応じた直後、精神体は肉体から引っ張り出された。
エカの腕の中に残った身体が、力を失って仰け反るのが見えた。
身体から抜け出た俺は、アズやルルやタマみたいな立体映像っぽい姿で空中に浮かぶ。
いわゆる、幽体離脱ってやつだな。
オカルト雑誌でよく読んでたから、なんとなくイメージ出来て、戸惑いは無かった。
で、見下ろすと抜け殻になった自分の身体が見えるんだけど、なんでエカたちは泣き出してるんだ?
俺が視えてないのかな?
ちょっと呼びかけてみるか。
俺はふわふわと空中を移動してエカに近付いてみた。
『ねえねえ、なんで泣いてるの?』
声が出せないから念話で話しかけてみる。
目を閉じて動かなくなってる俺の身体を抱き締めながら、号泣するエカ。
その両隣からソナとリヤン、召喚獣たちが覗き込んで、みんな泣いている。
彼らは俺の念話にハッと気付いて、一斉にこっちを見た。
どうやら姿は見えるっぽい。
「イオの馬鹿野郎っ!」
『へ?』
エカが泣きながら怒鳴る。
そんな泣いて怒られる事したかな?
「むやみに異世界転移するなって昨日言ったのに!」
『……あ』
うん、ごめん。
すっかり忘れてたよ。
『とりあえず、死んだりしないから大丈夫だよ』
「これ、息してないし心臓止まってるけど?」
「ねえ、蘇生出来ないよ?」
エカは半目になりながら、腕の中で仮死状態みたいになってる俺の身体を指差した。
ルビイが本来の大きさになって、エカごと俺を包んでみたものの、変化が無いので涙目でこっちを見てくる。
幽体離脱する前から呼吸も心臓も止まってたの、確認してたよね?
死んでないから、不死鳥の力でも蘇生は無理だと思うよ?
『イオは死んだわけではない。安心しなさい』
「【時の封印】は意識不明の間に身体が衰弱しないように生命の時を止める魔法なんだ。今のイオの身体は、時間が停止しているだけだよ」
『ほら、SFでよくあるコールドスリープみたいなもんだよ』
どう説明してあげたらいいか困っていたら、神様と翔が代わりに説明してくれた。
俺も地球の知識があれば理解出来そうな単語を出してみた。
エカとソナは、なんとなく理解した様子。
召喚獣たちは、主が思い浮かべたものが情報として入るから、理解したようだ。
この世界で生まれ育ったリヤンだけが、コールドスリープの知識が無くて困惑している。
『イオは短時間で帰ってくるのだ、悲しむことはない』
「そうそう、30分くらいで終わるから」
『ね? 短い用事らしいよ。だからちょっと落ち着いてよ』
神様も一緒に3人がかりでエカたちを宥める。
エカたちはまだ泣き顔だけど、多少は落ち着いたみたいだ。
後は、俺の身体を神様に預かってもらって、エカたちは帰宅だな。
『イオの身体は保管しておこう。世界樹の中に連れて来なさい』
「いえ、うちで預かります」
「え?」
ちょっと予想外。
精神がいない間、肉体を神様に預かってもらう予定だったけど、エカが手放そうとしない。
エカは眠った子供を抱くように、俺の抜け殻を縦抱きしながら立ち上がった。
そのまま家に連れて帰るつもりのようだ。
「世界樹は死んでから入る場所でしょう? イオは生きてるなら、私たちが預かります」
ソナまでそんな事を言う。
隣のリヤンとルビイも、一緒になってうんうんと頷いてるし。
「すぐ帰ってくるんですよね? なら、この身体に意識が戻るまで見守ります」
「世界樹の中に入れると、生きて戻らない気がして不安です」
この夫婦は、どうしてそこまで俺を心配するんだろう?
俺とはそんなに深い繋がりは無いよね?
身内の魂を宿す者だからって、そこまで過保護にならなくてもいいのに。
セレスト家の人々は他人だと割り切ってしまっている俺には、エカたちの心が理解出来なかった。
『と言っておるが、イオはどちらがいいのだ?』
神様は俺の意見を優先してくれるようで、そう問いかけてくる。
『完全回避は活きているゆえ、其方の身体が破損する事は無いぞ』
『じゃあ、エカたちに預かってもらいます』
なんでエカたちが預かりたがるのか疑問だけど。
俺は魂と肉体をエカたちに預けて、精神体だけでエルティシアに行く事にした。
『戻るまでよろしく。俺がいない間、身体にイタズラしないでね』
「あんまり帰りが遅かったら、顔に落書きしてやるよ」
「それよりも女の子の服を着せてお化粧する方がいいわ。似合いそうだし」
冗談交じりに言ったら、エカが冗談で返してきた。
ソナが冗談か本気が分からないことを言い出したぞ。
リヤンが横で苦笑するものの、止める気は無さそうだ。
ちょっと身体が心配な気がするけど。
エカとソナが、俺の身体で遊ぶ発想が出る程度には落ち着いたみたいで良かった。
『じゃ、行こうか』
そう言って翔が差し出す手に、俺は触れる事が出来た。
いつの間にか、翔も精神体だけの状態になり、会話も念話に変わっている。
その念話で、俺は以前見た青白い燐光を放つ人影が翔だったことに気付いた。