第19話:双子の差
「父さん、母さん、ただいま」
前世の記憶を全て取り戻したエカは、生前の姿になってセレスト家の扉を開けた。
燃えるような赤毛と真紅の瞳、背が高く細身で、睫毛の長いやや中性的な顔立ちの青年、それが転生前のエカ。
前世の妻子が住む家に案内された後、しばらくして帰ってきた彼は両親に喜びをもたらした。
「エカ! 前世を思い出したのか?!」
「戻ってきてくれたのね!」
ジャスさんとフィラさんは、そう言って涙を流した。
神様に与えられた役目を果たすために日本人に転生したエカ。
両親には、もう戻ってこれないものと思われていた。
エカに戻る前の現世は、別人のようだったけれど。
ソナが保管していた指輪、そこに残された記憶と心を体内に取り込んだ後、モチはエカに変わった。
モチは前世の心に身体を譲り渡し、意識の深層で眠りに就いている。
生前の姿そっくり、記憶もあり、性格も同じ者がそこにいる。
それは、エカを愛する家族への奇跡の贈り物。
大切な家族と再会し、ジャスさんとフィラさんは喜びの涙を流した。
抱き合う3人の、蚊帳の外にいるのは俺。
俺は6歳児の姿のまま、ポツンと佇んでいた。
「アズは? 前世の記憶は戻った?」
「ここで生まれ育った事は、思い出せたかい?」
ハッと気付いたフィラさんと、一緒に振り返るジャスさんが、俺に問いかける。
エカに奇跡が起きたなら、双子の弟のアズにも同じことが……そう思ったんだろう。
でも、俺は首を横に振った。
「アズールの霊は、アサギリ島に残るそうです」
それは、俺にはエカのような奇跡は無いことを意味する。
俺は真実を告げた。
「つまり、俺が彼の記憶と心を継承する事はありません」
「……そんな……」
俺の宣告に、夫婦はまた涙を流す。
今度は、絶望と哀しみの涙。
伝えた俺は、まるで患者の死を家族に告げる医者の気分だ。
嗚咽するフィラさんを抱き締めながら、ジャスさんも涙を流し続ける。
「……アズ……なんで戻らない……?」
その隣で、エカも呆然とした顔で涙を流していた。
双子の片割れを失った彼の哀しみが、いちばん大きかったのかもしれない。
家の中に、すすり泣く声だけが響いた。
「……ごめんな……俺だけが前世に戻って……」
その夜に子供部屋で一緒に寝たエカは、何度もそう言って泣き続けた。
部屋の中で2人きりになった際に、6歳児の姿になったのは俺への気遣いだろうか。
……エカが前世に戻れた事は、悪い事じゃない。
今ならそう言えるけど、あの時はそんな風に思う余裕は無かった。
だから何も言わずに黙っていた。
……ここには、いられない。
俺は心の中で呟く。
死んだ家族の幼少期にそっくりな子供なんて、辛くて見たくないだろう。
俺はここにいない方がいい。
そう考えた俺は、セレスト家を離れることにした。
この家族に必要なのは、前世の記憶と心。
見た目だけそっくりな他人なんか必要ない。
あの日、俺は真夜中にそっと家を出た。
「セレスト家の皆様へ」とだけ書いて、本文は白紙のままの紙とペンを机に置いて。
何を書けばいいのか思い浮かばなかった。
自分の中で考えがまとまらなかったから。
『ベノワ、アサギリ島へ連れてって』
静まり返った家の外、俺は念話で召喚獣ベノワを呼んだ。
ベノワは俺の心の内を知っているので、何も言わずに俺を乗せてアサギリ島へ向かった。
それからずっと、独りで生活している。
あれからもう1ヶ月以上が経った。
俺は独り暮らしに慣れて、異世界ライフをそれなりに楽しんでたんだけど。
そんな頃に同意も無しに違う世界へ連れ去られて、挙句の果てに死にかけるってどういうこと?
「今日は、真夜中に抜け出すとか無しだぞ」
「脱走しないから、エカは嫁さんと寝ろよ」
念押しするエカは、俺と一緒に布団に入っている。
また逃げると思ってるエカは、俺をぬいぐるみか抱き枕みたいに抱いて横になっていた。
双子だから幼少期はアズと寝ていたそうで、添い寝に抵抗は無いらしい。
しかし今のエカは20代くらいの青年の姿、俺は6歳児の姿だから双子には見えない。
エカはあの時みたいに6歳児に戻ることはせず、大人の姿で寄り添っている。
どちらかというと父親と息子のように見えるよ。
そんなエカの息子は成人していて、そっちの方が双子みたいに見えた。
「たまには兄弟で寝たっていいだろ」
「俺は……」
……兄弟じゃない、と言いかけて、やめた。
チラリと見るベッドサイドの小さなテーブルには、完全回復薬の小瓶が置いてある。
エカは瀕死の俺を助けてくれた。
あそこに置いてある薬は、万が一俺がまた死にかけたら飲ませる為に置かれている。
「……で。なんでルビイまで添い寝してるの?」
「心配だからに決まってるじゃない」
うっかり死んだ時には蘇生すると言って、鳩サイズになったルビイが枕元にいる。
不死鳥ならエカがフラムを連れてるから間に合ってる気がするよ。
ルビイも過保護スイッチが入ったか?
それにしても、あの謎の力はなんだったんだろう?
次の修行の時に、アチャラ様に聞いてみよう。
あれ? そういや今日は修行してないぞ。
「あ、今日の剣術修行を忘れてた。ちょっと行ってきてもいい?」
「……まて」
ふと思い出して起き上がろうとしたら、エカにガッチリ捕まえられた。
「……お前な……、今日くらい安静にしなきゃとか思わないか?」
「え? いやもう元気だし……」
「駄目だ」
エカは俺をしっかり抱え込んで放してくれない。
結局、その日の剣術修行は休まされた。




