さよならの予感
部屋に戻ったソニアはベットの上でうつ伏せになった。ジェラルドの幸せを願って彼が幸せならそれで良いと何度も思ったのに、いざ現実を突きつけられると崩れ落ちそうになりほど悲しいだなんて。息をするのがこんなに辛いなんて。こんな矛盾した感情が私の中にあるなんて。諦めると決めたのに行ったり来たりの気持ちと感情に振り回されて。こんなに優柔不断な人間だったの?生贄になると決めた時だってこんなに迷ったりしなかった。百一年も経って初めて知る矛盾だらけのこの感情が人を愛する感情だとは。何も知らずに眠っていた時と今とどちらが幸せなんだろう。私は何のために生まれて眠ってそして今ここにいるんだろう。誰かに愛されたこともなく、これからもずっと一人で眠り続ける運命をどうして私は受け入れなきゃいけないのだろう。「あーだめ!ソニア考えちゃだめ。こんな時は眠るに限る!」ソニアは考えるのをやめた。どうせ受け入れなきゃいけない運命だ。深く考えたら悲しくて絶望して、でも死ぬこともさえ出来ない。だから前向き前向き。心で呟きながらベットの上でゴロゴロした。眠ってしまえば忘れる。
「ウッ、、」急に気分が悪くなり少しでも動くと頭が割れそうなほど痛くなった。この間隔短くなっている?とにかくベットの上で動かずギュっと目を閉じて痛みに耐えた。五分ほどで痛みは落ち着いたが、それから頻繁に発作のような痛みが起こるようになった。それが始まると痛みのあまり動けなくなってしまう。どんな時に起こるのかわからず人に気付かれたくないソニアはあまり部屋から出なくなった。専属のメイドだけがその状況を知っているが口止めをした。絶対にジェラルドには言わないでと何度も何度も頼んだ。メイドはソニアの必死な姿に泣きながら頷きソニアを抱きしめた。ソニアはそのメイドの優しさに感謝をした。そして久しぶりに抱きしめられる暖かさに安心感を覚えた。メイドの名はアニエスと言った。昔、世話になった乳母と同じ名前だった。
ソニアは吐くほどの頭痛と共に百一年前の記憶を断片的に取り戻しつつあった。時々どっちが現実かわからなくなる時もある。ソニアの意識は混濁してきた。ジェラルドはあの日以来会っていない。ソニアから会いに行く事は出来ないし、今は婚約、結婚に向けて多忙な日々を送って居る。ソニアはそれで良いと思った。自分の体の不安がある今は会わない方が良い。それに今さらジェラルドに会っても、何かが変わる訳では無い。これが、この状況がソニアが起こされた理由でありその使命を全うしもうソニアの存在の意義はこの世界には何一つないのだ。だからジェラルドがここに来る必要はもう無い。
「今日は月が出ないので星が綺麗に見えるわ」ソニアは夜満天の星を見るためにテラスに出て星を眺めていた。「あ、流れ星!願い事言わないと!でも間に合いそうにない!あー消えちゃった。あ、アニエス、私が子供の頃の事覚えてる?流れ星消えちゃったって泣いたらソニア様今は見えないけれど星はまだ流れていますって慰めてくれたわね。沢山の願い事をしたけどでも、何一つ叶わなかったな。」「ソニア様、、」「あ、また記憶が混ざっちゃった?あなたは乳母のアニエスじゃなかったわね。またおかしくなっちゃったゴメン、アニエス」ソニアは振り返りながらアニエスに謝った。しかしながらその場にいたのはジェラルドだった。ソニアは目を見開いた。今の話、、聞かれた?あ、でももう私のことはジェラルドには関係ない事。そう考え直し笑顔で「ジェラルド久しぶりね」と笑いかけた。ジェラルドは険しい顔をしソニアを見つめている。「ソニア、いつからだ?」ジェラルドは言った。「ジェラルド?何のこと?怖い顔してどうしたの?」ソニアはジェラルドに言った。「ソニア、いつから思い出したんだ?自分の過去の記憶を」ジェラルドは笑っていない。ソニアはなぜジェラルドがそんな事を聞くのかわからなかった。「うーん、少し前からかな。時々過去と今と混乱しちゃってハハハ」そう言って笑った。ジェラルドは笑っていない。「ジェラルドどうしたの?なぜここに?」笑わないジェラルドにどう対応して良いのかわからずソニアは話題をかえた。それに私は自分の事を話したくない。
「ソニア、なかなか顔を出せなかったから、ようやく今日来れたんだ。だけどソニアの様子がどこか変わっていて」「ジェラルド!心配しないでよ!私は元気ですし、昔のこと少し思い出せるほど余裕が出てきました。そんな顔しないでよ、ね」私はテンションを上げてジェラルドに答えた。ジェラルドはソニアの目の前まで歩いてきた。心配そうな表情を浮かべそっと手を伸ばしソニアに触れようとした。「ジェラルド、結婚を控えている皇帝が未婚の百十九歳に触れてはいけません!私はびっくりして死んじゃいますよ!」と笑いながら後ろにピョンと飛んで逃げた。「あと、こんな夜に訪ねて来たら誤解されてちゃうからこれもバツです!!お年寄りの言う事聞きなさい!」と言ってドアの方に移動しドアを開けてジェラルドがここから出てゆくように誘導した。ジェラルドはため息をついて「わかった。」と言って出て行った。
ソニアはドアを閉めそこにもたれかかり静かに目を閉じた。ジェラルド!来てくれた。会いたかった。心配してくれた。触れようとしてくれた。でも、もう今は動き出した宿命を全うしなければ。ソニアはジェラルドを求め震える心を整えていた。私は百一年ぶりに起きた時から涙を流す事が出来なくなっていた。本当は沢山泣きたかったけどそれが出来ない。押し込められた感情は涙という出口があるのに私にはそれがない。苦しみや悲しみは全て心に刻まれるのだ。苦しくて切なくてもうこれ以上耐えられそうに無い。ソニアは顔を両手で覆った。
「ウッ、」急に気分が悪くなった。またあの発作のような頭痛に見舞われ倒れそうになった。「ソニア様!」異変に気がついたアニエスはすぐにソニアをベットに連れてゆき寝かせた。ソニアは痛みを堪えながらジェラルドの前じゃなくてよかったと目を瞑った。
ジェラルド。あなたが大好きです。誰よりも大切に思っています。
早く楽になりたい。
翌日ジェラルドからの使いが来た。明後日お茶会を開くので参加をお願いするという伝言だ。いつまでに返事をしたら良いのかと聞いた。このところ発作が頻繁に起こり不安がある。しかし今すぐに返事が欲しいと言われた。先のことは分からない。断ろう。ソニアは言った。「今回は急なお誘いですから遠慮いたします。」そう伝えるが「ソニア様、大変申し訳ございません、強制です。」と言われた。それなら聞かないでよ!と思ったが自分の体調に不安がある。仕方がない。「少しだけなら出席します」と伝え帰ってもらった。「ソニア様、私がお供いたします。万が一の時も私がソニアさまを誘導いたしますのでご安心下さい」アニエスはソニアの手を握り言った。「アニエス、ありがとう、ご迷惑をおかけいたします。お願いしますね」そう言って出来るだけ体調を整えるため横になる時間を増やした。
お茶会当日、レオナルドもフローエン帝国に来ていた。ジェラルドとルアーナは参加している貴族達に挨拶をしている。ソニアは少し遅れて会場に入った。出来るだけ目立たぬようにそっと有力貴族たちが座っている席から一番遠いすぐに会場から出て行ける席に着いた。出来るだけ目立たぬように静かに座っていたがなぜかレオナルドに見つかってしまった。「ソニア令嬢!!随分久しぶりだ!」レオナルドはそう言ってソニアの手を取り手の甲にキスをし笑顔でソニアを見つめた。ソニアも立ち上がり挨拶をした。「レオナルド陛下大変ご無沙汰をしておりました。沢山のお花のお礼もお伝えできず申し訳ありません。陛下がお元気そうで嬉しく思います」そう言ってソニアは微笑んだ。だがその時に急に気分が悪くなりふらついた。