Sanctoress〜幼い悪魔を使い魔にした私は聖女の再来と呼ばれるようになりました〜
「聖なる言葉!」
神聖言語での詠唱を終え、力ある言葉を解き放つ。すると私の周りに無数の大きな神聖文字が浮かび上がった。それは一つ一つが強力な魔を打ち払う聖なる言葉。その言葉が私を中心にして上下左右全方位に広がっていく。人を素通りしてオーガだろうがトロルだろうがグリフォンであってさえもこの言葉の前にはその身を焼かれて浄化され、その血肉ですらも残さず魔石のみを残して消え去っていく。
街の外壁付近にいた魔物はこの一撃で全滅である。素材が取れないなどの苦情は聞かないよ。そんな場合じゃないでしょ、魔物の大群が押し寄せているのに。
「ご主人様、向うにひと際強い力を感じるのです」
キャトルが私に敵の首魁の位置を告げる。この魔物の集団を扇動したのはそいつか?
だとしたら絶対許さない。そいつが意図したかどうかなど関係ない。単に最悪のタイミングだっただけかもしれないが、そいつがきっかけで私は投獄されたのだ。そいつを倒しても私の疑いは晴れるかどうかは賭けだ。まずはそいつを人の見ている前で倒さないといけない。
「行くよキャトル!」
私は聖衣のスキルで生み出していた白い翼をはためかせ、空へと舞い上がる。
「あれは天使か?」
「神の使いに違いない」
天使?
神の使い?
ずいぶん持ち上げられたものよね。私の名はマレフィカ=アマーレ。罪人だ。罪状は悪魔と通じた疑いと脱獄かなぁ……。
まぁ確かにキャトルは幼いけど魔族だし脱獄したのは事実だけどね。でも悪魔と通じた罪は悪意を持った共謀や害意ある行動が伴わない限り対象にならないはずなのに。つまり冤罪なんだってば。
だから私は戦わなければならない。自らの無実を証明するためにも。
◇◇◇◇◇
「ない……」
今日はクルトレス・サンクトルムの入隊試験の合格発表の日だ。身体の小さい私はなんとか潜り込んで掲示板の前まで来て自分の番号を探した。でもそこに私の番号はなく、その場にしゃがみ込んでうなだれる。
「邪魔だよ」
うわ、傷心の乙女に言うセリフがそれですか。デリカシーのない奴め。きっとモテないに違いない。まぁ、でも確かに邪魔だよね。
私は立ち上がると、気落ちしたまま群衆をかき分けて不合格窓口に並ぶ。親切なことにこの不合格窓口では個人の評価表を受け取り、来年の試験のためのアドバイスをもらうことができるのだ。なんでもより良い戦力を生むための取り組みらしい。
私は窓口で評価表の入った封書を受け取ると冒険者ギルドへと向かった。
冒険者ギルドでは酒場も併設されており、情報収集や仲間を募ったりするなど、その利便性は高い。私はというと、ぼろくそに書かれた評価表とにらめっこしながらヤケジュースだよ。16なのでお酒も飲めるけど、酔い潰れてお持ち帰りとかされたくないし。ほら、私って小柄な体に不釣り合いなほど胸大きいからねぇ。自慢じゃないけどこのストロベリーブロンドの長い髪と愛らしい顔立ちもあって露店のおっちゃんとから「マレフィカちゃんかわいいからオマケしちゃうよ」と串焼きを一本もらったこともあるのだ。
……お願い何も言わないで。
しかしこの評価表、マジでボロクソに書かれていて泣ける。
マレフィカ=アマーレ 評価表
魔力 D 魔術技能総合 S 魔法戦闘評価 C 近接戦闘評価 F 体力評価 E
座学評価 100/100 実戦評価 45/100 総合評価:不合格
総評:魔術の技能や知識には目を見張るものがありますが、基礎能力の低さが目立ちます。特に小さい体ゆえの体力的な弱さと格闘技能の低さは致命的と言えるでしょう。とても戦闘に向いているとは言えません。実戦部隊ではなく内部の情報整理や分析部門での試験をお勧めします。
「向いてない、か……」
評価表クシャッと目の前で潰すと目頭が熱くなり視界がにじむ。潰した評価表にぽつぽつと涙がこぼれた。
向いていない。
その一言が重くのしかかり、私の小さな夢への道が閉ざされたのだと思い知らされる。私ももう16だ。男ならまだ伸びる背も女の身では望み薄だろう。今から顔一つ分も背が伸びるわけがない。
「うあああぁぁぁぁ……」
こんなところで泣くのはみっともないとわかってはいる。でも押し寄せる負の感情に抗うことすら許されず、涙腺の壁など容易く粉砕されてしまった。
嗚咽を漏らし、テーブルに突っ伏してみっともないほど泣きわめいてしまう。いっそ消えたい。
「おい、あれマレフィカだろ? どうしたんだ?」
「ほら、今日はクルトレスの…」
周りの憐れむ声が耳に入る。違う。私は同情なんて欲しくない。冒険者ギルドで評価表なんて見るんじゃなかった。
「おいマレフィカ」
今度はすぐ近くか。知っている声だ。私は顔を上げる。
「アルマじゃない」
そこにいたのは冒険者仲間のアルマだった。歳は私より一回り程上で背も高くガタイのいい魔導戦士だ。無精ひげが残念だけど顔は悪くない。お互いソロということでたまに組んで依頼を受けたり狩りに出たりと仲はいいのかもしれない。とりあえず涙は拭こう。みっともない。
「その様子だと落ちたようだな」
「うっさい」
「俺は受かったけどな」
「いいなぁ…」
アルマは私にないものをたくさん持っている。恵まれた身体、優秀な使い魔に高い魔力と固有スキルまで持ち、高い戦闘力を誇る。マレンディスカという7年前に滅んだ国の出身らしい。なんで今になってクルトレスに入る気になったのやら。
彼は私の向かいに座ると店員にぶどうジュースを頼む。さすがに落ち込んでいる私の前で酒は飲まないよね。
「まぁ来年また受ければいいじゃねぇか。これでも俺はお前を評価しているんだぜ?」
「無理よ。実戦には向いてないってさ」
「なら内勤の仕事に就けばいいだろ。給料もいいし危険も少ない。お前さんの頭脳だって活かせるだろ」
「確かにそうだけどさ、そこに私のやりたいことはないから」
アルマの言うこともわかるよ。確かに私は実戦には向いていないかもしれない。でもそんな簡単に割り切れるものじゃない。
私はふてくされたように頬杖をつき、ふぅと一つため息をつく。
「なんでそんなに実戦部隊にこだわるんだ?」
「小さい頃にさ、読んだことない? 聖女アナスタシアの物語」
「あるよ。有名だからな、知らない方がおかしいだろう」
聖女アナスタシアの物語を知らない者はいないよね。伝説の聖女は元々ただの村娘に過ぎなかった。それが神霊に選ばれ、神の眷属の祝福を得て魔族の女王ウテロを滅ぼし多くの国を魔族の手から救ったという。
その聖女の弟子フィリアが彼女の意志を受け継ぎ設立されたのが、クルトレス・サンクトルム。その組織の名は神聖言語で聖女を慕う者たちって意味なんだよね。子供心に初めてその物語に触れたとき、私は聖女アナスタシアに憧れ彼女のような世界を救う英雄を目指すようになったのだ。まぁ私にその資格がなかったのは残念だけど。
「男が英雄に憧れるように、女の子だって聖女に憧れるものなのよ」
「なるほどねぇ。女でもそんなもんなのか」
「そうよ。私の父は魔導士だったし、私の名前だって神聖言語だと魔術って意味だしね」
「名前負けしているな、それは」
「そんなのわかってるわよ」
そのせいで魔法学園在学中どれだけ馬鹿にされたか。平民は私だけだったせいか当たりがきつかったなぁ。試験受かっていれば見返してやれたんだけど。
しかし面と向かって名前負けと言われるとそれはそれで悔しい。私はすねるように頬を膨らませそっぽを向く。
「ま、どう生きるかは自分で決めろ。冒険者を続けて力をつけ、高ランクに到達できれば英雄にだってなれる。クルトレスだけがお前の夢の場所じゃねぇだろ?」
話している内にぶどうジュースが来た。アルマは私を元気づけるとクイと喉を鳴らして飲み、二カッと笑って見せた。
「なるほど、それもありか」
確かに第1等級まで昇りつめれば英雄だろう。なにせ世界に三人しかいないのだ。そういえばアルマは第2等級だったっけ。等級は8~1まであるが私は第5だ。5なら一人前である。学生時代からコツコツ頑張って上げたのだ。生活のために。
「まぁそういうことだ。気晴らしに狩りでも行くか。俺も合格しちまったからお前さんと組めるのも後半月ほどだしな」
「そうね、組むにはいい相手だったんだけど残念だわ」
私の知る冒険者でアルマほど頼りになる前衛はいない。気を使わなくていいし、お互い恋愛感情を持つこともない気楽な相手だったんだけどね。
「冒険者に本腰を入れるならどこかのパーティーに入れてもらえ。お前ならどこででも上手くやっていけるだろ」
「考えとく」
アルマも私もジュースを飲み干すと立ち上がる。ここから一番近い狩場はリーアムの森かな。奥まで行くとそれなりにお金になる魔物もいるから自分のレベルに合わせて狩りができるのがいい。
「とりあえずオーガの魔石10個くらい?」
「いや、もっと大物がいいな。オーガ程度じゃつまらん。コカトリスくらいは狩ろうぜ」
「オッケー」
くよくよしてもしょうがない。身体を動かせば少しは気が晴れるでしょ。私はアルマと一緒にギルドを出てリーアムの森へと向かった。
リーアムの森の中は木漏れ日が差し込み、森林特有の澄んだ空気が気持ちよかった。魔物も多く生息するが、小動物も多くて小鳥のさえずりさえ聞こえてくる。小鳥の歌はいい。落ち込んだ気分すらも優しく包み込んで澄み切った空気の中へと溶かしてくれそうだ。
「とりあえず奥に行こう。奥の泉辺りならたまにグリフォンだって出てくるからな」
「そうね。当分大物は難しくなるから、今のうちに稼いでおきたいかな」
コカトリスやグリフォンともなるとさすがに私一人では勝てない。単純に火力が足りないのだ。アルマが私と組んでいてくれているうちに稼がないと。
リーアムの森にはポーションの材料となる薬草も多く自生しており、時々駆け出しの冒険者たちともすれ違う。森の浅いところでは滅多に魔物も出ないため割と人が多いのだ。
だいたい20分も歩けば森の空気感も変わってくる。小鳥のさえずりも聞こえなくなり、漂う風が木々を揺らす音にも自然と神経が向かうようになるほどだ。
「オーガよ! オーガがいるわ!」
突然アルマのリュックから声が響くと、その隙間から妖精が飛び出す。いや、妖精ではないか。小さいなりをしているが、これでも精霊、しかも雷の精霊というから驚きだ。使い魔の証、白い首輪もちゃんと付けている。
「フルグル、何体だ?」
「三体よ! こっちに近づいてくるわ!」
「ならここで迎え撃つか」
フルグルはアルマの使い魔で稲妻という意味だ。使い魔持ちの魔導士ですら珍しいのにアルマは中位精霊を使役している。その精霊の加護もあり固有スキルを持っているのだから火力は私など足元にも及ばない。私にも使い魔がいれば可能性はあるのだろうか?
「来るわ!」
フルグルの指さした方向にオーガがいた。木々の間を抜けながら、道など知るかと草花を踏みつけて近づいてくる。その数三体。横一列に並んでいるが関係ない。オーガみたいな脳筋は行動パターンも読みやすく、離れた位置から相対する分には脅威にならないからね。
「防御」
短い詠唱を終え、まずは防御壁を作る。身体の大きい弊害でオーガは足元にあまり目がいかないという特徴がある。その分遠くに目が行くけど相対すればそれはアドバンテージにはならない。そして作り出した壁は小さいが、私は一度に複数の壁を遠方にさえも作ることができる。これは分散発動と遠隔発動という高等技術で高い魔力制御と想像力が要求される。
突如現れた魔法の壁がオーガの顔面にぶつかり、先頭のオーガがよろめく。そうなると踏ん張るために後ろに足を下ろすよね。でも残念、別の壁でオーガの右足首の動きを阻害してやるのだ。するとオーガは後ろに倒れる。そして倒れる先にはもう一つ壁が設置済み。私の低い魔力でもこの壁は硬く鋭い。そんなものを自重のある背の高いオーガが倒れ、首にぶつけるとどうなるか。
オーガの倒れたところから血が吹き出るのが見えた。うまいこと首に深手を負わせられたみたいね。そして他のオーガの注意が倒れたオーガに向く。大きい耳だよねぇ。耳の穴なんて私の握りこぶしより大きいんじゃないかな。
「氷針」
またも遠隔分は発動。威力は落ちるが問題はない。細く長い氷の針2つ現れ、それぞれがオーガの耳を貫く。鼓膜を破られた瞬間は身体のバランスを保つのが難しくなる。後はアルマが仕留めてくれる。オーガはあまりの痛みと鼓膜をやられたことでしゃがみ込み、叫び声をあげた。立って歩けば転ぶからね。
「相変わらずえぐいよな」
そう言いつつ剣を抜いてオーガに迫る。アルマの持つ剣はエンハンスソードと呼ばれる自らの魔力を込めて扱う武器だ。その雷撃を剣に纏わせてオーガを斬りつけると感電。痺れたところで首を貫き仕留める。もう一体もまともに対応などできようもなく、あっさりと感電から首への一撃でその命を散らした。倒れているオーガは私が複数の魔法の壁で首と頭、肩、肘の前面をロックしてあるので起き上がることはできない。それどころか魔法の壁で頭を覆い尽くしてある。
「水創」
「凍結」
そうすれば顔を水で満たし、凍らせて窒息死させるだけである。火力がないので工夫と技術で戦うしかない。火力があればそれこそ一撃だから、こんなまどろっこしい手順を踏まなくて済むんだけどね。
オーガもじたばたともがいているが、打つ手もなくやがて動かなくなった。
「よし、お疲れ。魔石とろうぜ」
「おっけーい」
私はナイフを取り出してオーガに近づき、胸を切り開く。オーガの筋肉は硬い。ミスリルのナイフでも穿り出すのは非力な私には結構な重労働なのよね。一体から取り出すのに実に20分かかったと言えばその大変さもわかってもらえると思う。アルマは私が一体終わる前に2体とも取り出しが終わったようだ。
遺体に関しては処理のしようがないので放置するよ。3体くらいなら動物や魔物の餌になるから問題ない。あんまり多いと疫病の原因になったりするので、そんなときはギルドに報告が必要になるけどね。
オーガを倒した後も奥へと進む。目的の泉には着いたのだが魔物がいる気配はない。うーん、水場だと大抵何かいるんだけど今回ははずれかな。一応水の中にも魔物はいるけど、厄介な割にお金にならないので魅力がないのよね。
「いないね。ちょっと辺りを探してみましょ」
「そうだな」
とりあえず辺りを散策だ。コカトリスくらいいればいいのに。と適当に歩き回っていたら洞穴を見つけた。こんなところに洞穴かぁ。何かいるかもしれない。
「ね、あそこ入ってみない?」
「洞穴か。おもしろそうだな」
アルマも乗り気だ。よし、行くか。
期待を胸に洞穴を覗く。中は意外と広く、なにやら生活感がある。中へ入ると木の幹をくり抜いて作られた木製の桶には水が溜まっており、その横に足場となる石も置かれている。その隣にも部屋があり中を覗いた。
「イシュタリス様の神像…?」
どんな職人が作ったのか、精巧な石のイシュタリス様の神像があり、お供え物が置かれている。お供え物は果実だけど、腐ってもいないし虫もたかっていない。つまり最近用意されたものということか。誰か住んでいる?
「誰か暮らしているのかもな。神像置いてあるくらいだから敬虔なデアルクス教信者か」
デアルクス教とは女神イシュタリス様を主神とした宗教だ。この大陸唯一の宗教と言っていいかもしれない。
「強い気配がするよ。みんな隠れて!」
「なに?」
フルグルが危険を伝える。ここの住人とは限らないしここは隠れて様子見かな。
言われるままさらに奥の部屋へ移る。しかし隠れるところはなさそうだ。なんにもない。
「来たわ! ちょっと待って、この魔力はやばいわ…」
フルグルは精霊だけに人とは比べ物にならないほどの魔力を持っているはず。私では感じられないけど、そのフルグルがやばいと表現するなんてどんな化け物よ!
警戒して奥から様子を窺っていると、入ってきたのは小さな子供だ。確認できたのは蝙蝠の羽と白い装束。小さな角が2本と顔に紋様があるようだが暗くて色がわからない。この特徴で該当するのはデモノイドと呼ばれる人型悪魔か。最悪だ、見つかれば命はないかもしれない。
アルマもフルグルも息を殺してこちらに来ないことを祈っている。私も悪魔だと知ってから死の予感が張り付いて冷汗が止まらなかった。
私のせいだ。私が洞穴に興味なんて持たなければ…!
その幼い悪魔はテトテトと肩を落として俯いて歩いている。そしてちょこんと神像の前に座ると手を合わせて祈り始めた…?
悪魔がイシュタリス様を崇拝するなど聞いたことがない。というより人型悪魔に会うこと自体が相当珍しいんだけど。
「イシュタリス様、さっき人間たちの街に行ってみました。でも物凄く怖がられて攻撃されてしまったのです」
幼い悪魔の横顔はとてもかわいらしかった。薄明りで赤い紋様も見て取れる。デモノイドの顔の紋様は位を現しているらしいが、赤など聞いたことがないし本にも載っていなっかたはず。一番下が黄色で緑、青、紫、黒のはずだ。
「僕も話せる相手が欲しいのです。イシュタリス様、どうか僕にお導きを与えてくださいなのです」
話せる相手が欲しいなんて、この子は人間と仲良くしたいのかな?
それを信じるのならこれはチャンスかもしれない。神を敬う悪魔なら可能性は期待できる。使い魔契約を結べばそれこそ相当強い加護だって期待できる。絶たれたと思っていた夢を再び追えるかもしれない。
欲しい。あの子を使い魔に欲しい!
あの幼い悪魔がイシュタリス様に祈るのを見て恐怖感も大分和らいだ。それでも手の平の汗がすごいんだけど。
「おい、お前とんでもないこと考えていないか?」
「なんでこの状況で笑っているのよ」
アルマとフルグルが小さく声をかける。ああ、そうか。私は笑っているのか。そうだろうそうだろう、なにせ目の前に私の欲しかったものがあるのだ。
行け! 動け私!
目の前のチャンスを逃せば絶対後悔する!
「お、おいよせ、やめろ」
アルマが止めるのも聞かず私は動く。大丈夫だ、きっと大丈夫だ。
「あの…!」
後ろでアルマの「あちゃ~」と嘆く声が聞こえたが知らん。動いた以上引き返す選択肢なんてあるわけないし。
「おお、人間です! 人間がいるのです!」
幼い悪魔は私を見てびっくりしていたが、すぐにテトテトとこちらに走って来た。うん、なんかかわいいぞこの子。
私は迎え入れるようにしゃがんで手を広げる。幼い悪魔は私の前で止まり、顔を見上げる。珍しそうに小さく口を開けている姿がなんとも愛らしかった。そのままその子を捕まえて抱きかかえて立ち上がる。この抱き心地、たまらん。
「こんにちは。私はマレフィカだよ」
抱きかかえたままその子の目を見て名前を伝える。するとぱぁっと無邪気な笑顔を見せた。
「初めまして。僕は名無しの悪魔なのです。おねぇさんは僕が怖くないのですか?」
「うん、怖くないよ。ねぇ、話し相手が欲しいの?」
「聞いていたのですか。僕一人では寂しいのです」
「見事なイシュタリス様の像だね。あなたが作ったの?」
「はいなのです。岩を削って作ったのです」
「じゃあ君は人間には敵対していないの?」
聞きたいことはたくさんあるけど、今は置いておこう。今確認すべきはこの子が人類の敵かどうかだ。
「敵対するメリットがないのです」
「本当? じゃあ私が話し相手になってあげる。その代わり、私の使い魔になってくれる?」
この子は好戦的じゃないみたいね。ならば、と私は早速交渉に入る。精霊などの場合難題を出されることもあるらしいが、この子はどうだろう。
「僕のご主人様になってくれるですか?」
幼い悪魔が私の瞳を覗き込む。なんか照れるね。
「そうだよ」
「うん、おねぇさんなら大丈夫なのです」
「そう? ありがと」
なにか資格が必要だったのだろうか?
今度聞いてみよう。なんにせよ交渉成立したようなので安心したよ。幼い悪魔の額に私の額をこつんと合わせ、礼を述べる。ニコニコしていて可愛らしい笑顔だ。
「お、おい、大丈夫なのか?」
隠れて見ていたであろうアルマが声をかける。表情が硬いなぁ、無理もないけど。
「大丈夫だよ。使い魔になってくれるって」
「は?」
あぁ、話は聞こえていなかったのね。安心感も混ざってか渇いた笑いを浮かべている。
「だからぁ、この子は私の使い魔になるの」
「まじか。悪魔を使い魔にして大丈夫なのか?」
「前例はあるのよ? 少ないだけ」
そう、前例はある。かなり昔の話だけど、クルトレス・サンクトルムに所属していた記録だってあるのよね。それもあって処罰対象は人に害を為すために悪魔と契約した者とされている。私にそんな気は毛頭ない。
「じゃあ早速契約しましょうか」
「はいです」
幼い悪魔が元気よく返事すると私はその子を下におろす。そして使い魔契約に入った。可愛い名前を付けてあげたいけど何がいいかな。仔犬みたいにかわいいし、仔犬を意味するカートゥルスをもじってキャトル。うん、いい名前だ、これにしよう。
「我が名はマレフィカ=アマーレ。汝と契約を望むもの也。魂の盟約により主従の契りを結び我と共にあれ。汝の名、キャトルを受け入れその証とせよ」
契約の文言により幼い悪魔の足元に魔方陣が浮かび上がる。後はこの子が名前を受け入れてくれれば契約成立だ。
「キャトル、気に入ったのです。僕は今日からキャトルと名乗るのです」
名前を受け入れると魔方陣が光を放ちキャトルに向かって収束する。その光はキャトルの首に集まると白い首輪に変わった。これで契約成立だ。
その瞬間私に力が流れ込んでくる。この力は……!?
脳裏に力のイメージが湧いてくる。神聖言語魔法、聖衣、恩寵の祝福……?
それがどういうものなのか、それが本能のように当たり前に理解できてしまう。神聖言語魔法は神聖言語を知らないと使えないようだが、私はその言語を当たり前のように喋ることさえできる。つまり今脳裏に刻まれた神聖言語魔法を全て使えてしまうということだ。
そして聖衣。これは文字通り聖なる衣を身に纏うもので、これを身に付けていれば空だって飛べるようだ。さらに恩寵の祝福。様々な素質を底上げし、魔力も増える。これら全ては神聖系なんじゃなかろうか?
なぜ悪魔から神聖系の加護が手に入るのか。何か理由がありそうだけど。
「キャトル、これからよろしくね」
「はいなのです」
キャトルを抱き上げ頬ずりする。ほっぺぷにぷにすべすべで気持ちいい。宿に戻ったらもっと堪能させてもらおう。
「おいおい、マジで契約したのかよ」
「でも命の危機は脱したわ。正直生きた心地しなかったわよ」
「あはは、まぁ結果良ければ、ってやつよ。でもおかげで来年もう一度試験受ける気になれたわ」
「そんなすごい加護が手に入ったのか」
「まぁね」
手に入った加護の中には聖女の物語で語られたものもある。一番わかりやすいものは神聖言語魔法かな。あれは知っているから使えるものじゃないんだよね。実際聖女アナスタシア以来その使い手は公式に現れていないとされている。これはきっと大きな武器になるよね。下手をすると聖女として祀り上げられてしまうかもしれない。ないかな?
「少し力を試したいし行こうか」
「あぁ、でもその前に飯にしようぜ。安心したら腹が減った」
「そだね」
そういえばそんな時間かもしれない。けっこう歩いたので私もお腹が空いてきた。ちょっと暗いがここで食事にしてしまおう。
みんなで集まり、座って食事を始める。売店で買ったサンドイッチを取り出して食べる。キャトルには私のを分けてあげよう。パクつく姿がなんとも微笑ましい。
「おいしいのです」
はむはむと頬をハムスターのように膨らませて頬張っている。試験に落ちて落ち込んでいたけどこれでまた頑張れそうだ。連れてきてくれたアルマには感謝だね。
食事を終え、少し休憩してから立ち上がる。さぁ、狩りの続きをしよう。
「よし、なら行くか」
「そうね。じゃあ行こうかキャトル」
「はいなのです」
キャトルに声をかけるとイシュタリス様の神像に近づく。行く前に挨拶かな、と見ていると瞬時にイシュタリス様の神像とお供え物が消えうせた。何をしたの?
「キャトル、今何をしたの? 神像が消えたけど」
「収納魔法で取り込んだだけなのです」
「すごいな、レア魔法だぞ」
収納魔法か。適性を持つ人が少ないから使い手の少ない魔法なんだよね。容量次第では王家から仕官の話だってあるという。キャトルが使えるなら冒険者稼業でもかなりの稼ぎを叩き出せそう。
「そうなのですか? たくさん荷物を運べるし保存もできるので便利なのです」
「ほぅ、てことはその中にたくさん入るわけか。まだまだ入るのか?」
「はいなのです。容量に限界はないのです」
「それは凄い。ならたくさん狩れるな。よし、大物狩るぞ」
アルマもすっかりキャトルに慣れたようだ。フルグルはまだ少し怖がっているのかおとなしいが、狩りを始めれば元気に動くだろう。
私もアルマも今日は稼ぐぞ、と意気揚々と洞穴を出て狩りに向かうのだった。
洞穴を出ると心地よい風が肌を撫でる。昼下がりの森の中に木漏れ日が差し込み、上を見上げるとちょっと眩しい。生い茂る草花もそこまで背が高くないため道がなくてもあまり気にならず進むことができる。後は迷わないようにすることが大事だが、空を飛んで街の位置を確認すれば済むことだ。
「そういえばどんな加護が手に入ったんだ? やっぱり闇系統か?」
「それがねぇ、信じられないことに神聖系なのよ。キャトルって本当に悪魔なの?」
もらえる加護は使い魔にした者の影響が色濃く出ると習っている。本人の資質も多少影響が出るとはいえ、結局は使い魔の能力に依存するところが大きいそうだ。
「そうです。僕はウテロから生まれているのです。ただ、ウテロが生む悪魔は食べた存在の影響を色濃く反映するのです。人間がデモノイドと呼ぶ悪魔は元人間なのですよ」
「ちょっと待て。それは本当か!?」
キャトルの話も衝撃的だが、アルマの食いつきが凄い。真剣な目つきでキャトルに詰め寄って話を引き出そうとしている。というより伝説ではウテロは魔族の女王のはず。500年前に聖女アナスタシア様によって倒されているはずだけど……。
「嘘をつく意味がないのです」
「ねぇ、キャトルが生まれたのっていつ?」
「1ヶ月前くらいなのです」
キャトルは思い出すように顎に指を当てて上を見る。予想より大分幼いんだね。生後1ヶ月でこの魔力か。成長したらどうなるんだろう。
「つまり今もウテロは存在しているってことね」
「してるも何もウテロがいないと魔族は生まれないのです。そもそもウテロは一体ではないのですよ?」
魔族の女王という伝説は嘘ということになるんじゃ……?
それとも昆虫の女王蟻とか女王蜂みたいなものと考えるといいのかもしれない。それだとウテロは増え続けることになるんだけどね。正直考えたくないな……。
「なるほど、だからかウテロか。ウテロは固有名じゃなく種類のことね」
「どういうことだ?」
「ウテロは神聖言語で子宮っていう意味よ。悪魔を産む悪魔か。クルトレスが知ったら驚いてひっくり返るんじゃないかな?」
ウテロは悪魔の女王だったと物語では書かれている。そのことは魔法学園でも語られており、それが種類を指す言葉だなんて誰も思っていないだろう。しかしそうなると疑問が残るんだけどね。昔悪魔でありながら人の使い魔になった者がいたはずだけど、そこから情報は入らなかったのだろうか?
「確かにな。あまり人に言わない方が良さそうだ」
「そうね。まぁ、悪魔については分かっていないことが多いから貴重な情報源になりそうね」
もしかしたらそのことでクルトレス・サンクトルムからスカウトされるかも。情報統制的な意味で。ウテロが複数いるだけでもとんでもない話なのに、デモノイドが元人間だなんて知らない方が幸せだろう。
元に戻せるわけでもないのに向ける刃が鈍ることもあるかもしれないからね。
「そのことなのですが、僕も話せることとそうでないことがあるのです。教えようとする行動には生まれつき制限がかかっているのです」
「そうなの?」
「はいです。他にも母様から教えてはならないといわれていることもあるのです」
面倒な制限があるのか。そうなると当然その制限を決めた存在がいるわけだけど……。
よそう。今すんごい嫌な仮定が思いついてしまった。話題を変えよう。
「ねぇ、索敵魔法使ってもいい? キャトルもいるし、多少数が多くても何とかなると思うの」
索敵魔法は便利だが欠点もある。自分の魔力を広範囲に飛ばすため、魔力を感知できる魔物に自分の存在を知られてしまうのだ。そして感知できる魔物はえてして強力な魔物が多い。そのため便利なようで使いにくい魔法の代表格でもある。
「んじゃもっと開けた場所でやろう。ここじゃ狭すぎる」
「そうね」
「向うなら少し開けた場所があるのです」
キャトルが先導するためパタパタと羽根を動かして前へ出る。翼で、というよりは魔法で飛んでいるんだろうなあれ。
キャトルの先導に従い少し歩くとそこそこ開けた場所に出た。ここなら戦いやすそうだ。
「ここなら良さそうね。範囲は500マターくらいでいいかな」
私は早速詠唱に入る。詠唱といっても4節くらいなので短いんだけどね。
「索敵」
広範囲に魔力を飛ばす。結構いるな。これだけいるのになんで襲って来なかったんだろ。その理由はすぐにわかった。魔力反応が近づくどころか遠ざかっていく。でも近づいて来るのもいるし、よしとしよう。反応は8つ。方向も強さもバラバラだ。
「8体くらい近づいて来るわ」
「おっけーい」
アルマが剣を構え迎撃態勢に入る。私も何か所かに防御で魔法の壁を設置して備える。せっかくだし神聖言語魔法も使いたいな。
サンクトス ルクス メークム(聖なる光は我と共に)
オラーシオ クァイ ディアボルム コンテーリット アド カエロス ペルベニット(魔を打ち砕く祈りは天に届かん)
ルーディシウム アド テネブラス リーリガレ ハイキャスト(闇打ち払う裁きをここに)
神聖言語魔法『浄滅』を準備。待機状態でいつでも発動可能だ。初めて使う魔法のはずなのにこれがどういうものか私は理解している。うーん、不思議だ。
「来るわよ!」
フルグルが叫ぶと同時に姿を現したのは2体の邪霊とツインベアーか。ツインベアーはアルマに任せよう。
アルマに目を向けアイコンタクト。お互いが頷くと、アルマがツインベアーに切りかかる。
「浄滅」
2体に対し分散発動。離れた位置だが私なら可能だ。
指定した範囲が白い炎に包まれ、邪霊2体を瞬時に浄化、消滅させる。霊体の魔物なため魔石すら落ちないのは腹立つな。しかし分散発動でこの威力か。いいじゃんこれ。
アルマの方は、というとツインベアーの4本の腕をかいくぐり、雷撃を帯びた剣で容易くツインベアーの脚を切り落とす。そして倒れたところを2本の首を切り落としてあっさりと片づけた。アルマ強いなぁ。
「上から来るよ! アルマ下がって!」
フルグルの声にアルマが素早く反応し、後ろへ下がる。アルマのいたところにグリフォンが急降下し、獲物がいないとわかると真っすぐこちらに向かってくる。
「危ないのです」
瞬間キャトルの赤い瞳が輝く。同時にグリフォンの首が吹っ飛び墜落。慣性でズザザーッとこちらに滑ってきたのを防御で受け止める。
こわっ!
キャトルが敵じゃなくて良かった。グリフォンを予備動作なしで瞬殺とか対処しようがないんだけど。その気になれば私たちなんて一瞬で殺されてしまうだろう。フルグルが恐れ慄くのも理解できるというものだ。
「まだ来るよ!」
おっと、呆けている場合じゃないな。少なくとも後4体は来るはずだ。
次に姿を現したのは3体のサイクロプス。一つ目の巨人だが身長はオーガと大して変わらない。違うのはその俊敏性だ。巨体のくせに素早く危険度はオーガより高い。そして食用に適さないものの、その角はなかなかいい値段がつくのだ。アルマがいないとやり合いたくない相手だけど今は負ける気がしない。魔法の壁が邪魔ですぐには近づけないようだ。
私はすぐに詠唱に入る。
「闇縛」
得意の遠隔分散発動で3体の身体を瞬時に拘束する。本来は術者から闇の鎖が飛び出すのだが、遠隔発動を極めればゼロ距離発動という回避困難な魔法となる。
「ナイスだマレフィカ!」
アルマが魔法の壁を踏み台に跳躍。サイクロプスの首を跳ねる。身体能力高いなぁ、私には無理だ。
「私だってやるのよ! 落雷!」
フルグルが強烈な雷撃を落とし、サイクロプス1体をまる焦げにする。角無事か?
残り1体は私がやろう。
「氷針!」
サイクロプスの目の前で発動させ、氷の針がサイクロプスの目を貫く。目の後ろには脳があるのでそれを貫けば即死だろう。生物的に構造欠陥ひどくないかな?
これで7体。反応ではあと1体か。
「来るよ! ちょっと強いかも!」
姿を現したのは巨大なカマキリだ。近くにいる焼けたサイクロプスに近づくと腕を切断して掴み食べ始めた。この森にあんな魔物いたかな?
「あれは魔族なのです。魔核の反応があるのです」
魔核とは魔族なら体のどこかに必ず持っている魔族の心臓のようなものだ。これを破壊しないと甦るタイプもいるため、素材には使えない。この悪魔に素材として取れる部分は無さそうなので滅ぼしてしまおう。
「浄滅!」
その発動と同時にカマキリが素早く避ける。マジか!
発動の魔力を感じ取って素早く避けたのか。こいつは手強そうだ。
「僕がやりましょうか?」
あー、キャトルなら瞬殺かもしれない。でもせっかくのデーモンとの実戦。自分の力を試すいい機会だと思う。ここは自力で倒したい。
「まずはキャトル抜きで戦うわ。手に入れた力を試したいし、魔族との実戦なんてそうそうできるものじゃないもの」
「おい、マジか。お前ってそんな戦闘狂だったか?」
「自信をつけたいのよ。キャトルのご主人様としてね」
このくらい倒せなきゃキャトルのご主人様だなんて恥ずかしくて言えない。魔族自体群れることが少ないため、昆虫型の魔族は下等種悪魔に属する。この悪魔を倒し、来年の試験に自信をつけるんだ。私はすぐさま作戦を組み立て、詠唱に入った。
カマキリは私たちを敵と認識して大きく両腕の鎌を広げて威嚇している。あれに掴まれば一巻の終わりだ。つまりやることはいつもと同じ、近づけさせずに仕留めるに尽きる。
「防御!」
防御壁の分散発動。周囲を囲い動きを封じるのだ。しかしカマキリはその両腕を素早く振り回すと、できた魔法壁を容易く破壊していく。うそん。
「落雷!」
そこをフルグルの雷撃魔法が直撃する。かなり本気の威力だったらしく、雷が落ちたところからもうもうと土煙が上がった。この威力だとクレーターができているだろう。だが死んではいないかもしれない。
すぐに動けないうちに守りを固めるべきだろう。安全第一だよね。私は神聖言語で詠唱を始める。
「聖域」。
力ある言葉により私たちの周囲に結界を張る。神聖言語魔法なのだから防御より頑丈であると信じよう。結界が完成すると同時に影が動く。アルマが私の前に立つが、その影の一撃は結界により阻まれる。そしてそのカマキリには傷一つついていない。効かなかったというよりは防がれたのだろう。カマキリのいた場所はクレーターになっておらず、その周りの地面だけが抉れていた。おそらく、この魔物は魔力を感知して動いている。しかもそれがどういうものなのかも理解して対応していると考えた方がいい。戦いでは常に最悪を想定するべきだ。楽観視した者から死んでいくものなのだから。
それにそれならそれでやりようはある。今から追い詰めてあげるからね!
さて、先ずは相手の行動パターンを把握しないとね。
「氷槍」
分散発動し、全方位から撃つ。威力は全然ないけどね。
するとカマキリは真後ろに跳んだ。ふむ、後ろからのは魔法の盾で防ぎ、前のは鎌で叩き落して回避か。動き出しも発動とほぼ同時。そして盾は一方向のみと。構造的にカマキリというものは前後に動くのかな?
じゃあ次。
「氷槍」
今度は全て前から10本。それらも全て素早い動きで回避。方向転換2回、全て直線的で真横には動いていない。なるほど、避けきれないと判断したときは盾で回避優先と。
そしてカマキリが再び攻撃に転じる。動きは早いが、アルマは反応できているようだ。私も見えてはいるけど避けられるかな。あまり自信はない。
カマキリの攻撃は再び結界に阻まれ届かない。思ったよりかなり頑丈だ。隠し玉があるかもしれないし、さっさと詰めてしまおう。
このカマキリ、急な動きは全て跳躍で、走っているわけではない。
今から使う技術は超高等技術。通常だと魔法は一つしか発動できないが、魔力制御と訓練次第では一つの魔法を待機状態にして、さらにもう一つ別の魔法を使用することもできる。二重発動と呼ばれる技術なのだが、私の場合は三重発動まで使うことができる。これは魔法学園でも私しかできなかった超高等技術。問題はむっちゃ集中力がいることと、3つ分の詠唱が必要なこと、燃費が悪いことだ。
「アルマ、しばらく頑張って! 必殺の使うから!」
私は早速詠唱に入る。まずは氷槍、そして闇縛最後は浄滅だ。魔法の待機を魔力を余分に使用して制御するため最初は魔力消費の少ないものにするのが基本。
フルグルが牽制のために威力低めの稲妻を落としているが、全て防がれているようだ。
でもおかげで準備は終わったがまだ聖域は生きている。私は手を一つ叩き合図を送る。これは以前からアルマと組んでいるときに使ってきた準備完了の合図だ。その合図でフルグルが牽制の手を止める。するとカマキリが攻撃に転じた。
カマキリの突進からの一撃で結界にひびが入る。これ以上はやらせない!
「氷槍」
先ほどと全く同じ全方位に放つ。このカマキリ、前後の動きは早いが横は鈍い。つまり全方位からの攻撃には動くなら真ん前か真後ろの二択しかないのだ。
そして後ろに跳躍した先に闇縛を仕掛ける。闇の鎖に自ら飛び込む形になり、からめとられると着地を失敗して地面に倒れた。倒れた先はフルグルが空けたクレーターがありそこに引っかかる。身動きが取れなくても壁は作れてしまう。フルグルの協力が必要だ。
「フルグル!」
「落雷!」
フルグルも私が仕留めると言えば動きを止めてからなのをよく知っている。連携はばっちりだ。
「浄滅!」
足を止めたところに上下からの魔法の挟撃。これを防がれるようならキャトルに任せよう。
しかしそんな心配はなく、二つの魔法がカマキリを直撃。浄化の力で消滅した。後にはサンダーフレアによるクレーターが広がっている。あの中に魔核もあるはずだ。
「お見事なのです!」
キャトルがパチパチと可愛く手を叩く。
「よし、悪魔を撃破したわ!」
私はすぐにカマキリの魔核を拾いに行った。魔核はクレーターの中心にあり、少しひびが入っている。魔石は黒だが魔核は赤色なのね。初めて見たよ。記念に持っておきたいけど、手に入れた場合はギルドに届けないといけない決まりがある。悪魔討伐の何よりの証拠で報奨も出るらしい。
「さすがだな。火力を手に入れたのなら来年の試験は余裕じゃないか? 悪魔の討伐実績があればスカウトに来るかもしれんな」
「キャトルがいるから何らかのアクションはあるんじゃない?」
まぁその辺はあまり過剰な期待はしないでおこう。肩透かしを食うと変に落ち込みかねないし。
討伐した魔物をキャトルに収納してもらい、今日の狩りを終えて私たちは岐路に着くことにした。
リーアムの森を出て王都イニシーズの街に戻る頃には少し陽も落ち始めてきていた。街の門番の人がキャトルを見て驚いていたけど「使い魔です」で押し通した。首輪もあるので問題はないでしょ。
とりあえずギルドの解体場へ行き本日の狩りの成果を提出しよう。グリフォンはかなりのレア素材なため結構期待できそうだ。
解体場はギルドの建物の横に併設されている。広大な敷地にちゃんと屋根もある。屋根がないと雨や雪で解体できなくなるからね。床は石で血を流せるようにしてある。土だと染み込んで虫が湧くんだとか。臭いもこもるだろうしね。
「おっちゃん、こんばんは。色々狩ってきたから査定お願い」
「おう、嬢ちゃんじゃねぇか。何にも持ってねぇけど魔石か?」
ふっふーん。そう私は手ぶらだ。荷物は全てキャトルに預けてある。便利だよねぇ、収納魔法。
「キャトルお願い」
「はいです」
キャトルにお願いし、今日の成果を出してもらう。サイクロプス3体、ツインベアー1体、グリフォン1体、オーガの魔石3つだ。カマキリの魔核は受付に提出するのでここでは出さない。それでもこれだけの魔物を一度に出せば解体場の2割くらいのスペースを取る。特にサイクロプスがデカすぎるかも。捨てるとこの方が多いのにね。
「な、なんだこの量は! 今突然出てきたけどもしかして収納魔法か!」
「そうよ。私のかわいいキャトルの魔法なの。いいでしょ?」
私はキャトルを捕まえて胸に抱くと、ドヤ顔で自慢する。まぁ私が凄いわけじゃないんだけどね。
「はぁ、こりゃ驚いた。これだけあると査定に時間がかかるな。一応整理札渡しておくから2日後くらいに来てくれ」
「どのくらいいきそう?」
「そうだな、少なくとも金貨300枚はいくだろ」
「じゃあ200枚先渡しでお願い」
「なにぃ? しょうがねぇなぁ」
おっちゃんはそう言いながらも金貨200枚の木簡をくれた。これは全てアルマに渡す分だよ?
合格祝いも兼ねて多めにあげるのだ。
木簡を受け取った後はギルド内の建物に入る。キャトルの使い魔登録もしないといけないので換金手続きと一緒にしよう。
受付はすでに何人か並んでおりも依頼の完了手続きや採取の換金手続きをしている。窓口は3列あるのですぐに順番が来た。
「換金をお願いします。それとこの子の使い魔登録も」
受付嬢に金貨200枚の木札を提出し、使い魔登録の申請を伝える。ちなみにキャトル私が抱いている。私の首に手を回して物珍しそうにキョロキョロとあちこち眺めている。愛いやつ。
「ではこちらの申請書に記入をお願いします」
片手でキャトルを抱えながら申請書に記入する。名前はキャトル、種族はデモノイド、と。
「なぁ、マレフィカが抱えているの、悪魔じゃないか?」
「小っちゃくてかわいいわ」
みんなキャトルが何なのか気づき始めたようだ。それでも騒ぐ奴はいないようでなにより。
「お待たせしました。金貨200枚です。確認してください」
受付嬢が金貨を持ってきたので申請書を渡す。そして袋に入った金貨を数えるためキャトルをカウンターに下した。私が袋から金貨を取り出し、10枚を重ねてどかす。さらにまた金貨を10枚重ねてその横に並べた。
「僕もやるです」
そう言うと袋の中から金貨が飛び出し重なり合う。そして次々とカウンターの上に綺麗に並んでいった。高さは私が並べた金貨と同じだ。それが5列4行に整頓されて並べられ、一
目で枚数がわかる。私がやっているのを見て学習した?
「キャトル凄い! 200枚確かにありますね」
「しまうです」
すると今度は袋が開き、その中に金貨がどんどん吸い込まれていった。デモノイドは魔法の行使に詠唱を必要としないらしいけど、こんなこともできるのか。
私が感心していると、キャトルが何かを期待しているかのような眼差しで私を見ている。もしかして褒めてほしい?
「キャトルありがとうね。助かったわ」
にっこりほほ笑んでキャトルの頭を撫でる。すると頬を染めて愛らしい笑みを返した。
こ、これは……!
思わずキュンとしちゃったよ。なんていい子なのだろうか。
「可愛い使い魔ですね。ところでデモノイドとありますけど……」
「ガチです」
「ガチですか」
受付嬢の問いにコクリと頷く。極端に例が少ないから疑うのも無理ないか。
「でもそうですよね。本物を見たことはありませんけど、特徴は間違いないですし、あんな真似できるのなんて高位の精霊かデモノイドですよね」
「嘘をつく意味はないもの。あ、そうだこれも。リーアムの森でカマキリの悪魔に出会ってね」
私はポーチから魔核を取り出す。何となくキャトルに渡さない方がいい気がしたのだ。よくわからないんだけど。受付嬢は魔核を受け取ると物凄い驚いていた。
「よく退治できましたね。場所はリーアムの森、姿はカマキリですね。昆虫タイプは珍しいですね」
日付と出現地域とタイプをメモして魔核に貼る。資源にはならないため魔核はクルトレスに送られることになる。ギルドで受け取るのは情報共有のためだ。恐らくクルトレスの方から調査隊が出ることになるだろう。ギルドの方でも森の奥には行かないよう注意勧告が出るはずだ。
受付嬢から魔核の預かり証を受け取り、キャトルに収納してもらう。これでクルトレスから報酬が出ればギルドで受け取ることができる。
「そうね。手続きは終わりでいいかな?」
「はい、そうですね。お疲れさまでした」
手続きを終え待っているアルマの所へ行く。そして受け取った金貨を全てアルマに向けた。
「はい、アルマの取り分。合格祝いも兼ねてね。遅くなったけど合格おめでとう」
「いいのか?」
「私はこれからバンバン稼ぐから。来年は後輩になるからよろしくね」
「ああ、待ってるぜ。それとこれはありがたく受け取っておくよ。せっかくだし明後日も行かないか? リーアムの森は無理だろうからアーガス山へ行こう」
アーガス山か。あそこにはドラゴンもいるし腕試しになりそうだ。今までならもう3人くらいいないと無理だったが、今ならキャトルもいる。2人でもいけるだろう。
「いいわね。行きましょう。じゃあ明日の内に準備しておくわ」
「よし、じゃあ明後日、朝飯の後にでも」
私はアルマと別れると宿へ戻ることにした。
宿に戻ると受付でキャトルのことを伝え追加料金を払う。キャトルに人間の食事が合うといいけど。
お腹空いたし食事のため食堂へ行く。今夜のディナーは鶏肉のクリームシチューだ。王都では養鶏も行われているので結構安く買えるんだとか。コカトリスの方がおいしいけど、あれは高いので庶民の口にはほとんど入らないのよね。なにせ森で見かけて倒してもあんなでかいもの普通は運べないため、その場で美味しい部分だけを切り取って持ってくるのが一般的だ。私の場合は1匹くらいなら運ぶ手段を持っているけどね。今はキャトルの収納魔法があるからお披露目する機会はないのだけど。
一応宿のスタッフに許可をもらってキャトルはテーブルの上に座っている。直に座るのは良くないから下に布を敷いてね。
キャトルと他愛ない話をしながら待っていると料理が運ばれてきた。
「おいしそうです。いただきます」
キャトルが両手を合わせて一礼する。
「いただきます?」
「はい、他の生物の命を糧にさせていただくので、その命と自然の恵みに対して感謝をして食べるのです」
うん、全然悪魔らしくない考えだ。しかしこれは殊勝な心がけだよね。この謙虚な姿勢は私も見習うべきだろう。キャトルの主として恥ずかしくない人間にならなければ。
「いただきます」
私もキャトルの所作を真似すると、キャトルが嬉しそうに笑う。うん、これもまた使い魔を得る醍醐味なのかもしれない。
「おいしいです」
キャトルは器用にシチューを一口分魔法で浮かせて口の中へと導いている。手を使わず食べるとは。パンも空中に浮かび、一口大に切られていく。そして一口分ずつキャトルの口の中へと入っていった。
その様子を周りの客が目を見開いて見ている。食事の手が止まっている客もいた。そりゃ驚くよね。なんと精密な魔力操作なのか。
食事も終わり部屋に戻る。さて、寝る前の日課、制御トレーニングを始めよう。
「キャトルは休んでいていいよ。私は今から鍛錬をしないといけないから」
「わかりました」
キャトルはふよふよとベッドに向かい、ぽてんと座る。目線の先は私だ。
私もキャトルを正面にして床に座るとあぐらをかいて目を閉じる。行儀が悪いと言うなかれ、これは瞑想法というれっきとした修行法なのだ。
目を閉じ、自分の意識の奥深くに没入。己の中の魔力を感じ取り、全身を巡らせる。そして胸の前に両手で空間を作りその中に魔力を練りこむのだ。そうして集めた魔力を再び自分の中に戻していく。実はここが一番難しい。そうやって魔力を制御しつつ自分の身体に魔力を馴染ませていくのだ。
あの日魔導士を目指し、この鍛錬法を身に付けてから一度も欠かしたことのない鍛錬法であり、大事な基礎だ。魔力の負荷に耐えるには魔力に身体を慣らすか、強靭な肉体を手に入れる必要がある。そして今の私の魔力は以前とは比べものにならないほど多いようだ。言うなれば容量がコップから樽に変わったくらいの差がある。だからといって急に一度に取り出す量を増やすのは危険。なので今はその取り出せる量を増やす必要があるのだ。
「ふぅ」
私は鍛錬を終えて目を開ける。キャトルはずっとこちらを見ていた。
「キャトル、ずっと見ていたの?」
「ご主人様とても綺麗な魔力でした」
キャトルがにぱっと笑って答える。なんとも無邪気な笑顔だ。
「そう? ありがと。じゃ、一緒に寝ましょうか」
私はベッドに潜り込むとキャトルを胸に抱いて横になる。
「柔らかいけど苦しいです…」
「あ、ごめん」
悪魔も窒息するのだろうか。なかなかの抱き心地なんだけどな。
今日は色々あった。ゆっくり休もう。
おやすみ……。
◇◇◇◇◇
そしてアーガス山へ行く日がやって来た。昨日は買い物もして回復薬の補充もばっちりだ。ギルドで待ち合わせ、街の南門へと向かう。
「アーガス山だと歩いて片道3日くらいか。滞在合わせて8日ってところか?」
「それなんだけど、片道1時間で着くと思うわ。空を飛んで行きましょう」
「いや、俺飛べねぇって」
うん知ってる。ちゃんと考えてありますとも。アルマの驚く顔を想像するとつい顔がにやけてしまう。
「大丈夫よ」
「おい、なんか悪い顔してねぇか?」
「やぁねぇ、かわいいの間違いでしょ。キャトル」
「はいです」
「うおっ!?」
私がキャトルに命じるとアルマの身体がふわりと浮く。フルグルはアルマのリュックの中だからどんな反応しているかはわからないけど。
「飛翔」
そして私も飛翔魔法で空に浮く。アルマが何か言っているみたいだけど、風の結界のせいで聞こえないなぁ。じゃあ問題なしってことで行きますか。
そのまま空に高く舞い上がるとキャトルも私と一緒に舞い上がる。アルマも当然キャトルに引っ張られている。そしてアーガス山へ向かって一直線で飛んで行く。うーん、風が気持ちいい。
アーガス山のふもと辺りに降り立ち、キャトルが優しくアルマを座らせる。
「うおぃマレフィカ……」
うーん、アルマの顔色が悪いなぁ。息も荒いし、涙目だ。空を飛んだの初めてかな?
「なに? 顔色悪いし少し休もっか」
「おま、なんの説明もなしに飛ばすな! むちゃくちゃ怖かっただろうが!」
「空を飛ぶって言ったじゃん」
「まさかキャトルに浮かされるとは思わなかったよ。せめて気持ちを落ち着かせて姿勢を整えてからにしてくれ……。空を飛んだのなんて初めてなんだぞ」
おお、やっぱり初めてだったか。アルマだしいっか、とか思ってしまった。
「ごめんごめん、とりあえず休もう」
こんなときこそ笑顔である。どこかの誰かも女は愛嬌、って言っていたしね。笑ってごまかすとも言う。
「全くお前というやつは……」
ぜぇぜぇと息を切らしながら文句言うなと。しかしまぁ、こんなやり取りもこれで終わりかと思うと少し寂しい。来年まで他の冒険者のパーティーに入れてもらったとして、アルマ並みに頼りにならないと不満が残るだろうしなぁ。
まぁ、とりあえず水でもあげよう。キャトルに木のコップを出してもらい水創で水を入れる。
「はい、水」
「おお、サンキュ」
アルマはコップを受け取ると、大きく息を吐いた後に一気に飲む。喉を鳴らす音がよく響いた。
そしてぷはぁ、と大きく息を吐いた。おっさんか。
「美味いな、前より格段に美味いぞ」
「え、ほんと?」
うーん、味と魔力は関係なかったはずだけどな。私もコップを2つ出してもらい、キャトルの分も一緒に水を入れる。そして飲んでみた。
「あれ、ほんとだ。なんでだろ」
「美味しいのです」
うん、なぜか疲れが取れるような清涼感がある。もしかしたら祝福の恩寵が関係しているのかも。このスキルだけなぜかよくわからないところがあるんだよなぁ。
休憩を終え山を登る。山道はなだらかで木々が生い茂り、朝の澄んだ空気が心地よい。それでもアーガス山は厄介な魔物が多く生息している危険地域でもある。以前ならアルマと2人であっても狩りに出向くことはなかったほどだ。
「ワイバーンの鳴き声が聞こえるな。結構いるぞ」
「うーん、めんどくさそう」
「僕が片づけてくるですよ?」
うーん、キャトルに任せるのが一番楽だけど……。先は長いしいいかな?
「じゃあ頼んでいい?」
「はいです」
キャトルは引き受けるとふよふよとゆっくり飛んで行く。私たちもその後をゆっくりと追っていく。しばらく付いていくと結構遠くにワイバーンが数匹飛び回っていた。ここからでも目視できるから見つかれば襲ってくるかもしれない。しかしキャトルはそんなことなど全く意に介さず速度を上げてワイバーンに近づいて行った。するとワイバーンも気が付いたのかキャトルに身体を向ける。キャトルが両腕を広げるといきなりワイバーンが全て一瞬動きを止めたかと思うと、いきなり墜落していった。もう仕留めたの?
キャトルは急速にその速度を上げると墜落するワイバーンを全て回収していく。なんとも手際がいい。デモノイドとはみんなこんなとんでもない力を有しているのだろうか?
「ただいまなのです」
ギューンと凄いスピードで戻ったかと思うと私の前でピタリと止まる。
「うん、お帰り。ねぇ、キャトルさっき何したの?」
「心臓を破壊したです。もしかして心臓大事でしたか?」
「まぁ、貴重っちゃ貴重だがかまわんさ」
ぶっちゃけ一番高い値がつくけどね。それでも4匹いたから金貨200枚はかたい。食用でも結構な高級品だ。
「そうなのですね。ごめんです」
「いいのいいの。事前に伝えてなかったから」
いきなり大物ゲットしたし文句言うほどでもない。今日はたくさん狩るぞ!
私たちはさらに上を目指す。頂上には行ったことがないけど、何かあるかな。貴重な薬草とかあるとうれしいけど。
「何か来るよ!」
アルマのリュックからフルグルが飛び出し危険を知らせる。今度はなにかな?
来るか、と待ち構えていると、地響きが聞こえてきた。こりゃ相当でかいな。
そうして待っていると遠目に存在が目に入る。グリーンドラゴンか。最も一般的なドラゴンだが討伐難易度はAクラス。私も一回くらいしかやりあったことはない。とにかくタフで、10人で組んだ総力戦でようやく倒せたほどだ。
「グリーンドラゴンか。ブレスは滅多に使わないけど面倒だな」
「火力勝負だからね。素材は残したいところだから悩むなぁ」
ドラゴンは捨てるところのない素材の宝庫だ。血の一滴でもお金になる金の成る木。一番いいのは首を一息で切断だが、そんなのアルマの剣でも無理だ。神聖言語魔法ならいい魔法があるからそれを使うか。
「ご主人様、聖衣は使わないです?」
「あ、それがあったわね」
すっかり忘れてた。翼が生えるから目立つけど、ここなら問題はなさそうね。魔法の負荷を軽減して制御の補助もしてくれるから使わない手はないか。
早速スキルを使用する。すると私の身体が白くゆったりとした衣で覆われ、背中に白い2対の翼が生える。伝承なんかで出てくる天使のようだ。魔導士服を着ていたはずなんだが、どこへ行ったのか。長袖を着ていたはずなのにノースリーブだよ。それになぜか胸が強調されているような感じがあるし。これ設計したの誰だいったい!
「かっこいいなそれ」
「マレフィカ綺麗じゃん! 天使みたいだよ」
「ご主人様とても綺麗なのです」
「そ、そう?」
どうやら好評らしい。布は柔らかそうだが大きい胸をしっかり補助して固定してくれている。おまけにとても軽い。背中の翼で飛行の制御もできるようだ。防御力もあるといいけど、今試す気にはならない。まだドラゴンがこちらに気付く前に先制攻撃をしかけよう。
メア ヴィス マジケー エスト ルクス スペイ(我が魔力は希望の光)
ヴォルンタス クアエー アウファート マーゥム イン デクステラ メア エスト(悪を断つ願いは我が右手に)
ルクス ファクタス エス グラディアス クイ セカンス マーゥム(光よ悪を断つ剣となれ)
「希望の剣」
私は神聖言語で詠唱を唱え、力ある言葉を解き放った。すると私が掲げた右手に光が集まり剣となす。その剣は私の魔力が込められた光の集合体である。刀身に実体がないため防御には使えないという致命的欠陥があるのが難点か。剣を使うならここはアルマに使ってもらおう。
「アルマ、この剣、持ってみて」
「お、おう」
アルマが私から剣を受け取ると魅入られるように目を奪われていた。
「これは凄いな……」
「それ自身が魔法剣だけど、付加もできるはずだから」
「マジか。なら後は近づいて斬るだけだな」
「近づくのも任せてもらって構わないわ」
私はアルマの腰を後ろからがっしりと抱きしめる。そしてアルマを抱えたまま空高く舞い上がった。アルマが驚いて抗議の声をあげているけど知―らない。
「突撃するからよろしく!」
「なにぃっ!?」
手早く詠唱に入るとドラゴン目がけて滑空。ドラゴンが気づき、息を吸い込む。ブレス来るんだろうけど予想済みだよ。
私は急旋回して右に大きく回り込みブレスを回避。首を動かして私を追っても当たらないよ!
「防御」
遠くから魔法の壁で首の周りを覆って動きを阻害。これで首は隙だらけだ。一気にドラゴンの首に接近を試みる。そしてアルマから腕を離す。アルマなら大丈夫、信じてるよ!
「行けアルマ!」
「おおおおおっ! 雷轟斬!」
アルマが希望の剣に雷を付与して首を斬りつける。その衝撃波で刀身以上もあるドラゴンの首を両断した。アルマは斬った後に剣から手を離す。地面に激突なんてさせないよ!
「風の緩衝」
風のクッションが生まれアルマを受け止める。着地の衝撃を前転で和らげるつもりだったのか飛び込むような姿勢だ。そしてドラゴンは、というと首を切断され即死したのか血を流して横たわっている。ああ!
血がもったいない!
「キャトル!」
「はいです!」
私の後を付いて来ていたキャトルがドラゴンに近づいて収納する。ほんと、賢い子だ。獲物も収納したし、アルマにケガはないか見に行こう。
「さすがアルマ、凄い一撃だったねぇ!」
「いや、あの剣のおかげだ。エンハンスソードだと折れているよ。つか、ぶっつけ本番過ぎだろ。もし斬れなかったらどうするんだ!」
「大丈夫だよぉ、伝説では大地すらも割ったんだよ?」
「おとぎ話と現実を一緒にしないでくれ……。結構怖かったぞ。着地のことは助かったけどよ」
アルマは大きくため息をつくと頭をポリポリ掻く。まぁ確かにあの高さから落とされたら怖いよね。結構スピードあったし。
「でもたった2人でドラゴン倒したのって凄くない? これで大金持ちだよ」
「ああ、そうだな。2人で山分けでも、こんないい状態なら金貨1200枚くらいになるんじゃないか?」
「つまり金貨600枚! せっかくだし頂上まで行ってみようよ。まだまだ魔力に余裕あるし、帰るにもまだ早いしさ」
「おう、そうだな。稼げるときに稼いでおくか」
私とアルマは頂上を目指し歩き始めた。欲丸出しだけどお金は欲しいから仕方がないよね。それに冒険者等級だって上げたい。来年の受験のためにもね。
そこからは怒涛の快進撃だった。キラーファングやらヒポグリフ、ワイバーンなど色々出てきたが全て返り討ちにして大漁である。今は結構魔力使ったので魔力回復のためのソーマエキスを飲んで休んでいるところだ。ちなみに1本金貨10枚もする。それを私は3本持っているので残り2本だ。換金できたら買い足しておこう。
「しかしマレフィカ相当強くなったな。今だったら試験受かるんじゃないか?」
「自信はあるわよ? でもそれは仮定の話よ。噂を聞きつけたサンクトルムがスカウトに動くことを祈るわ」
「なら入隊後にお前のこと話しておいてやるよ。聖女様と同じ能力を持つ奴がいるってな」
「あら、高くつきそうね」
「まぁな。また組めたらあの剣貸してくれ。最高の切り札になる」
なるほど。アルマにしてみれば、それだけの価値のある剣だったということか。私は接近戦には向いていないからパートナーに丸投げできる環境はありがたい。まぁ、入隊できたとして組めるかはわからないんだけど。
「そうね、また組めるといいわね」
信頼できるパートナーだからね、アルマは。このアーガス山の冒険が終われば、しばらく組むことも無くなるわけか。キャトルがいるからソロでもやれそうだけど、あまり頼ると私の技術が上がらないからなぁ。どこかのパーティーに入って連携の技を磨くのもありかもしれない。まぁ、その辺はまた後で考えよう。
休憩を終え再び頂上を目指す。頂上に近づくほどなにやら不穏な空気を感じる。
「なにか強い気配があるわ! それもたくさん!」
「みたいね。イヤーな感覚があるわ。もうこの際殲滅を優先しましょうか」
「そうだな。あの剣貸してくれないか?」
「わかったわ」
アルマに頼まれ希望の剣を唱え、光の剣を生み出してアルマに渡す。そして私は、というと神聖言語魔法の全方位殲滅魔法を準備する。
準備が整い頂上を目指す。頂上に近づき私たちはその空気感の正体を知った。
「植物!?」
頂上の付近に開けた場所があり、そこには大きな植物を中心に無数の植物が蠢いていた。見た感じすべて同じ種類のようで、五つの花弁の中に大きな口がある。そして長い蔦がうねうねと踊っており少々気味が悪い。うわ、と動揺していると太い蔦が飛んできた。
「危ないのです!」
太い蔦の一撃をキャトルが防ぐ。そして聖衣を纏っていた影響なのかキャトルの能力の正体を知った。大人サイズの無数の腕。それが瞬時に密集し、蔦の一撃を防いだのだ。
「腕……?」
「僕の腕が見えたですか? もうそこまで聖衣をものにしたですか、さすがなのです」
キャトルが嬉しそうににぱっと笑う。
「僕の能力『見えざる手』は無数の腕を操るのです。そして物質も透過したり掴んだり自由自在なのです」
その能力むちゃくちゃ強くない?
物質を透過できるのなら肉体など無視して直接心臓を潰せるということだ。最初に倒したワイバーンのように。キャトルが人類の敵じゃなくてつくづく良かったと思うよ。
「それならあの悪魔も余裕か?」
「余裕ですけど、あの程度は倒せるようになってほしいです」
「だそうよ。大丈夫、負ける気はしないわ」
「俺関係なくない?」
アルマが苦情を言うけど知らん。確かにあの程度倒せずにデモノイドとなどやり合えるわけが無い。それに私は自分の力を試したいのだ。悪魔相手なら容赦はいらないだろう。
「聖なる言葉!」
用意しておいた全方位殲滅魔法を解き放つ。私を中心に無数の神聖文字が浮かび上がり、光を帯びて前後上下左右と球状に神聖文字が広がり飛んで行く。その文字は普通の木々もアルマも素通りして小さめの悪魔の植物を浄化していく。大きな植物はその蔦で壁を作り文字を防いでいく。
そこをアルマが接近。小さめの植物が浄化されて空いた道を駆け、大きめの植物を切り裂いていく。2体ほど切り倒したところで大きめの植物が蔦を伸ばしてきた。
「落雷!」
その植物にフルグルが雷を落とす。その一撃をまともに喰らい、焼かれて炎上する。その隙にアルマは一旦距離を取り、私は詠唱をしながら前に出る。ここはもう一度広範囲魔法で数を減らしていこう。
「氷の鎮魂歌」
力ある言葉を解き放つと一番大きな悪魔を中心に冷気が広がり、その範囲内に氷の塊がいくつも発生する。そこから氷の蔦が伸び、触れた悪魔を凍らせていった。大きい悪魔は凍らずに堪えているが、比較的小さい3体が氷に包まれる。見た感じ残りは大きめ2体とバカでかいのが1体か。なかなかしぶとい。だが冷気で動きは鈍くなっているだろう。
「アルマ!」
「おう!」
アルマも一気に距離を詰め、決めに行く。光の剣に雷の魔力を込め斬りかかると大きめの2体を伐り倒す。刈られた悪魔もすぐには絶命しない。浄化が必要だ。
「聖なる言葉」
もう一度広範囲浄化魔法を使用する。光り輝く神聖文字が悪魔たちを襲い、凍った悪魔と刈り取られた悪魔を浄化、消滅させた。バカでかい悪魔の方は浄化されずに耐えているが、かなり弱っている。もうここからアルマの猛攻には耐えられないだろう。
「雷轟斬!」
アルマの雷の魔法剣が悪魔の太い茎を伐採し、電撃が傷口を焼きつつ全体に広がる。もはや抗う力もなかったのか焦げた臭いが広がって来た。うーん、ウェルダンを通り越して黒焦げだね。
正直あんまり苦戦しなかったね。あまり強い部類ではなかったのかな。
「状況終了かな? 魔核回収しよ」
「僕も回収するのです」
キャトルが腕を操って魔核を拾い集める。この腕、アルマには見えていないんだろうな。近くにあっても何の反応も示していない。
キャトルは少し小さめの魔核を自分のところまで運ぶと、パクリと噛みついた。とても硬そうなんだけど全く意に介さずポリポリと噛み砕いている。
「キャトル……?」
なんとなく声をかける。正直食べるとは思わなかったよ。いや、予感はしていたか。何となく渡しちゃいけない気がしたんだけど、理由はわからない。
「……」
キャトルは私をじーっと見つめる。私は今どんな顔をしているのだろう?
不安そうな顔なのだろうか。噛んでいた分を飲み込むとそれ以上は食べず、自らの手の中にあった魔核を破壊してしまった。
「おいしくないのです」
うー、と口をへの字にして目を瞑る。なんで食べようと思ったのやら。
「食べて平気なの?」
「わからないのです。初めて食べたのです」
キャトルが首を横に振る。興味を失くしたのか集めた魔核を全て収納してしまった。うーん、なんで渡しちゃダメと感じたんだろ?
ま、いいか。とりあえず悪魔はすべて倒したし魔核も回収した。魔力も大分使ったし山を下りるとしよう。
「よし、んじゃ帰りますか。今からなら夕飯は宿で食べられるわね」
「帰りも飛ぶのか。まぁ、早いから助かるけど」
「キャトル」
「はいです」
アルマの了承を確認してキャトルに命じると、無数の腕がアルマを持ち上げる。私が聖衣で生やした翼で舞い上がると、一緒に舞い上がった。
「おい、いきなり持ち上げるな!」
「キャトル、私と同じ姿勢にしてあげて」
「はいです」
キャトルが姿勢を直すとフルグルがアルマのリュックに入り込む。
「これならまぁ、いいか」
「そう? じゃあ飛ばしましょうか」
「はいです」
「ちょっとま……!」
途中でワイバーンとかいたらめんどいもんね。来た時の倍近い速度で空を飛び、イニシーズの街を目指す。ちらりとアルマを見ると、風圧がもろに顔に当たって涙が出ているように見えたけど、気のせいだよね。
イニシーズの街に戻ったら文句を言われました。速過ぎて怖かったそうで……。
「ごめんごめん。とりあえず解体場へ行きましょ」
私は笑って誤魔化すと、アルマはそれ以上なにも言わず大人しく解体場まで付いてくる。さすがアルマは大人だね。
解体場へ行き、今日の収穫をキャトルに出してもらう。
ワイバーン4匹、ヒポグリフ3匹、キラーファング6匹、コカトリス2匹、グリーンドラゴン1匹。うん、実に大漁だ。
「嬢ちゃん。まだ前回の査定終わってないんだが? これだけあると他の業務に手が回らんぞ!」
「ええー、そんなぁ!」
「僕が手伝うです。肉、骨、内蔵、血で分けるくらいならできるのです」
キャトルがふよふよと飛んで来て私の肩に座ると手伝いを申し出た。キャトルって万能だねぇ。
「ほう、そいつはスゲェな。じゃあまずドラゴン頼むわ」
「はいなのです」
おっちゃんのお願いでキャトルがドラゴンに目を向ける。するとドラゴンが空中に浮かび上がった。出血は魔力で抑えているみたい。
「まず血を抜くですね?」
「おう。樽を持ってこさせるからそれに入れてくれ」
おっちゃんが部下に命じてタルを3つ転がして運んでくる。そしてグリーンドラゴンの下まで持ってきて立たせると蓋を開けた。するとキャトルがドラゴンの首を下にして縦に浮かせた状態に持っていく。
「血を吸い出すですよ」
キャトルの目が赤く光るとドパドパと一気に血が流れ始め、樽の中を血で満たしていく。そして樽の中がいっぱいになる前に血を止めて、次の樽に入れ替えてからまた血を取り出していった。うーん、どんな原理なんだろう。
なんだか人が増えてきたな。ドラゴンの解体なんて滅多に見られるものじゃないからか、解体職人だけじゃなく冒険者も集まってきたようだ。
「次に鱗を全部剥がすです」
恐らく見えない手を駆使しているのだろうけど、聖衣を解除していると全然見えない。何らかの魔法が発動しているような感じはあるんだよね。それでまぁ、ドラゴンの鱗が面白いように剥がれていく。肉も貼り付いておらず次々と丸裸にされていくドラゴン。
「次に内蔵を取り出すですね?」
「おう。この樽に入るか?」
おっちゃんが追加で樽を持って来させていたのだろう。さらに樽が3つ用意されていた。
「やってみるのです」
仰向けになったドラゴンの腹が裂かれ、内蔵が抜き取られていく。うーん、傍から見たら結構ホラーかも。ズルズルと長い腸が抜き取られ、血が滴っている。それらは樽の中に詰め込まれていった。ギリギリ3つでいけたみたい。
「次は骨を抜き取るですね」
「おう」
両腕両脚が切り取られ、肉が裂けて中から骨が抜き取られていく。そして腹もさらに大きく裂かれ、骨が取り出されていった。まったく見事なものだと感心してしまう。
「スゲェな坊主! ドラゴンの解体がこんな短時間で終わるなんてよ!」
おっちゃんが思わず拍手をすると、見ていた他の解体職人や冒険者たちも拍手を贈る。
「うおお、使い魔ってすげーんだな!」
「あれもしかしてデモノイドか? すげーな」
キャトルを忌避する声はない。それが嬉しくて両腕を広げてキャトルの名を呼ぶ。
「キャトルー」
「ご主人様ー」
キャトルが私の胸に飛び込むと、愛しさを込めて抱きしめる。そして頬擦り。うーんやわらかい。
「いい子いい子」
「くすぐったいです」
そして頭なでなで。嫌がる様子などあろうはずもなく、蕩けるようにほっぺに手を当てて喜んでいる。そんな様子を見て周りはほっこりとした優しい空気に包まれていた。
これはいい。キャトルの可愛さとみんなの役に立てるところを街の人たちに見せつけよう。そうすればキャトルを悪魔だと言って怖がる人も減るかもしれない。
◇◇◇◇◇
次の日、私はギルドで治療院の募集に応募した。神聖言語魔法にも当然治癒魔法がある。そしてキャトルも使えるそうなのでキャトルの良い印象を広めるのに役立つはず。そうすればサンクトルムから事情聴取されたときに警戒されなくて済むからね。小さなことからコツコツとやっていこう。
治療院は北門と南門の近くに2箇所ある。なにせ北門から南門までは歩くと3時間かかるほど広い。真ん中には王城があるから置けないし、片道1時間半でも重症なら致命的だ。だから教会運営の治療院は2箇所あるんだよね。
で、私は南門の方の治療院に出向くことにした。北の方にはリーアムの森があるけど、今そこは封鎖されている。現在サンクトルムが調査中なのだそうだ。調査は3日間で終わるらしいけどね。南門は遠くにアーガス山があるけど、そこに至る途中にもコルセインの森がある。あの辺りは面倒な魔物もいるので怪我人が増えそうだ。
そして治療院に到着。空を飛んだから早いものだ。片道2時間半以上かかるのに20分かそこらで着いてしまった。真っ直ぐ行けばいいだけなのでやっぱ早いね。
んで中に入るとそこは既に戦場だった。
「ちょっと、包帯足りない!」
「この人骨折れてるじゃない! 整復師いないの?」
中ではシスターや治癒士が走り回っていた。治癒魔法で治せる怪我は限度があるため、程度により治し方は異なるのだ。魔力だって限度あるしね。
「あのー、ギルドから来ましたマレフィカです」
「応援? ならボサっとしてないで治癒魔法使って! ああもう、なんで整復師がいない時に重症者が2人も来るのよ!」
整復師は人体に精通した専門職だ。骨折の場合、折れた状態で治癒魔法をかけてしまうと変な風にくっつき、後遺症が残ってしまう。それをさせない為に施術を行う資格を持った人が必要なわけで。縫合のための浄化や消毒魔法と麻痺の魔法も使えないといけないので資格を取るのは大変なのだ。
実は私も持っている。幸いこの2つの魔法に適性があったのもあるけど、魔力が少なくてもあまり問題にならないからね。クルトレスの試験に有利になるかなーと思ったけどそんなことは無かったんだけど。
「あの、私整復師の資格持ってます」
「ほんと!? 助かるわー! じゃああの患者診てくれないかしら?」
シスターの指さしたベッドに寝ている男性は痛みに顔を引き攣らせている。脚が変な風に曲がっており、これは相当難儀しそうだなー。キャトルの腕を私も使えたらな。
「わかりました! キャトルもついてきて」
「はいです!」
私は早速脚の折れている患者の元へ行く。そして脚を観察。うーん、ふくらはぎがパンパンに腫れ上がっている。内出血も酷く紫色だし、曲がり方がエグイ。まずは痛みを感じなくさせるため、弱い麻痺の魔法を使う。部分的に麻痺させ、局部だけを麻痺状態にするのだ。実はこれがとても難しい。これができるくらいなら二重発動は使えてもおかしくないレベルなのよね。
「麻痺」
脚だけに麻痺の魔法をかける。すると男性も苦痛が和らいだのか落ち着きを取り戻し始める。
「目隠ししますね」
これから脚を切り開いて骨を整復するため、見せる訳にはいかない。下手をすると恐怖で暴れてしまうのだ。
「ナイフを」
「はい、どうぞ」
「ありがとう。消毒」
受け取ったナイフを消毒。医療用のミスリルナイフはとにかくよく切れる。そこから脚を切り開いて骨を露出させる。ここからは時間と集中力の勝負だ。通常は治癒魔法の効果を弱めて長時間の継続回復状態を維持しつつ整復を行う。これがとにかく集中力を要するのだ。しかし魔力が増えたおかげで継続回復効果を持つ上位の治癒魔法も使えるようになっている。
「継続回復」
ただこれも若干の改変は必要なんだけどね。トリプルキャストまで使いこなせる私には軽いものだ。折れた骨を正しく結合させ、破片は廃棄する。これまでくっつけるのは時間の無駄なのだ。長さが足りないとかではない限り拾う必要はない。
この骨もところどころ欠片を廃棄したため欠損が見られる。治癒魔法のおかげで整復した骨は正しく結合してはいるが、衝撃を受ければまた壊れてしまう。ここからは上位の治癒魔法で一気に治すか、周りを石膏で固めて自然治癒かになる。
もちろんこれは患者が選ぶのだが、試したい魔法もあるしちょっと交渉してみよう。
私は付き添いの男性に声をかける。
「とりあえずくっつきましたけど、どうします? 試したい魔法があるので、今回に限り石膏で固めるよりほんの少し高い程度で即完治させますよ?」
「え! ちょっと! そんな勝手に!」
うん、越権行為なんだけどね。まぁ、自然治癒よりは高いお金払ってもらうからいいじゃん。
「いくらだ?」
私はシスターにニコーッと笑顔を込めて視線を送る。レッツ共犯!
するとシスターは折れたのか、ため息をついた。
「金貨3枚で……」
「お願いします!」
普通骨折の整復って高いんだよね。相場は金貨1枚だ。そこから縫合と石膏で銀貨4枚加算でしめて金貨2枚と銀貨4枚。銀貨16枚の加算なら相当安い。上位治癒魔法なんて使い手ほとんどいないからね。金貨10枚くらいは取られるぞ。
「では」
使うのは神聖言語魔法の復活だ。はっきり言って最上位回復魔法である。ありとあらゆる状態異常を治し、瀕死の怪我も治すという伝説の聖女の魔法である。
早速神聖言語で詠唱を開始すると、周りからどよめきが。
「復活!」
力ある言葉を解き放ち、患者の脚に触れる。すると患者の全身を白銀の光が包み、脚の傷のみならず身体中の傷が消え、内出血も綺麗になりお肌ツルツル。老廃物まですっきりと?
美容にも使えるのか!
しかもこれ、もしかしたら整復要らなかったかも?
今度オーガで実験してみよう。
「なんて神々しい光だ!」
「今神聖言語で詠唱してなかった!?」
「聖女だ! 聖女様の再来だ!」
周りが私の魔法に驚き、感嘆の声があがる。いや、聖女様は持ち上げ過ぎなのでやめて欲しいな。聖女を騙ったとかイチャモンつけられてもめんどくさいんですけど。悪質な場合は極刑すら有り得るんだからね?
「いや、聖女ではないですよ?」
だから当然の如く否定しなければならない。あくまで周りが勝手にそう評価しているだけ、という風にしないとね。
「いやでもあの魔法は……!」
「ほら、まだ患者さんがいるんだから手を動かさないと!」
追求されそうだがここは治療院だ。患者の治療が先でしょうに。
「覚えたのです。僕も人間の怪我を治すのです」
するとキャトルが無数の腕を展開。もちろん私以外には見えていない。
そして他の重症者の方へ行くと。その身体を観察している。私の見た感じだと、このひとは左腕骨折。噛みちぎられた痕もある。消毒しないといけないね。
「キャトル、まずは噛み傷を消毒しないと」
「わかったのです」
キャトルの見えざる手が噛み傷に向かい、白く輝く。この輝きは他の人にも見えているのかな?
「消毒終わり、骨を繋ぐです。痛くないよう麻痺させるです」
キャトルの見えざる手が患者の腕を麻痺させるとそのまますり抜け、直接骨を繋げているようだ。ものの数秒後で骨が整復されてしまった。触れたいものだけ触れるの便利すぎでしょ!
でもこれ、中の肉えぐい事になってそう。完全に折れ曲がってたのを中で無理やり真っ直ぐにしたから、中の肉はズタズタのはずたよね。腕が紫色に腫れ上がってしまっている。
「くっついたので治癒させるです。ご主人様お願いしますです」
「うん、それは任せて」
普通の上位治癒じゃダメだなこれは。あれだと肉も骨もくっつくが、身体を動かすための目に見えない仕組みまでは影響が及ばないのよね。どこぞの学者が研究してて神経という名前を付けてたっけ。それだ。それを治すには最高位の治癒魔法である蘇生かさっき使った復活を使わないといけない。両者の違いは知らないけどね。蘇生も詠唱は覚えているけど、今までは魔力が足りなかったから使ったことないし。
せっかくだから使ってみよう。多分魔力足りるっしょ。
「蘇生」
患者にその魔法を使ってみると、みるみる腕の腫れがひき、肌の色も元の色を取りどもしていく。その回復力は全身に及んでいき、他の切り傷や腫れも治まっていった。
「うおおおっ! 腕が完全に治った!」
「凄い! 蘇生を使えるなんて!」
「ちょ、ちょっと! あなた、そんな最高位治癒魔法を勝手に使ったらダメでしょ!」
見ていた付き添いの冒険者が驚きの声をあげる中、シスターには怒られてしまった。うん、でもこれはキャトルのミスの責任をとっただけだ。キャトルを叱ることになるのは嫌だけど、説明責任はあるよね。
「すいません、でもこれは私の使い魔のミスの責任をとる必要がありましたから」
「あう! 僕、間違えたのですか!?」
あちゃー、キャトルが涙目になってる。でもこれは説明しない訳にはいかない。もし私のいない所で同じことをしてしまった場合、大変なことになるから。
「キャトル、さっきみたいに中を開かずに骨を整復するとね、中の肉がズタズタになってしまうの。そうなると、身体を動かすための目に見えない神経というものに傷がついて二度と動かなくなってしまうんだよ」
「そうなのですか、ごめんなさいです……」
しょぼんと俯いて目に涙を溜めてしまっている。キャトルは人体に明るくないからミスはするよね。使い魔のミスは私がフォローすればいい。結果だけ見れば、キャトルのおかげで素早い治療ができているのだから責めたくは無いんだけど。
「大丈夫だよ、怒ってないから。キャトルなら怪我人を安全に運べるし、包帯だって巻けるよね。シスターの言うことをちゃんと聞いてお手伝いしてくれる?」
「はい、僕頑張るのです!」
できることがあるのが嬉しいのか、涙を拭いて両手をぐっ、と握る。やる気があるのはいいことだ。
「そうだったのね。使い魔のミスのフォローなら仕方がないわね。おいで、キャトルちゃん。ご主人様には治癒魔法と整復をお願いしたいから、私を手伝ってくれるかしら?」
「はいです!」
キャトルはシスターについて行って手伝うようだ。なら私は治癒魔法と整復頑張るか。まだまだ患者はいるから忙しくなりそうだ。
でもおかげでこの治療院から私とキャトルの噂が広がり始めたんだよね。南の治療院には時々凄腕の治癒士と可愛い悪魔がいると有名になってしまったようだ。期間限定で2週間程しかいない予定なんですけどねぇ?
◇◇◇◇◇
治療院で働き始めて1週間程経ったある日、私は、いや私を含む多くの冒険者がギルドの修練場に集められていた。冒険者の実戦練習場なだけに修練場は広く、有事の際多くの冒険者の集合場所としても利用されている。そうつまり今は有事なのだ。何があったかというと突如アーガス山の方から多くの魔物が徒党を組んでここイニシーズの街に向かっているらしい。まさか植物の悪魔を退治したことが関係……ないかさすがに。そんなわけでキャトルには情報収集に行ってもらった。数とかいろいろ知りたいからね。そのままキャトルに殲滅を頼むかどうかはちょっと考え中である。
「諸君よく集まってくれた。警報の鐘を鳴らしながら伝えられた通り、アーガス山の方向から非常に多くの魔物が徒党を組んでこの街に接近している。クルトレスだけではなく当然騎士団も防衛にあたるが、君たちにも頑張ってもらいたい。数はまだ把握できていないが、200はくだらないだろう。オーガやオークだけでなくワイバーン、巨人の姿も確認されており、報告ではデモノイドの存在も確認されているということだ」
皆を前にしてギルドマスターが説明を始める。デモノイドの存在が確認されているのが少し引っかかるが、数が200を超えるならキャトルに手伝ってもらった方が良さそうだ。
「お、おい、なんだなんだ?」
「あれクルトレスの隊員だろ?」
うん?
クルトレスがギルドの集会になんのようだろ。わざわざ協力要請に来たとは思えないんだけど。などと考えていると、クルトレスの隊員3人が私の前で止まる。
「マレフィカ=アマーレだな?」
「はい、そうですけど……」
こんなタイミングで勧誘か、と思ったらまさかの用事だった。
「マレフィカ=アマーレ。悪魔と通じ、街を危険に導いた容疑、及び聖女を騙った容疑で拘束する!」
「えええええええ!?」
驚く私に関係なく3人が私を拘束する。両腕は手枷をはめられ、首には魔封じの首輪。これを付けられたら魔法が使えなくなるため逃げることはできない。ただし、私の技術力であれば使えないことはないけどね。
「ちょっと待ってください! 悪魔と通じたなんてどういうことですか! それに聖女なんて騙っていません!」
「君、使い魔はどうした?」
「……偵察に行ってもらっています」
「そうか。まぁいい。連れて行け」
「は!」
問答無用かい!
うーん、これはキャトルにはちょっと待機していてもらおう。キャトルが見たら怒って皆殺しにするかもしれない。すっかりキャトルと仲良くなったけど、キャトルは悪魔なのだ。人を殺すのにためらいなどないだろう。使い魔との念話は魔法というよりはスキルに近い。今のうちに伝えておこう。
「ほら、さっさと歩け!」
「い、痛い!」
レディなんだからもうちょっと優しく扱ってほしいなぁ。とにかく今は従うしかない。やばくなったら逃げることも考えよう。私はクルトレスの隊員に連れられ修練場を後にした。キャトルと念話で話したら「そいつら殺していいです?」って聞かれたから止めたよ、ちゃんと。
「しばらくここに入っていろ。貴様の処遇はスタンピートの後だ」
隊員は乱暴に私を独房に押し込む。乱暴にやるから転んで痛いし。腕が前だから顔はぶつけずに済んだけど、腹立つなぁ。
どうやらここは騎士団の犯罪者収容施設らしい。独房なのは私が魔導士だからだろう。一見してただの石壁だが、対魔法処置が施されていると見たほうがいい。
中ははっきり言って臭い。部屋は暗く、僅かに射し込む光だけが頼りだ。部屋の端にはトイレがあるが、手を洗う場所なんてない。魔法で何とかするけどさ。臭いのはこのトイレが原因だね。深い穴が掘ってあるだけの簡素なもので、この下はどうなっているのやら。スライムで処理させてんだろうなきっと。
床も掃除なんてしていないから埃があるし、不衛生にも程がある。一月も居ればなんらかの病気に罹ること間違いなし。誰もいないしこっそり何とかしよう。
神聖言語で詠唱を始める。魔封じの首輪が魔力制御を邪魔するが、その邪魔を乗り越えて魔法を完成させる。
「浄化」
空間を清潔に保つ魔法で、悪臭の元や埃など人体に悪影響を及ぼすものを綺麗にしてしまう。この魔法1発でお掃除簡単いつでも清潔!
ついでにお肌もピッカピカ!
ただし、人の体内には効果が及ばないらしい。なんでそんな仕様なのかはわかんないけどね。
とりあえず独房内の空気が変わって過ごしやすくはなった。虫の飛ぶ音も聞こえなくなったからそれも駆除されたのかな。これで色々考え事ができる。今の時点で分かっていることを整理してみよう。
1 私にかけられた嫌疑は悪魔と通じて街を危機に陥れようとした容疑。そして聖女を騙った容疑。誰の判断かは不明。
2 この罪の刑罰は極刑以外無し。基本火あぶりだ。裁判についてはやるのかどうかは不明。国法ではこれは宗教裁判に該当する。裁判官は教会の司教かクルトレスの上層部になる。ただし、クルトレス自体が国家の組織でもあるため国王陛下もこの権限を有する。
3 この罪の嫌疑に関しては噂だけでかけることも可能だ。ただし、普通はいきなり投獄されることはない。まず尋問を行って自白を取るか、疑うだけの根拠を集めて教会に提出しないと投獄できなかったはずだ。
で、私の場合はというとキャトルというデモノイドを使い魔にしている。しかしキャトルは冒険者仲間からは評判がいい。可愛いし、私には魔族撃退の実績もある。聖女を騙った、などというのは恐らく治療院からだろう。あれは周りが勝手に言っているだけで私は否定している。そのことは治療院のシスターにも念を押してあるし、その理由も知っているはずだ。
つまり嫌疑をかけるには不十分だし、手順をすっ飛ばされて投獄されていることになるわけか。
ここから導き出される可能性としては、キャトルを危険視した教会関係者の誰かが強引に私を処刑しようとしている、ということか。誰かの恨みを買った覚えもないし教会に知り合いもいないんだけどな……。ただそうなると処刑の回避は絶望的かもしれない。
つまり私が取れる生き残るための選択肢は脱獄?
犯罪者として逃げ回る生活か。聖女に憧れて頑張って来た結果がこれか。キャトルを使い魔にしたのが原因なんだろうけどさ、これは私が選んだことだ。キャトルを責めるのはいけないことだとわかってはいる。わかってはいるんだけど。
思わずにはいられない。
キャトルを使い魔になんてするんじゃなかったと。
「キャトル……。ごめんね……」
こんなことを思ってしまったなんて、キャトルには知られたくない。絶対口にしてはいけないこと。
あぁ、私はなんて弱いのだろう。ごめんね、こんな弱いご主人様で……。
私の謝罪は誰にも聞かれることなく虚空の闇へと消えていった。
ふと、目を覚ます。寝ていたのか、私は。いつの間にか独房は真っ暗だ。今何時なのだろうか。小さくてもいい。明かりが欲しいものだ。私は詠唱を始める。首輪の阻害なんてシラネ。
「永続する光」
少ない魔力で長時間の光源を得る魔法だ。光が非常に長く続く魔法で、光の加減を調整すれば半日持たせることも可能。実にコスパに優れた魔法なのよね。
生まれた光で独房内が少し明るくなる。月明かりが射し込むより少し明るい程度に抑えてあるので長く続くだろう。そして入り口の床に食事が置かれているのを見つけた。
そういえばお腹空いたかも。で、メニューは、というと。
冷めたお粥1品。以上。
「お粗末過ぎる……」
こんな食事では美容に悪いじゃないのもう。でも食べるよ。お粥さんに罪は無い!
スプーンでお粥をすくい、口に運ぶ。両手の枷のせいでかなり食べにくい。そしてお粥も美味しくない。
「まっず……」
文句を言いながらも平らげる。お残しはダメ。いざという時に力が入らなくなるからね。
「はぁ、キャトルぅ……」
うーん、私の癒しが。ここんとこ毎晩抱いて寝ていたからいないと寂しい。
(ご主人様、やっと見つけたのです)
横になっていたら不意に頭に声が響いた。この声はキャトルに間違いない。
(キャトル?)
(はい、僕なのです。居場所は把握しているのですが、囚われているのでよね?)
(うんそう。ところで魔物の大群はどうなっているの?)
(接敵まで2日程なのです。それにしても妙に統率がとれていて不思議なのです。ワイバーンも足並みを揃えて本気で飛んではいなかったですね)
通常、魔物は自分勝手に進撃するため他の種族と足並みを揃えるようなことはしない。だからこそ空を飛ぶ魔物が最初に接敵するし、時間差で襲ってくることになる。それが見事に揃っているのか。そういえばデモノイドがいると言っていたっけ。
(キャトル、その中にデモノイドや悪魔はいたの?)
(いるにはいるですね。でも気配だけで視認できてないです。それに遠くから見たので判明した種族はワイバーンと巨人くらいなのです)
そうだった。通常は見張りが遠視で遠くから発見するものなのだが、そこまで遠くが見える訳では無いはずだ。よく見つけたよね。接敵まで約2日なら相当遠いし遠視で見つけられる距離じゃない。実際スタンピードがこんなに早く発見されるなんてそう珍しいよね。
(キャトル、私の居場所はわかっているんだよね?)
(はい。いつでも助けに行くのです)
(うん、ありがとう。また何かあったら報せてくれる?)
(わかりましたなのです)
とりあえず情報が足りないな……。何を調べて貰えばいいのかわからないけど、少しでも情報が欲しいところだ。身の振り方を決める決定的な何かがあれば決心もつきそうだけど。
やることもなく寝転がって天を仰ぐ。換気口からはほんの僅かに光が入っているけど中を照らす光量もない。という高くて外すら見えない。うーん、とりあえず寝よう。
次の日の昼前だろうか。そいつはいきなりやって来た。けたたましく独房の扉を開け、お供を連れて実に偉そうだ。
いかつい顔で目つきは悪いし頭のてっぺんも禿げている。腹は出ていないが中高年あたりかな。クルトレスの制服を着ているけど内勤の者だろう。
「私はクルトレス・サンクトルム副所長へギンスだ。お前がマレフィカ=アマーレか。聖女を騙る悪魔よ」
「マレフィカ=アマーレは私ですけど聖女なんて詐称していませんよ。そんな不敬なことはしません」
「ふん、どうだかな。今日は貴様の処遇について教えてやる。このスタンピードが終われば貴様は死刑だ。この国を危機に陥れ、聖女を騙った罪で民衆の前で火炙りにしてやろう」
「……! 裁判も無しなの!? 横暴だわ!」
「裁判がお望みか? では取り調べをしてやろう。貴様は自分が魔女だと自白することになるだろうがな」
へギンスは右足を後ろへやると、反動をつけて私の腹を蹴り上げた。不意をつかれ腹に奴の足がめり込む。息が詰まり、朝食べたものが込み上げそうだ。
「おぶっ……!」
蹴られた私の身体が浮く。そして膝を着くとそのまま前のめりになって倒れてしまった。ヤバい、呼吸が乱れて頭がうまく働かない。苦しさで涙が出てきた。鼻水まで出てる。
「誰が寝ていいと言った!」
へギンスが私の後頭部を踏みつける。その勢いで私の顔が床にぶつかる。鼻が痛い。しかもグリグリと踏みつけるなんて!
「おい、鞭を寄越せ」
む、鞭!?
い、いや!
私は身をよじらせて逃げようとするが、次の瞬間には空気を切り裂く音が聞こえた。それと同時に破裂音。まるで皮膚が破裂したかのような錯覚さえ覚え、皮膚に刺すような痛みがジンジンと広がり痺れが残る。その痛みが和らぐ暇など当然貰えるわけがなく、鞭は容赦なく私に振るわれていった。
「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッ!」
「さぁ! 自分は魔女だと言え!」
へギンスは更に鞭を振るい、私の肌を痛めつける。背中に腕に腹に。破裂音と私の絶叫がこだまし、私は泣き喚いて許しを乞うがその手は止まらない。服は割かれ、破け、耐え難い痛みが続くと、もはや叫び以外の言葉が出てこない。
お付きの者達の嘲笑が聞こえ、恥辱に喘ぎながらも私は負けまいと必死に負けそうな気持ちに抗った。
そして、耐えられる痛みの限度を超えたのか私の意識は消失した。
「復活」
目が覚めた私はすぐに神聖言語魔法で自分の治療を行った。鞭は痕が残るし痛みも残る。そのくせ致命傷にはなりにくい。もうこれ拷問器具じゃん。それにしてもあのへギンスとかいう奴は許せない。あんな奴がクルトレスの副所長?
どうせ家の力で就いた地位なのだろう。節穴野郎め。何らかの形で意趣返ししてやらないと気が済まないけど、私に何ができるだろうか。それより考えないといけないのはどうやって生き延びるかだよね。
キャトルと一緒に逃げるのが1番現実的かもしれない。でも大きなスタンピードだし、我が身可愛さにこの街を見捨てて逃げるなんて真似は聖女アナスタシアに憧れ、クルトレス入りを目指した人間のすることじゃない。この力はたくさんの人を救うために手に入れたもの。その信念だけは曲げたくない。
それに私がこの街でまっとうに生きたいなら冤罪を晴らす必要もあるわけだから、私がスタンピードを抑え、敵のデモノイドを撃破する場面を大勢の人に見てもらえばどうだろうか?
自作自演だとか因縁をつけてくるかもしれないが、世論の後押しを得られれば何かを変えられるかもしれない。希望的観測かもしれないが私が助かる手段なんてこのくらいのものか。
(キャトル)
(おお、ご主人様。寝ていたですか? なかなか繋がらなかったのですが)
鞭で打たれて気絶してました、なんて言ったら激怒するかもしれないなぁ。キャトルって私なんかより遥かに強いのは間違いないからねぇ。もしかしたら1人で街を壊滅できるかも?
(うん、ちょっとね。明日接敵したら迎えに来てくれる? 敵の首魁はデモノイドだろうから私がやるわ)
(わかったのです。明日の昼前くらになると思うのです)
(派手にやるわよ。八つ当たりも兼ねてね)
(お任せ下さいなのです)
キャトルはなんか楽しそうだ。敵のデモノイドがどの程度の者かはわからないけど、キャトルがいればなんとかなりそうな気がするよ。
そこまで考えてちょっと違和感を感じた。あのへギンスとかいう奴、キャトルのことはどうするつもりなのだろうか。私を処刑すればキャトルが怒るのは間違いないだろう。下手をすれば街が滅ぶくらいの可能性だってあると思うんだけど。
(ねぇキャトル。ちょっと思ったんだけど……)
私はキャトルに自分の考えを聞かせる。すると、それは有り得ることだという答えが返ってきた。
ならば私が取るべき行動はひとつだ。
(じゃあキャトル、お願いね)
(お任せ下さいなのです)
決戦は処刑の日だ。もし失敗してもキャトルに助けてもらって逃げるだけだからね。生き残るだけなら勝算はある。上手くいけば全部解決だ。でもその前にスタンピードを何とかしないと。
◇◇◇◇◇
そして魔物の軍勢と騎士団、サンクトルム、冒険者たちの戦いが始まったことをキャトルが報せに来てくれた。
「ご主人様、迎えに来ましたのです!」
「キャトル、待ってたよ!」
元気よく独房の壁を破壊してキャトルが姿を現した。うん、まさか外の壁を壊して救出に来るなんて思わなかったよ。でもこれなら無用な戦闘もしなくて済むか。もっとも、大きな音がしたから早く逃げないとだけどね。
「ご主人様に首輪は似合わないのです」
キャトルが見えざる手を使い私の首輪と手枷を容易く破壊する。もちろん私の肌にはかすり傷1つつけちゃいない。
「キャトルありがとう! 飛んでいくよ! 聖衣!」
スキル聖衣を発動させ、2対の羽と白いローブを身に纏う。そして大空高く舞い上がった。空から下を見下ろすと警備の人たちが壊れた壁に集まり始めている。騒ぎを起こして申し訳ないけど、こっちも私の命がかかっているからね。
「行くよ、キャトル!」
「はいです!」
アーガス山の方向だから南門か。割と近いかな。街門までなら飛んで行けばすぐだ。ほら、見えてきた。
街門前では既に戦闘が行われているみたいね。巨人もいるみたいでかなり押されているなぁ。このままだと街に被害が出るのは時間の問題だね。
「キャトル、巨人は任せていい?」
「お任せ下さいなのです」
私は全方位の広域浄化魔法の詠唱に入る。巨人には多分効かないんだよなぁ、これ。
そしてキャトルは真っ直ぐ巨人に向かっていった。無数の手を生み出し、巨人に向かわせる。
手が数本巨人の胸の中に入っていった。すると巨人がいきなり血を吐き出す。あー、心臓潰したのか。見えざる手の大きさなんて大の大人サイズしかないんだけど、パワーが尋常じゃないんだろうなぁ。あの手から魔法も出せるみたいだし反則級の性能してるよね。
2体いた巨人はほぼ同時に膝を着く。そのまま倒れたら街に被害が出てしまいそうだ。しかしそれより早くキャトルが倒れないよう見えざる手で支え、順に収納していく。巨人瞬殺とか強すぎでしょ。さて、今度は私の番か。
街の門の付近では多くの魔物がいる。その中心に近づき、下の魔物からはギリギリ届かない位置で魔法を発動させる。
「聖なる言葉」
無数の神聖文字が浮かび上がるとその文字は私を中心に広がっていき、並居る魔物どもを浄化・駆逐していく。素材は取れないけど魔石は落ちるからそれで我慢してね。
「おおお! 神の使いか!?」
「あれはもしや神聖言語魔法?」
「天使だ! あれは天使様だ!」
後方の騎士団から歓声の声があがる。証人たくさんゲット!なんにせよこの魔法一発で街の門付近の戦況は一変した。範囲内の魔物はオーガだろうとワイバーンだろうと全滅。ただ数が多くて見える範囲内にまだ魔物が残っている。
そこへキャトルの見えざる手が魔物に襲いかかった。容易く首を跳ね、あるいは闇属性の広範囲魔法が手から発せられ次々と屠っていく。
「ご主人様、より強い魔力反応を見つけたのです。この反応は悪魔なのです」
「案内して!」
キャトルに案内を頼むと、私は騎士団の方に顔を向けた。
「私は敵の首魁を倒しに行きます。ここはお願いします!」
さぁ、しっかりと私の顔を覚えて貰おう。この特徴的な姿もね。見せたのはほんの僅かな時間だけど印象づけるには十分だろう。それにサンクトルムのメンバーが見えない。もっと前の方にいるのかもしれない。
「あ、ああ。任せてくれ。あなたはその……、天使なのか?」
その質問に私は笑顔だけ見せると再び空へと舞い上がる。そしてキャトルの後を追った。もちろん聖なる言葉の詠唱を開始する。とりあえずこれをぶっぱなしておけばなんとかねるからね。
私は速度を上げキャトルの後を追う。広い草原ではそこかしこで魔物との戦闘が行われているようだ。なんとなーく見知った姿があるなぁ、と思ったらアルマいるし。これは助けてあげないとだね。
私は高度を下げ、速度を落とす。キャトルも気づいたのか落としてくれたようだ。
「聖なる言葉」
再び広範囲に浄滅魔法を展開。それにより多くの魔物が浄化され消え去っていく。
「誰かは知らないが助力感謝する!」
近くにいたイケメン騎士風の男が私の元に走り寄り、頭を下げた。金髪の爽やかイケメンか。是非お近づきになりたいところだけど今は置いておこう。
「いえいえ。今はこのスタンピードを抑えるのが先決です。最前線はここですか?」
「ああ、そうだ。報告ではデモノイドがいるらしい。よりによって金と銀がいない時に来るなんて間が悪すぎる」
金と銀はクルトレス・サンクトルムの最精鋭部隊だ。その2つが出払っているのか。
「そんな訳で済まないが力を貸して貰えないだろうか。私はローラン。黒の隊長だ」
「おーい、マレフィカー!」
ローランさんと話しているとアルマが私に気づいたのかフルグルを肩に乗せて走り寄ってきた。
「マレフィカだって!?」
「あはははは……」
うん、クルトレスの隊長さんなら知ってて不思議はないのかな。でも後退らなくてよくない?
「マレフィカ、無事だったのか。捕まったって聞いたから心配してたんだぞ! 容疑は晴れたんだな?」
「脱獄しちゃった。テヘッ」
アルマの質問に私は可愛く頭をコツンとやってペロッと舌を出してウィンクした。しかし何故かアルマはめちゃくちゃ怒り出す。
「テヘッ、じゃねえぇぇぇぇっ!」
「だってぇ! そのままだとどうやったって火炙り一直線なんだもん! 自分の無実は自分で晴らすしかないじゃない!」
私が反論するとアルマが押し黙る。ぐうの音も出まい。
「そうか、君がマレフィカ=アマーレか。話は聞いている。嫌疑をかけたのはへギンスといううちの副所長だ。すまない」
「そう思うなら証人になってください。敵の首魁はデモノイドだそうですね。そいつは私が倒しますから」
そいつがスタンピードの元凶だろう。あくまで予想だけど、それならこの手でぶちのめさないと気が済まない。へギンスとやらに仕返しできるかわかんないからね。八つ当たりだろうとなんだろうと怒りをぶつけても怒られないって素晴らしい。
「すまん。できる範囲で力になろう。敵の首魁の場所は分かっているのか?」
「はい。今から向かうところです。行くわよアルマ」
「俺もか!」
流れでついてくるかと思いきや、その反応はなに?
そこは任せろの一言じゃないの?
「私に肉弾戦をやれと? キャトルに任せたら私の出番が無くなるでしょうが!」
キャトルは余裕たっぷりだし、多分瞬殺しそうな気がするのよね。それだと私の気が済まない。人間に負ける屈辱を味わわせてやらないとね。キャトルには逃げられないよう睨みを効かせてもらうだけでいい。
「わーったよ。今度飯奢れ!」
「エールもつけてあげるわよ!」
上手くいったなら大盤振る舞いしてあげるわよ。たらふく飲ませてあげる。私は低空飛行に切り替えた。そしてキャトルがアルマとローランさんを持ち上げ、敵の首魁を目指す。
「またこれかーーー!」
「これは早いな! 実に便利だ!」
アルマが叫んでいるみたいだけど、初めてじゃないんだから慣れようよ。ローランさんは余裕なのにねぇ?
そしてしばらく飛んだ先に奴はいた。小高い丘の上で戦況を眺めている。腕を組んで仁王立ちか。大物感あるな。
そいつは私たちに気づいたのかこちらを見ると、コウモリのような翼をはためかせ近付いてきた。私たちは大地に降り立つと迎撃の準備に入る。
「希望の剣」
光の剣を作り出し、アルマに渡す。
「助かる。前衛は任せろ」
「その魔法といい、君は何者なんだ?」
「ごく普通の魔導士ですよ。キャトルはあいつが来たら逃げられないよう見張っててね」
「わかりましたなのです」
先ずは守りを固めないとね。用意する魔法は防御だ。応用がきくからね。キャトルは上空に昇り高みの見物だ。
敵のデモノイドは私たちから少し離れた場所に降下する。
あれが人型の悪魔、デモノイドか。キャトルと違って大人の姿だね。角は額に1本。顔に黄色の紋様がありワイルドな顔立ちをしている。筋骨隆々でいかにもパワー型くさい。
「そこの女。なぜ神聖言語魔法を使える」
「さぁ? なんでかしらね?」
「まぁいい。いい贄になりそうだ」
「ウテロの餌になる気はないわ。いくわよアルマ!」
「おう!」
アルマがデモノイドに迫る。竜をも切り裂く希望の剣なら通用すると思いたい。
「人間風情が!」
デモノイドも動く。悪いけどまともに付き合ってやるつもりはない。
「防御」
「あがっ!」
デモノイドの進行方向に小さな魔法の壁を生成。するとそこに頭をぶつけてよろける。そこにアルマが斬りかかった。
「もらった!」
「させん!」
デモノイドは盾を作り防御に入る。でも希望の剣の威力を舐めて貰っては困るなぁ。デモノイドの盾を容易く破壊し、その左腕を斬り飛ばす。回避行動は取ったようだが避けきれなかったようだ。さすがはアルマだね!
「浅いか!」
「くっ、この……!」
アルマは追撃をかけず距離を取る。同時に地面から大きな土の杭が数本出現した。もし追撃をかけていたら串刺しか。あの魔法の発動の早さは脅威だなぁ。
「落雷!」
そこへ反撃とばかりにフルグルが雷を落とす。しかし発動するより早くデモノイドは回避行動を取っていたのか悲鳴も何も反応がない。大きな土の杭が邪魔で相手の場所がわからないんだけど?
「上だ!」
ローランさんの声に反応して上を見る。デモノイドは上空に退避しており、落雷はから撃ちに終わったようだ。
「死ね」
デモノイドの周りに大量の魔法の矢が生まれる。数百本くらいあるかもしんない。だめだ、2人とも入れるのは間に合わない!
私は近くのローランさんを範囲内に入るよう動き、防御魔法を展開させる。アルマも私の所に戻っては間に合わないと判断したのか、デモノイドの作った土の杭の陰に入り込む。
「聖域!」
私の防御魔法は運良く間に合い、ローランさんと私とフルグルを降り注ぐ魔法の矢から守る。その矢はまさにスコールのように降り注ぎ、私の聖域結界にぶつかると激しい音を立てる。その数が多いせいで周りすら良く見えない。アルマは無事だろうか?
やがて魔法の矢が止まる。聖域結界にもひびが入っており、危うく破られるところだったようだ。さすがはデモノイド、魔力の桁が違う。それに空に逃げられたのはまずい。降りてこなければアルマに攻撃手段はないからだ。そうなると空の飛べる私が対処するしかない。
「フルグル、力を貸して」
「任せるのよ!」
フルグルは私の意図を理解したのだろう。私の胸の中に潜り込む。まぁ、そこが1番安定するのは否定しないけどさ……。とりあえず希望の剣ならぬ希望の槍でも作るか。
「炎の矢!」
ローランさんが空中のデモノイドに向かって魔法の矢を放つ。ただの牽制だろうがありがたい。
私はフルグルを連れて空へ飛ぶ。デモノイドは炎の矢を片手で埃を払うかのように軽く弾いた。でも十分だ。
「希望の槍」
別に槍が扱えるわけではないが、武器無しというのは不安しかないのだ。ましてや慣れない空中戦だもの。
「女、空中でこの私と張り合う気か?」
「出来れば遠慮なくしたいし、地上に降りてくれない?」
「断る」
またも大量の矢を生み出し、瞬時に放つ。とはいえ、溜めがないせいかその数はせいぜい数十本。空中で大きく避ける分には驚異にならない。
「フルグル、念話で話せる?」
精霊でも使い魔契約してない相手と念話できるといいんだけど。高速移動しながら会話なんてできるわけないからね。
(できるわよ。中位精霊舐めないでくれる?)
(したこと無かったからね、ごめん。それより作戦を伝えるわ)
私は回避行動に専念し、フルグルと作戦会議を行う。デモノイドの攻撃は主に魔法の矢だ。接近戦を挑まないのは希望の槍を警戒してのことだろう。接近戦の苦手な私にとってはありがたいわね。
(んじゃ、そういうことで頼んだわね)
(任せるのよ!)
フルグルとの作戦会議も終わり、私は詠唱に入る。長期戦は不利だからね。それにアルマやローランさんが狙われたら困るし。2つの魔法の詠唱を終え、私は攻撃に転じた。
「防御」
素早く敵を中心に旋回しつつ、多重遠隔発動でデモノイドの周りを魔法の壁で覆う。そして正面から槍を持って突撃をかけた。
「おのれぃ!」
動きを封じられたデモノイドは私の迎撃に入る。恐らく指向性のある高威力攻撃魔法だろう。別に何でもいいんだけどね。
デモノイドの手から闇の光線が飛び出すが、その前に私は既に方向を急激に変え下に潜り込む。
「雷網!」
フルグルの電撃を帯びた網が防御ごとデモノイドを包む。この魔法は網で捕らえた対象を雷撃で焼き尽くすものだ。あまり魔力の込めていない魔法の壁など容易く破壊してデモノイドを捕らえる。そして流れる電流は光が目に見えるほど凄まじかった。
「あばばばばばっ!」
電流で焼かれ雄叫びをあげてるとこ悪いけど、更に拘束させてもらうよ!
「光の牢獄!」
神聖言語魔法、光の牢獄。文字通り光の牢獄に対象を閉じ込める魔法だ。牢屋なのでこの中に攻撃魔法をぶち込めるのがいい。さぁ、詰めようか。
マギナ デアエ スクーマエ(大いなる女神の天秤よ)
ペッキャタ インピオリウム エクスペンデ(悪なる者の罪の重さを計りたまえ)
エノ ノータ シト ペッカートゥム トゥーム(そしてその罪深さを知らしめよ)
ヒック イーラ マグナエ イシュタリス(偉大なるイシュタリスよその怒りをここに)
「イシュタリスの審判」
私の両手から巨大な白銀の光の帯が飛び出す。その光の帯は光の牢獄ごとデモノイドを飲み込み、遙か空へと消えていった。デモノイドが断末魔の悲鳴をあげたのはわからない。なにせ魔法を発動させた際、轟音が鳴ったので周りの音が一切聞こえなかったよね。
光の帯の通った後には光の牢獄すら残っていなかった。さすがにこれで消滅したと思いたい。
「ご主人様、お見事だったのです!」
キャトルが私の元に飛んできた。ということは奴は消滅したと見ていいのかな?
「キャトル、奴はもういない?」
「完全に消滅したのです。奴程度にあの魔法に抗う術はないのです」
結構苦労したんだけど、キャトルにとっては雑魚なのね。まぁ、あれはデモノイドの中では最低ランク。キャトルはきっともっと上なんだろうね。
「そっか。あれより強い反応はもうない?」
「はい、魔物どもの群れの中にはないのです。魔物もかなり数が減っているので収束は時間の問題なのです」
そっか、なら終わりでいいか。疲れたし。さすがにこれ以上戦うのは私もしんどい。
私は希望の槍を解除してゆっくりと大地に降り立つ。するとアルマとローランさんが走り寄ってきた。
「やったなマレフィカ!」
「素晴らしい! 聖女の再来とさえ思えるほどだ」
2人が私を手放しで褒める。ちょっと照れくさいな。私はへへっ、と愛想笑いを浮かべるに留めておいた。まだ喜ぶには早いからね。スタンピードの驚異はほぼ終わりに近いけど、私の解決すべき問題はまだ終わっていないのだから。
「キャトル、後のことは頼んだわね」
「はい、ご主人様」
私はキャトルに仕事を頼むと、ローランさんに向き直る。
「ローランさん。私は逃げも隠れもしません。脱獄したのは事実ですから。厳正な裁きを希望します」
私は両腕を差し出し、聖衣を解除する。そうすると当然着ていた魔導士服に戻るんだけど、鞭であちこちが破けているんだよね。
「わかった。厳正で公平な裁きを約束しよう。逃亡の恐れ無しと判断して枷は付けない」
脱獄したのに逃亡の恐れ無しは無理がないかな?
別にいいけどさ。単に枷の持ち合わせが無いだけかもしんないけど。
「それよりマレフィカ! その魔導士服はどうした! ところどころ破れているじゃないか!」
私の服を見てアルマが怖い顔をしている。何があったのか想像がついたんだろうね。
「へギンスって奴に魔女だと自白しろと鞭で打たれたのよ。奴には謝罪程度じゃあ許せないわね」
「そうか、へギンスの奴が……。すまない。所長が不在のせいで奴に好き放題やられているようだ」
ローランさんが私に向かって頭を下げる。隊長だから貴族に間違いないと思うんだけどな。貴族様が平民の私に頭を下げるなんて驚きだよ。
「ローラン様のせいではありませんよ。できれば擁護に回っていただけると嬉しいですけど」
「それは勿論だ。デモノイドを滅ぼせる魔導士なら是非ともクルトレスにスカウトしたいほどだよ」
「期待させていただきます」
私は頭を下げ、街へと戻ることにした。スカウトについては素直に応じたいところではある。でもその前にあのへギンスとかいう副所長は何とかしないとだね。戦闘も大分カタがついたようで魔物や魔石を回収している人々や怪我の治療をしている人達が散見された。
2時間かけて私たちは街に戻る。私の帰る先は残念ながらまたあの牢獄だ。でもご飯はもう少しマシにしてくれるらしい。汗を拭く水も特別に用意してくれるそうだ。少しは人間らしい独房生活ができそうでなにより。
◇◇◇◇◇
処刑の日は思ったより早く、次の日には叩き起された。またエラく性急だね。まぁ早い方がありがたいんだけどね。
私は後ろ手に枷を嵌められ首に長めの縄をかけられて連行されることになった。なんだこの扱いは……。昨日の扱いとは雲泥の差だよまったくもう!
処刑場は公園で行われるようだ。この公園は主に集会所として利用され、王侯貴族が高い位置から見物なり演説なり行えるようにもなっている公共施設だ。
見物客はとても多く、処刑台へ続く道以外は人でごった返している。その道に差し掛かると観衆の視線が一斉に私に注がれた。観衆の中には手に石を持っている人もいる。まずいな、こういうのは1人が投げ始めると、皆が一斉に投げ出すのだ。そしてこれを最初にやった人が咎められることもない。むしろ最初に俺が投げたと自慢する奴だって現れたことがある。
「ねぇ? あの子治療院にいた子じゃない?」
「おいおい、嘘だろ?」
「おい、お前ら石捨てろ石!」
助かる。どうやら治療院での活動が功を奏して私を知っている人もそれなりにいたようだ。でもこういうときっていそうだよね、それでも石投げる俺カッケー、なんて馬鹿なことを思っているやつがさ。いないことを願っていたけどそう上手くはいかないものだ。
「いたっ!」
私の右腕に石が当たる。服の上からだから見えないけど、傷になっていそうだ。
そして案の定これが始まりだった。
「魔女は処刑だ!」
「死ね!」
罵詈雑言と共に石を投げてくる。一斉に投げ始められる石。歩いているせいか外れることもたるが、結構私の身体に当たっている。
「痛っ!」
頭に当たり、血が流れた。それでも投石は止まない。全部が全部命中するわけではなく、当たらない石の方が圧倒的に多かった。それでも正直泣けてくる。石が当たる痛みもあるけど、それよりも私はこんなにも忌み嫌われているのかと思うと心が折れそうだよ。
「やめろっつってんだろ!」
「そうよそうよ!」
「なんだよ! 魔女の肩持つのかよ!」
止めさせようと勇気を出してくれた人がいた。見覚えがあるな、と思ったら治療院で骨折を治してあげた人だ。
そして観衆の中で私に石を投げたい奴らとそれを止めさせたい人達で争いが始まった。止めてくれた人が石を投げた人を殴ったのだ。あちこちで喧嘩が起き、顔をから血を流す人も出てきた。どうしよう、止めさせたいけど喧騒が凄くて私の声など届かないだろうなぁ。
ならば!
魔封じの首輪をされていても私の魔力と制御の前には関係ない。隠しておきたかったけどま、いいか。そう思って私は詠唱に入る。私を連れ歩く兵士もあちこちで喧嘩が始まり私に注意など向いてはいないようだ。
「癒しの大地」
力ある言葉を放つと私を中心に優しい光が広がる。その光は地を這うように広がり、その光に触れた人達を優しく包むと傷口を癒していく。殴られて腫れた頬も痛みで膝をついていた人もその癒しを受けていった。もちろん私の傷も治っていく。痛みがすっかり引いたよ。
「き、奇跡だ!」
「こんなに大勢を一度に癒すなんて!」
「なんて優しい光……!」
突然怪我が治ったり痛みが引いたことに驚いたのかな?
喧騒はすっかりなりを潜め、皆が私を見る。手に持っていた石は捨ててくれるみたいね。それにしても嘘みたいに静かなんですけど?
今なら私の声も届きそうな気がする。観衆を味方につけるチャンスかもしれない。こういうときは無実を訴えるんじゃなくてみんなを心配する優しい女性を演じた方が効果が高い。
「ケンカはダメです。それより、まだ怪我が治っていない方はいませんか? 泣いている子供はいませんか?」
努めて優しい笑顔を向け、私は周りを見ながら声をかける。
「なぁ、この人本当に魔女なのか?」
「きっと何かの間違いだわ!」
「こんな高位の治癒魔法ってあるんだな……」
「まるで伝説に聞く聖女様みたい……!」
よし、流れが変わった!
手のひら返しありがとう!
「俺はこの処刑に反対する!」
「これはきっと何かの間違いだ!」
「兵士は帰れ! 彼女を自由にしろ!」
そして処刑台への道を塞ぎ始める集団も現れ始めた。先導の兵士も困惑しているようだ。
「静まらんかぁっ!!」
すると処刑台の上で待っていた男が大声で群衆に待ったをかける。あの顔は忘れない。へギンス、鞭で打たれた恨みきっちり晴らさせてもらうからね?
当然群衆の視線はへギンスに向く。しかしこれだけの観衆に睨まれてもへギンスに怯む様子は見られない。
「その女が魔女なのは明白! その証拠にこいつの使い魔はデモノイドだ! お前たちは騙されているのがわからんか!」
風魔法で増幅させたのだろう。凄まじい大声だ。それにしてもこの声、魔力がこもっているね。妙な威圧感がある。そのせいか観衆は一気に静かになってしまった。もしかしてこの一声で風向き変えられちゃった?
「へギンス殿、お待ちください」
「ぬ? ローラン、隊長如きが何の用だ!」
とそこへローランさんが処刑台に上がり、へギンスに声をかける。へギンスはむっちゃ機嫌が悪そうだ。
「私は昨日のスタンピードの際、彼女に危ないところを助けていただきました。それだけではありません。彼女は敵のデモノイドに勝負を挑み、滅ぼすことに成功しています。確かに彼女の使い魔はデモノイドです。ですが我々の教義においても悪魔であることを理由に使い魔にすることを禁忌とはしていないはずです。この処刑、考え直してはいただけませんか?」
「却下だ! 所長不在の今、全権限は私にある!」
ローランさんの説得にも耳を貸す気無しか。とりあえずそろそろキャトルを呼ぼう。本当は処刑台に括り付けられるまでは呼ぶつもりなかったんだよね。もしキャトルが怒って周りに危害を加えたら困るから。それとキャトルには他に街の中に悪魔が潜んでいないか確認してもらっていたんだけど、そんな報告は結局なかったなぁ。
「だがその権限は私に勝るものなのかな?」
そう言いながらまた1人の男性が壇上に上がる。煌びやかな赤を基調とした衣装、端正な顔立ちに溢れる気品とオーラ。私も直にお目にかかったことはないが、もしかしてこのお方は?
「コ、コーネリアス王子殿下! な、なぜこちらに?」
途端に慌てふためくへギンス。クルトレス・サンクトルムが国家に所属している以上その権限の最上位者は国王陛下だ。王子殿下にもある程度の権限はあるかもしれないけど、前例あったかな?
などと心配していると、王子殿下は1枚の証書をへギンスに向けた。
「国王陛下の委任状だ。これにより、この件の最高責任者は私となる。異論はあるか?」
「な、かぜ王子殿下が小娘ごときを庇うのですか!」
そういえばなんでだろう。委任状を持っている、ということは前もってそうする準備があったということだ。ついさっき私が神聖言語魔法を使ったから用意した、などということはありえないよね。さて、私も準備に入ろう。私は小声で神聖言語魔法を唱え始めた。
「ローランからは彼女が神聖言語魔法の使い手であり、デモノイドを滅ぼす程の力を持っていると聞いている。神聖言語魔法を使えたのは歴史上ただ1人。聖女アナスタシア様だけだ。もし彼女が聖女の再来であるならば国家的損失は計り知れないものがある。そんなこともわからんのか?」
「いや、確かにそれはそうですが……!」
「そうか、理解してくれたか。先ほど見ていたが民衆は彼女の無実を信じているようだな。そして魔封じの首輪をしているにも関わらず魔法が使えるのに逃亡すらしていない。彼女を魔女だと断定する要素が一つも見当たらないではないか。それに正規の手続きも踏んでいないと報告を受けている。それに対してはどう弁明するつもりだ?」
王子殿下が問い詰める。へギンスの表情は焦りから急に無表情に変わった。ヤバいな。キャトルはもうじき来るはずだからそれまでは何とかしないといけない。
「ふぅ、やれやれ。困ったものだな。わざわざ配下に命じてスタンピードまで起こさせたというのに」
「へギンス、一体何の話だ?」
「わからなくていいですよ。もう猿芝居はやめだ」
へギンスの身体が闇に包まれ、その姿を変えていく。闇から姿を現したのは一体のデモノイド。
顔の紋様が青!
中位のデモノイドか!
へギンスが正体を現すと観衆が悲鳴をあげながら逃げていく。そうしてくれるとありがたいけど、兵士まで逃げていくもんだから私縛られたままなんですけど?
つかあのスタンピードはお前の差し金か!
「あ、悪魔!」
「死ね」
「聖域!」
王子殿下を狙った魔弾は聖域結界に阻まれ消滅する。王子殿下とローランさんには指1本触れさせないよ!
「女、邪魔をするか。なら貴様から殺してやろう。元々それが目的だからな」
へギンスが私を見てニタリと笑う。そして右手の指先を私に向けた。
「誰を殺すですか?」
「ぬ!? 貴様いたのか!」
「キャトル!」
良かった!
キャトルが間に合ってくれた!
キャトルはいつの間にかへギンスのすぐ後ろにいた。ニコニコしているけどあれは絶対怒っているな。
「ご主人様を嵌めたのはお前ですか。さぁ、ご主人様に謝罪するです」
「ぐぁっ!?」
キャトルは強引にへギンスを這いつくばらせ、顔を処刑台にめり込ませた。大きな音を立てて処刑台に穴が空いたみたい。私にはキャトルの手が見えているけど、見えていない人からしたらキャトルの命令で頭を地べたに擦りつけているように見えるかもしれない。
「僕は怒っているのです。ご主人様を殺そうとした罪、死んで償うですよ」
「ひ、ひぃっ!」
キャトルの目が赤く輝く。見えざる手がへギンスの身体に手のひらを当て始めた。
「闇を喰らい尽くすです! 闇払い!」
「ギャアアアアッ!!!」
見えざる手から光が放たれ、へギンスは光の柱に飲み込まれる。這いつくばっているせいで表情は見えないが、さぞ苦しいことだろう。キャトルが使ったのは高位の神聖系浄滅魔法なのだから。悪魔なのに神聖系魔法が使えるのは、もしかして日頃から女神イシュタリス様に祈りを捧げているからだろうか?
本当にキャトルは変わった悪魔だと思う
「し、神聖系魔法だと!?」
「本当にこいつは悪魔なのか?」
殿下とローランさんもめっちゃ驚いてるね。私も見るのは初めてなんだけどね。多分これはポーズだろう。神聖系魔法を使えること。それで無害さをアピールしているんだ。
そしてこの魔法でへギンスは魔核すら残さず浄化され、消え失せた。中位デモノイドを一方的に蹂躙するなんて凄いな。
「凄いぞ! あのちっこいの悪魔を倒しやがった!」
「神霊様だ! あれはきっと神霊様に違いない!」
「え! ということはあの子は本当に聖女様の再来?」
「やべぇ! 俺あの子に石投げちまったよ!」
逃げ遅れていた人達はその様を見て驚き、感嘆し、そして一斉に私に向かってひれ伏し始めた。うん、この展開は予想して然るべきだったかも。
「ご主人様ー!」
「キャトル!」
キャトルが私に向かって一直線に飛んでくる。そして枷と首輪を破壊し、縄を切ってくれたおかげで私は自由を取り戻した。
両腕でキャトルを抱きしめる。キャトルの可愛らしい頬が私の頬に触れた。うーん、久しぶりのぷにぷに感。
「マレフィカ=アマーレ。壇上に上がるといい」
え?
まさかの処刑執行!?
「安心しろ、お前は無罪だ。殿下の前に来い」
あ、私顔に出てたかな?
無罪なら帰りたいんだけど。風呂入りたい。着替えたい。お腹空いた。
とはいえ王子殿下の不興を買うなんて御免だ。ここは素直に従おう。私はキャトルを抱えたまま壇上へと上る。そして殿下の前に跪いた。
「マレフィカ=アマーレ。エルメニア第1王子コーネリアスの名において無罪を宣告する」
「ありがとうございます」
よし、これで処刑は免れたし私の名誉も完全に回復した!
少しくらいは賠償金も出るだろう。それで何か美味しいものを食べよう。
「そしてこの街に潜む悪魔を打ち倒し、私の命を助けてくれたこと、礼を言う」
「もったいないお言葉にございます」
うんうん、これは褒美来たかな?
殿下の命を救ったのだから期待してもいいよね?
「それと君の神聖言語魔法、見せてもらった。あの広範囲の治癒魔法も神聖言語魔法か?」
「その通りでございます」
「そうか。ならばマレフィカ=アマーレ。スゼレンテラの認定こそないが間違いないだろう。君こそ聖女の再来だ! 我が国に新しき聖女の候補が生まれたことを喜ばしく思う!」
なんですとーーーーーっ!
そんな軽々しく聖女の再来だとか候補だとか言って大丈夫なんですかね?
そんな心配をよそにその様子を見ていた人達が歓声をあげる。
「聖女様バンザーイ!」
「聖女マレフィカ様の誕生だ!」
「我が国に聖女が再臨なされたぞ!」
いやいやいや、殿下は聖女候補って言ったんですけど。規則はないけど、聖女認定にはデアルクス教の宗主国であるスゼレンテラの認定が必要だと思うんだけど。聖女は騙ると重罪なんですけどぉーっ?
思いっきりそう叫びたいんですけどね?
なんかそんなこと言える雰囲気じゃないし?
「マッレフィカ! マッレフィカ!」
「聖女様ー!」
王子殿下が止めるまで私へのコールは止むことなく。
不本意ながらも私はエルメニア王国認定の聖女としてその名を広く知られるようになるのであった。
持ち上げすぎでしょ……。
◇◇◇◇◇
結局のところ、へギンスがクルトレスに潜入していた目的は優秀な人間をウテロの餌にすることのようだった。そしてキャトルを連れた私が目障りとなり、私を消したかったと。
へギンスもキャトルには勝てないのがわかっていたのかもしれない。だからわざわざあんな回りくどいやり方をしたのではないか、という結論に至った。悪役らしく説明してから消えて欲しいものだけどね。キャトルめちゃくちゃ怒っていたから問答無用だったし、仕方がないか。
その後、私はスカウトされたという体でクルトレス・サンクトルムに入隊することになった。配属された部隊は黒。有事の際最も先に動く部隊で、汎用性があり最精鋭たる金と銀に最も近い部隊でもある。つまりは出世コースというやつだ。ちなみにアルマも黒に配属されている。
そしてあの処刑回避の1件の翌日には初出勤である。1日休みたいところなんだけどね、憧れの制服に身を包んだ私のテンションは高かった。キャトルを抱いて鼻歌混じりにクルトレスの本部へと向かう。
「おおっ! 聖女様だ!」
「聖女様じゃ! ありがたやありがたや……」
あの1件で私の顔と名前は広く知れ渡ってしまっていた。王子殿下の認定まであっては否定しづらいとこだよね。今のところはそれで害がある訳でもないけどさ。
それよりは私の心の持ちようの方が大事でしょ。
私は今回の1件で決めたのだ。かつて私は聖女アナスタシアに憧れこの道を目指した。ならば私はもっと高みに。それこそ本物の聖女と呼ばれるに相応しい存在を目指そう。キャトルからもらったこの力は私に夢を追う力をくれ、そして叶えてくれた。だから今度は望んで手に入れた力を人々の役に立てたい。
そしていつしか私の物語が誰かの夢の原動力になればいいなって思ってる。
FIN
少しは物語の作り方を勉強して作ってみたのですが、いかがでしたでしょうか?
感想や評価などいただけると嬉しいです。
なお、この作品に出てくる神聖言語はラテン語を基本としています。タイトルのsanctoressは聖女って意味になります。
詠唱なんかは翻訳アプリを使いましたw
神聖言語魔法というものに特別感を出すための演出なんですけどね、これがアリなのかわからなかったのも短編にした理由の一つです(;-ω-)ウーン